美術館と清掃員-4-
茶田地区の月羽美術館。
ゴルフ場並みの広さで、真四角の建物。築年数の建った、鉄筋コンクリートだ。
その前方には、広大な庭園が広がり、樹木の中には、『金木犀』の木々も数多く、植わっている。
池には、鯉や金魚が、優雅に泳いでいる。
美術館の一部は、盗賊の輩の被害で、東や西の展示場が、破損していて、補修工事が始まっている。
ちなみに、東が宝飾品、西に絵画などが、展示されていたし、されている。
無事な箇所のみ、朝の九時から正午までの時間帯で、一般客を招き入れている。入場無料だ。たまに、展示品によっては、有料になる場合も、あるらしい。
美術館の中央に、事務所があり、蓮は、美術館の館長と、先程、面接を終えたばかりだ。
ぐったりと疲れ果て、千鳥足の蓮に、休憩室から出て来た歌が、駆け寄ってきた。
「どうだった? 蓮」
歌は本日は休みだ。
蓮の面接の付き添いで、ここに居る。
「……大きな騒動の後で、多くの職員が休んでいるから、臨時採用をもぎ取りましたよ。しっかし、疲れました~」
美術館の館長、司原いくえは、三十代後半、柔和なシルバーグレイの瞳で、蓮を、迎えてくれた。
落ち着いた話し振りと、探る様な物言い。
時々、黒茶色の短い髪に触れながら、何度か頷いて、蓮を、その人柄を見抜いた。
「あの、歌。私ってそんなに、分かりやすい顔、してるかな? 真っ直ぐなぐらい、『愚直』そうだと、揶揄されたんだけど、意味が分からないわ」
「……あー、それね。要するに、裏表の無い、今のご時世には珍しい、良い人間だって、言われたのよ」
「良い人間、どうでしょう? 私だって時には、嘘も付きますよ。けど、悪意は確かに、無かったですね。館長は、良い雰囲気を、醸し出していましたから」
浅黒い手で、館長のいくえから、握手された事を思い起こし、蓮が、ふっと笑った。
宜しくの意味の握手だが、蓮には、全く、嫌な感じは、見受けられなかった。
「ふぅん。蓮は、年上が好みなのか。なるほど、ね」
にんまりする歌に、蓮が、必死に否定した。
「違います、いや、ほんとに違うから! とにかく、これで私も明日から、貴方と一緒に、ここで働けます。で、また、例の厄介な連中は、来るでしょうか?」
こほんと、咳払いを一つ。
制服の入った紙袋に視線を落として、蓮が改めて、歌の反応を待った。
朝の時間帯は、工事現場の人達の複数の足音、ぽつぽつ、入場客の姿もあった。
館内には、数人、警備員や、軍の人も、配置されている。
「来る、でしょうね。彼らが持ち去ったのは、『レプリカ』だから。模倣品よ」
人の隙間をくぐり抜け、蓮と歌が、一旦、美術館の外に出た。
「さっき館長から聞いた話では、妖しい人物が、この周囲を、徘徊していたらしいわ。軍の隊員が、捕まえ様としたけど、逃げられたみたい。煙に巻かれた様だと、嘆いていたわ」
小さな橋の上、石畳を踏みしめながら、蓮が、考え込んでいる。
「どうも、おかしな話よね。やっぱり、誰かが、魔物を呼び寄せたのかしら」
「蓮が言っているのは、夢魔ね。けど、それだけでは無い気がする。奴らが持ち去ったのは、偽物でも、女神と異能者の『宝玉』だもの。本物には、かなりの値打ちがあるのよ」
そんな貴重品が、この美術館に、厳重に、保管されているのも、奇妙な話だ。通常、王立美術館に保管されるクラスの代物で、どうにも、裏がありそうである。
「多分、以前の金木犀の『当主』が、この茶田地区に、隠居した事にも、起因しているわね。だけど、その事事態が、国家機密なのに、どこで、洩れたのかしら、ね」
蓮が驚きなのは、歌の『情報量』の多さだ。
歌こそ、ただ者では無い。
「平賀 歌。何も知らない、ごく一般庶民に、ぺらぺら内情を話すのは、宜しく無いのでは、無いかな?」
何時の間にか、館長の司原 いくえが、二人の側まで、来ていた。
「やだなぁ、館長。蓮は、あたしの『身内』の様なものですよ。それに、明日から、仕事仲間でもあります」
すっと蓮の前に立つと、歌が、余裕の笑みを浮かべた。言葉遣いもどこまでも軽い。
「……全く、貴方はちっとも、上司を敬わないのだから、困ったものです。で、意識の戻らない、貴方の父親やもう一人の子は、現状、どうなのですか?」
館長が、もっとも、自身が気に懸けている事案を、口に出している。
「普通の人間の仕業では、無いとだけ。ですが、あたしの父親を潰したい、『他家』が関わっているのは、間違いありません」
苦しそうに言葉を搾り出す歌に、館長は、嘆息した。
「第三皇子に、揺さぶりを掛けたい者が、動き始めた、と。はぁ、それはまた、面倒くさいですね。二人目の被害者は、とんだ『飛び火』でしたね」
だんまりを決め込んでいた蓮が、ぱっと、歌の前に出て、館長を真っ正面から見た。
「私には、二人の話が、何を『意味』するのか、うっすらとした分かりませんが、華に、害をもたらす者が居るなら、必ず、私の手で、潰します!」
ふつふつ沸いた、怒りを目に宿すと、蓮が、ぎゅっと、握り拳を作った。
「ふむ。もう一人の子供の名前は、『華』と言うのですね。認識しました。はい。蓮。言うまでも無く、『悪者』は、痛い眼に遭わせましょうね。先に喧嘩を売ったのは、バカな『輩』なのですから」
にっと整った目端をゆるませて、館長が、蓮に目線を合わせると、固い握手を交わした。
思いの外、熱のこもった館長の浅黒い手に、足を退かせた蓮を、歌が、支えた。
「まぁ、あたしについては、おいおい話すとして。もうちょっと、庭園を、散策しましょう、蓮」
館長が居なくなるのを見計らって、歌が、蓮の手を引くと、歩き出した。
どうやら、歌にも、館長にも、何らしかの『秘密』だありそうだった。




