茶田の図書館と猫-5-
異能力者。
他の人と少し違う、不可思議な力を持つ者達。魔力や霊力と異なり、産まれながらの者や、親からの『遺伝』の場合もある。
異能力者の体のどこかには、花の形をした、『鉱石』があると言う。
松村 なずなの様に、例外的な者も存在する。なずなは能力を、譲渡されたのだ。
他にも、妖魔や魔族についても、まだ、詳しくは解明されてはいないが、魔族は人によって呼び出され、妖魔は元は動物……長い年月を得て、高い魔力、または霊力を保有する様になったと、認知されている。
妖魔の場合は、その肉体を、死んだ人間に貸し出したりもするらしい。恩返しな意味合いが強いのだ。
春川 こすずは、何らかの形で、瑠璃色の猫を助けたのだろう。無意識に契約を結び、現在、同化している。
図書室や図書館で得た知識が、蓮の頭の中を、一気に、駆け巡った。
短い柔らかな黒菫色の頭を振ると、蓮が、自分の身に置かれた現状を、理解した。
ここは、図書館の裏側に建つ、書庫だ。
無数の本棚と、貴重な蔵書が、保管されている。壁際に置かれていた蓮が、土壁を、小さく触った。この後ろにも、部屋がありそうだ。
「びっくりするぐらい、冷静だね、お前」
蓮をここまで連れてきた少年が、面白そうに、笑みを深めた。
栗色の大きな目に、サンド色の短い髪、氷重ねの手足。細身の筋肉質だ。
少年の言葉は冷たく、人間味が皆無だ。
灰鼠色の着物に、黒銀の帯を結んだ少年が、蓮を至近距離で見た。
「キレイな瞳の色。容貌も、将来有望って、感じだね。お前みたいに、育ちの良さそうな娘が、一人で彷徨くなんて、警戒心が足りないね。少し違うか。お前の場合、わざとオレを、誘き寄せたって、具合かな?」
カウンターの、中に隠れていた蓮は、魂が人形の方に飛ばされていたので、大変、無防備、気絶した状態だった。
実は、背中を刺された衝撃は、今も尾を引いている。
「眼を覚ましたら、ここに運ばれていたから、驚いたのは、私の方よ。私は、春日 蓮。貴方は?」
おくする事無く、質問に質問で返されて、少年が、一瞬、言葉に詰まった。
「……だよ。思いのほか、余裕あるんだな。仕方無いなー。名乗るよ。ふぅ。オレは、次島 ハタだよ。奴隷商人やってます」
蓮が過剰に反応しかけて、乱れた呼吸を、ゆっくり、整えた。
「良い反応するね。他の人達は、無駄な抵抗するから、何人かは殺したけど、貴族は奴隷に『堕として』あげたよ。見栄えが良いから、貴族の大人も子供も、人気が良いんだよ」
あっけらかんと明るく喋るハタに、蓮が心底、ぞっとした。
「殺した? ……誰かの大事な人を?」
「うん。だって商売にならないもの。見せしめも時には必要さ。それに、中身も、売り物にはなるからね」
かっと頭に血が上って、殴りたくなる衝動を懸命に抑えると、蓮が、会話を、続投した。
「春川 こすずさんを、殺めたのは、貴方なの?」
ピクッと、ハタの指先が、微かに動いた。
「知っているよ。あの子は、あの方の経営する宿屋で、働いていたからね。……こすずは、肺を長く患っていてね。末期は呼吸をするのも苦しそうで。認めるよ。ほんの一刺しさ」
堪らずに、蓮が力いっぱい、ハタを殴り倒した。
「許せない! 人命を何だと、思っているんだ!! 決して軽々しく、扱えるものでは無いんだよ!!」
心の底の底から、理不尽に対して、怒りを爆発させた蓮は、涙をひと拭きすると、ハタに、警戒を強めた。
「お前は、見た目通りに、真っ直ぐで純粋なんだね。何でお前みたいのが、あの方の目に、止まったんだか。オレも、好きで、こんな『仕事』はして無いよ。訂正すると、オレが殺すのは、真の悪党だけだ。さらった貴族は大概、オレ以上の罪状たっぷりだし、子供に至っては、振りをしただけで、とっくに、親元に帰している」
ハタの声音が、途端に、柔らかくなった。
どんな意図があるのか分からず、蓮が、軽く、困惑している。
「こすずに関しては、とどめをさしたのが、別の人間だ。オレは、土壇場で、躊躇したからな」
ぞくっと、書庫の中を、冷気が満たしている。血まで凍りそうな気配に、蓮が、震え上がった。
「話が長過ぎるんだよ、貴方は」
突如、ハタの影から姿を現した悪魔が、その右肩からお腹に掛けて、鋭い、爪で、切り裂いた。
春川 こすずの姿をした、悪魔、魔族は、半透明の姿をしている。
「いまいましい。あたしの本体は、まだ、化け猫に捕まってるから、威力が出ない! ま、あの方の力をお借りしたから、いっか。さて、と。迎えに来たよ、蓮。あたしと一緒に、行きましょう? 貴方には、女神の『素質』があるみたいよ」
血を流し、床に倒れたハタを踏み付けて、魔族が、蓮に近寄った。
「ふざけるな! くそっ。消えろ、ゴエル」
ハタが、懐に忍ばせた、銀のナイフで、勢い良く、自分の影を、突き刺した。
魔族、ゴエルが搔き消えた隙に、ハタが、蓮の手を取って、土壁の仕掛けを押すと、隠し通路に出た。
事態が飲み込めず、右往左往しかけたが、蓮は、何とか持ち直して、倒れ込んだハタの、傷の手当てをした。
よく分からないが、このまま、見捨てるにも、気が引けたのだ。
「……ダメ、だ。逃げろ、蓮、……が、来る」
致命傷は免れたが、意識を失う前に、ハタが、必死に、忠告した。
蓮の背後には、更なる危機が、差し迫っていた。




