茶田の図書館と猫-3-
瑠璃色の毛並みをした猫。
にゃあにゃあ鳴いた後、蓮の腕の中に、飛び込んだ。
猫はポンと音を立てて『誰か』に、変化した。
夕日色の長髪に、えび色の肌、琥珀色の瞳をした、少女。
瑠璃色の着物姿だ。
「蓮! っと、その子は誰?」
慌てて噴水前のほのかが、駆け寄ってきた。
「もしかして、妖魔じゃないの?」
猫の目をした少女が、不愉快そうに、ほのかに、唸った。
かなりゆるく魔力が出てはいるが、少女に、悪意は、感じ取れない。
「殺気を抑えて下さいよ、ほのかさん。この子が、怯えています」
背中に隠れた少女は、なぜか、蓮には、懐いていた。
「しかし、その子の顔、どこかで見た様な。確か、行方不明の、春川 こすずじゃ、無いかな?」
疑問符だらけのほのかに、何にも分からないかの様に、こすずが、小首を傾げた。
「あたし、知らないわ。ちっとも覚えて無いの。気が付いたら『ここ』にいて。多分、あたしの体は『死んだ』と思う。飼い猫の猫さんが、あたしに器をくれた、の」
ぽんっとコミカルな音を立てて、瑠璃色の猫が、蓮の足元に、すり寄っている。
「あの、ほのかさん。既に、こすずさんは死去していて、猫さんと同化したのでは? 妖魔になるには、互いの同意が必須な筈です」
ひょいと猫を拾い上げて、腕に抱くと、蓮が、ほのかの様子を見守っている。
少し時間を掛けて、殺気、警戒心を解くと、ほのかが、蓮と、向き合った。
「……心配して来てくれたのね、蓮。さっきは、みっともないところを見せて、ごめんなさい」
えらく殊勝なほのかに、蓮が、吹き出しそうになった。
素直じゃないな。
だけど、ほのかに、悪気はみじんも無い。
それを理解しているから、蓮が改めて、ほのかに、なずなの言葉の真意を伝えた。
噴水前の緑色のベンチ。
座った二人が、ようやく、人心地ついている。
持参した、サンドイッチを食べながら、つい数分前、凄まじい速さで、なずなに、謝罪を済ませた、ほのかが、己の失態振りに、真っ赤になっている。
「あー、やってしまったよ! また早とちりで、人様に迷惑を!! ううー、恥ずかしくて死にそうだわ」
顔面を両手で覆うと、ほのかが、何度か、唸っている。
「コピー人形が作れるとか、きちんと説明していなかった、私達も悪いので、気にしないで下さい。あんまり落ち込まれると、私も、いたたまれなくなります」
目に見えて蓮が、しょげている。
「まぁ、人形等の前に、なずなはまだ、信用しきれないのよね。底が見えないと言うか……。ただ、蓮を大事に思っているのは、感じ取れたわ」
妙なハイテンションから、元に戻ると、ほのかが、息を吐ききった。
「仮に、その猫さんの元の体が、死んでいるとしたら、探してあげないと、不憫よね」
蓮の太股で、すやすや眠る猫の毛並みを、ほのかが撫でた。
「この図書館の敷地内に、誘拐犯、及び、殺人犯もいるかもですね。すごく嫌な気配がします……」
ぶるっと、蓮が、震えている。
「消極法で、図書館職員の『誰か』でしょ。目星はつきやすいわよ。死臭がまとわりついているから。現に、図書館の中で、匂っていたわよ。なずなも、気が付いているでしょうね」
気は合わないが、認めてはいる。
ほのかとなずなは、互いに、認識し、能力の高さは、分かり合っていた。
単純に、ほのかがなずなをまだ、拒否しているのだ。
なずなのポーカーフェイスが、完璧過ぎるがゆえに。気味悪がっていた。
「ほのかさんって、意外と、好き嫌いがはっきりしてますね」
「そうね。あ、言っておくけど、蓮は好きよ。可愛い妹分だもの。好き好き」
ぎゅうと蓮を横から抱きしめると、ほのかが、嬉しそうに笑った。
「日常的に、男性社会で生きているから、蓮を見ていると、ほんとに、和むわ。心の癒しよ」
ほのかの職場は、鉄道会社で周囲は、ほぼ、男性ばかり。同じ年代の女性は、数人もいない。
だから蓮の存在は、ほのかにとって、非常にありがたく、つい、構いたくなるのだ。
なずなの事をもう少しだけ、知る機会が増えれば、ほのかの評価も、変わるだろう。
「私も、ほのかさんは大切な、お姉さんみたいです。おこがましいですけど。なずなさんも、誤解されやすいタイプですが、根は、優しいですよ。ただ、愛情表現が、激しいだけで」
「あー、そうね。蓮お嬢様とか、言ってるしね。蓮の敵にまわる事は、まず、無いわね。私もだけど」
対抗心ばちばちに、ふんっと、可愛らしくて、鼻を鳴らしたほのかに、蓮が、小さく笑った。
わりかし、切迫した状況が迫っているのに、今のひとときだけは、和やかだった。
誘拐犯、殺人犯は、図書館の中に居る。
だが、今だけは、蓮も、笑い合っていたかった。
過酷な、事件と、直面する前に。




