美術館と清掃員-1-
朝の8時。
目覚めた蓮が、隣りの歌に、話し掛けた。
「ごめんね。起き抜けに、申し訳ないけど。どうして、貴方のお父様まで、負傷したのか、詳しく、教えて貰えますか?」
寝惚け眼を擦ると、大きな欠伸をひとつ、それから、眠たそうに、歌が、簡潔に話した。
「茶田地区は、ここ最近、治安が悪くてね。誘拐や強盗が、多発してるんだ。……だから、防衛の意味を込めて、地区の人々は、武器を持ち歩いているってわけ。……けれど、あたし達、美術館の清掃員は、基本的に、来客者に、攻撃、反撃は出来ない。それこそ、『生命の危機』でも、無い限りは、ね。そこを、狙われたんだと思う」
冷静に、状況説明すると、
歌曰く、
居合わせた華が、暴徒から、歌を守り、そして、歌の父、平賀 アンリは、他の来客者を庇って、頭を殴られたそうだ。
華もアンリも、命こそ助かったが、共に、昏睡状態にある。
「美術館の絵や宝石が、何点か盗まれて、しばらくは、休館だけれど、様子を見ながら、再開するみたいなの。美術館に来たい、お客様の要望が多くて、ね。まぁ、再開に伴って、当分、警備員は増えるし、軍の要請もあって、ゴツいのも数人、来るわ」
東病院の一階、食堂にやって来た、二人が、会話を続けた。
「急に、暴徒化するとか、どうも、妖しい気がする。誰かに操られている可能性は?」
「うん。蓮の見立ても、ある意味では、『あり』かもね。確かに、事件の日は、いつもと様子が違っていたし。あんまり、お目に掛からない、上流貴族の姿も、ちらほら、あったから」
食堂の中や外にいる、他の人達に、聞かれない様に、歌が、声のボリュームを押さえた。
「となると、計画的犯行、かな。でも、なぜ、今になって? もしかして、華に、狙いを定めていたとしたら……」
蓮は今更ながら、自分も含めて華も、『追われている立場』である事実を、思い返した。
表向きに、蓮と華は、春馬孤児院から脱走した、お尋ね者なのだ。
院長の松村 輝良が、逃がしてはくれたが、それとは別件で、誰かが、蓮達の足取りを追っている。院長が、足止めはしても、擦り抜けて、蓮達を、執念深く探す『誰か』がいる。
特に華は、奴隷として、身請け先が、決まりかけていたから、その筋が、濃厚そうだ。
もっとも、華に、傷を付けたのは、『犯人』にとっても、想定外だったかも知れない。
「確かに蓮や華は、見るからに『別格』だものねぇ。上品深くて、それこそ、毛艶も良い。変な輩に、標的にされたとしても、納得だわ」
ツナにゆかりに梅干し。三色おにぎりと、味噌汁を食べた、歌が、小さく頷いた。
「指名手配はされて無いと思うわよ。仮に、蓮達が、何処かから、逃げてきたとしても、助けてくれる『人達』は、ちゃんと、手を、打っている筈。現に、蓮は、無事じゃん」
「……!」
アンパンを食べ終え、紙の牛乳に刺さったストローを吸うと、蓮が、緩く首を下ろした。
甘い物を摂取すると、蓮もようやく、冷静になれた。
「それじゃあ、あの日、美術館を襲撃したのは、別の第三者ね」
「そう。たまたま、目に付いた、あたし達を襲って、真のお目当ての、『品物』を、持ち去ったって寸法よ。ただし、華に、眼を奪われていたのは、事実ね」
「……そうね。傍から見たら、ほら、アレよ。華は、男だけど、別嬪だから。髪も長いし、昔から、女に間違われるの。どこか、中性的なの。不憫よね」
おそらく、襲撃犯の眼を、惹いたであろう、華に、蓮は、かなり、同情した。
「そっかな? あたしは、ほら、生まれて初めて、守って貰ったから、か、格好良いなぁって、思った、けどね」
あたふたしながら、歌が、勇ましい華を、回想して、真っ赤になっている。
この反応は……。
蓮が、ピンと来て、にまにましたが、今は、ともかく、食堂を出る事にした。
医師の見立てでは、華も、アンリも、意識さえ、戻れば、大事無いらしい。
だが、いつ目覚めるかは、何とも、言えないそうだ。
華は、足も折れている。
アンリも、頭に、包帯が、巻かれ、やはり、痛ましい姿だ。
二人の一日でも早い、回復を祈りつつ、蓮と歌は、東病院から、一旦、離れた。
数日間、土砂降りだった雨は、気が付くと、晴れ間が見えている。
冬の冷たい空気を吸い込み、蓮が、ひとまず、今後の在り方を、歌と協議する為に、彼女の住まいに、案内された。
歌の働いている美術館に、潜入、働くにしても、それ相応の準備は、必要だった。
無策は、あまりにも無謀で、かなりの危険をはらんでいる。
見えない敵に対峙する為に、蓮は、今はひとまず、目の前の、平賀歌を、信じるしか無かった。
それこそ、乗り掛かった船で、選択の余地は無い。
せめて、歌が、裏切りません様に。
歌の背中を追いながら、蓮が、強く祈った。




