茶田の図書館と猫-4-
頭上の空に重たい雨雲が広がっている。
もう時期、ひと雨きそうだ。
肌寒い空気に、蓮が、ぶるりと震えた。
「そう言えば、蓮が着ている着物って、例の施設から持ってきたの?」
ほのかの問い掛けに、蓮が、言葉を濁した。
「このカカオ色のは、一応、華のプレゼント? です。何着か手作りしてくれたみたいで。あはは。アレですよ。人の善意は、無駄にできませんよね」
蓮は縫製とか、死ぬほど苦手だが、華は得意だ。子供の頃から、ぬいぐるみなんかも、何個か貰っていて、大事にしていた。
「私は、こう言う作業は苦手で、得意と言えば、体が頑丈なぐらいです」
「そうかしら? 蓮はたくさん、得意な事を、持っていそうだけどね。少なくとも、私には、悪い子には見えないわ」
「それは、ほのかさんに嫌われたく無いから、そんな風に、振る舞っているからで。あの、この話題は、ここまでにしましょう」
ベンチを立った蓮が、腕の中の猫に、眼を落とした。
ひゅっと、背筋が凍る思いがした。
明確な殺意。
蓮が咄嗟に、ほのかを庇って、倒れた。
「蓮!!」
蓮の背中には、深く、短剣が突き刺さっていた。
ぱっと、ほのかが、憎悪をあらわにすると、目の前の少女を、睨み付けた。
大慌てで、猫が、人の姿に化けると、少女に、タックルした。
ドゥゥン。
稲光と共に、大粒の雨が降り出すと、冷たく笑う少女は、妖魔になったこすずと、同じ『姿』をしていた。
「蓮、蓮、大丈夫? ねぇ!!」
蓮は背中から大量の血を流し、びくともしない。泣き崩れるほのかの肩を、後ろから、誰かが、叩いた。
ばちん。
鈍い音を立てると、蓮を襲った、少女に、電撃が走った。
「敢えて隙を見せれば、簡単に釣れたわね、悪魔さん」
小さな人形が、気が付いたら、少女の足首を掴んでいた。その人形はまだ、パチパチと放電している。
「本物のこすずさんは、琥珀色の瞳。けれど貴方は、黒い瞳。故人の彼女に、憑依したのね。随分、悪趣味ですこと」
つかつか、偽者のこすずに近付くと、なずなが、容赦無く、首を絞めた。
「このどぐされ野郎、本物の蓮を、どこに隠したの?」
「はっ、な、何を言っているのか、分からない……」
「しらばっくれないでよ! 確かに、あそこの『人形』には、蓮の魂が移っていたけど、本人が居なくなったのよ。貴方の仕業でしょ」
どれだけ締め上げても、悪魔は、何も吐かずに、息苦しさで、気失うと、蝙蝠の姿になった。
展開について行けず、ぼう然とするほのかが、腕の中の蓮を、まじまじ見た。
両手の中の蓮は、人形になっている。木製の手彫り人形だ。
手の平サイズになった人形を見て、漸くほのかが、事態に気付いた。
「ベンチで話してた蓮『から』偽者ね……」
ほのかには何も話さずに、蓮はなずなと、事件を解決すべく、動いていたのだ。
ほのかとなずなの不仲。
それが結果的に、蓮を、危険に晒した。
なずなは、木彫りの人形に、魂を一時的に移す、力を、持っている。特異能力者だ。
蓮は、図書館の事務室に、隠れていたのだが、姿が、消失したらしい。
つまり、別の、もしくは、外部の犯行だ。
「ここで、なずなさんを怒るのも、お門違いだわ。私にも責任がある。素直に、貴方に、もっと早く謝罪してたら、良かったのに。失態だわ……」
「まさか、客の中にも『敵』が、潜んでいたとは、想像さえしなかった、です。見通しが甘過ぎました」
ほのかの話の後、続いて口を開いたなずなも、酷く、沈んでいる。
ぽんっと、人の姿になった、妖魔のこすずが、蝙蝠の悪魔を縄で結ぶと、二人に、向き直った。
「あの、お二人共、その、あたしなら分かります。蓮さんの行方」
琥珀色の眼をした、こすずが、おずおずと、口を開いた。
「図書館の裏側に、書庫が、あります。そこから、蓮さんの『匂い』がします」
二人の裾を引っ張ると、大雨の中、こすずが、書庫へと、走り出した。
逡巡する間も無く、ほのかもなずなも、こすずに、従う事にした。
そうするのが最善だと、悟ったからだ。




