茶田の図書館と猫-6-
図書館の地下には、小さな祭壇があった。
そこには、建国の女神の像が、祭ってある。
かなり年期が経っていた。
蓮が、祭壇前の岩肌で、ハタに包帯を巻き付けている。自分の身に付けている、真っ白な着物の裾を、わりと大きめに裂いた。
あくまで応急処置だ。
早急に医者に診せる必要がある。
「いいから、逃げろって言っただろ!」
血の気の失せた顔で、ハタに突き飛ばされても、蓮は、怯まなかった。
微動だにせず、駆けつけてきた、ほのかやなずな、それから、瑠璃色の毛並みをした猫、こすずに、目配せしている。
「来てくれると思ってました、ほのかさん、なずなさん、こすずさん」
振り返った蓮に、全員が駆け寄ると、異様な空気が流れた。
ざっ、ざんっ。
背中から、ほのかやなずなが、斬り付けられて、地に落ちた。
理解が及ばず、蓮が、愕然としている。
「浅く斬ったから、致命傷には及ばないよ。気失っただけ、だ」
瞬時に間合いを詰めてきた青年に、対応したのは、満身創痍のハタだ。
「無関係の者には、手は出さないと、約束したでしょ? どうして、こんな……」
どかっと、刃向かってきたハタを蹴り上げ、青年が、嘲笑した。
「商品に傷を付けるのは忍びないが、その二人は、少々、私の手に余るんだよ。大丈夫。上手にやったから、直ぐに手当てすれば、傷も残らないさ」
灰褐色の着物に黒い帯の青年が、連れてきた、従業員に、ほのかとなずなの処置をさせると、何処かへ連れ出そうとした。
「……宿屋の主人が、二人に何をしてるんですか!」
「この二人は、良い意味で、とても貴重な『人質』になるから、宿に改めて、招こうと考えたんだよ。その後は、場合によっては、商品として、上客に、納品できるから、ね。実に使い勝手の良い、私の『道具』さ」
長い消し炭色の髪、黒炭の双眸、ミルク色の肌をした青年は、飄々としている。
敵わないと分かっていたのに、蓮が、従業員に突っ込むと、石肌のほのか達を、庇った。
「ここは、海が近いからか、この通路が、海岸沿いに続いているからか、潮の匂いがするね。こんな洞窟があるとは、ね。しかも、祭壇まであるとは、ずっと前の館長の趣味かな」
無理に、蓮から、怪我人の二人は奪わずに、青年が、困った風に、腕を組んだ。
「如何にも、子供の我が儘だね。誰かに助けられるとか、甘い考えを持っているとしたら、愚かだよ。私こと、宿屋 新の、真北 あらためは、君に、害はもたらさないが、交渉はしてあげるよ?」
詰め寄ってきたあらために、蓮は足を引かず、強く、見詰め返した。
「断るわ!」
「おや、聡いね。まぁ、ハタが、君を迎えに行って、使えなかったから、私が出向いた訳だけど。重症のハタを放っておける程、冷徹では無いでしょ? 君は」
圧倒的なプレッシャー。
優勢な立場のあらためは、有無を言わさずに、蓮を、強制的に、従わせ様としている。
傍観していた、こすずが、猫の姿のまま、あらための手に、噛み付いた。
「往生際が、悪いな、死に損ないさん!」
長剣であらためが、こすずの小さな体を、腹部を貫いた。
鮮血が、蓮の頬を、びちゃりと濡らした。
立て続けに、大事な人達を傷付けられた蓮は、激しい怒りと共に、あらために頭突きすると、こすずを、奪い返した。
ひゅうっと、蓮の周辺を、白い梟が飛んだ。
この梟は、松村 輝良が、蓮に付けた護衛獣である。
あらための長剣が、白い梟に振り下ろされる前に、蓮が、こすずを後ろ手に隠して、無防備に前に出た。
ドゥゥン。
図書館の外で、一際大きな、雷電が起こった。
ピタリ。
数秒。空間が止まると、蓮の指先に、金色の光が、集まった。
契約して、蓮。
息絶えた筈の、猫のこすずの呼び掛けに、蓮が、反射的に、頷いてしまった。
時がいつも通りに、動くと同時に、凄まじい、雷の稲光が、幾千にも巻き起こり、祭壇の『女神』に、金の帯が広がる。
自然と体が吸い寄せられた蓮が、目の前に降り立った、瑠璃色の毛並みの猫、……本来の『金のライオン』に、敬服されている。
「は、は、嘘だろ! まさか、いや、やはり、その娘が『そう』なのか? はっ! 松村 輝良は、策士だな」
蓮に歩を進めようとする、あらために、凄まじい、電撃が、容赦無く、放たれた。
ここでの『出来事』は忘れろ
死なない程度に、着物が焼け切れたあらためが、脳が揺れるのを感じると、崩れ落ちた。
それは、周囲に居た、宿屋の従業員も、同じだった。気絶している。
金色のライオンが、蓮や周りのほのか達に、『転移魔法』を掛けると、地下室から、消失した。
この日、起きた、不可思議な出来事を記憶しているのは、蓮と、辛うじて意識のある、重症のハタ、そして、梟を通じて、ここまで『誘導』した輝夜だった。
そして、三人は速やかに、病院に運ばれて、蓮の側では、瑠璃色の毛並みをした猫、こすずが、纏わり付いていた。
病院の待合室。
時刻はとっぷり、夜が更けて、蓮が、人の姿になったこすずに、問い質しても、本人は、何一つ、覚えていなかった。




