茶田の図書館と猫-2-
ひとしきり興奮のおさまった蓮が、なずなに促されて、窓際の席に、ちょこんと座った。丸いふかふかのクッション性が高い椅子に、蓮は、ご満悦だ。
「ふふっ。まるで見るもの聞くもの全てが、新鮮で、面白いのでしょうね」
ほのぼのしく、保護者の視線を向けるなずなに、ほのかが、どう解釈するか、惑っている。
「自己紹介は割愛して済ませているけど、貴方と蓮の関係は、一体??」
「遠回しに言えば、縁者。ですが、昔から、結び付きは強いのです。蓮お嬢様は、私を知らないだけで」
「ふぅん。完全に知らないって訳では、無さそうだけどね。しっかし、少し、顔を出さない間に、図書館の利用者が、減っているわね」
閑散とまでは行かないが、妙に、人気が疎らで、静けさが漂っている。
平日で子供達も、学校だから、当たり前と言えば、当たり前だが。
ほのかの知る、少し前は、もっと、茶田の区域の、利用者は多かった。
こんなに区民の数が、著しく減るのは、それなりの理由があるからだ。
「貴族の失踪事件に飽き足らず、最近は、類似犯も増えて、茶田の区民も、消失しているのですよ」
カウンター側に移動した、なずなが、興味深そうについてきた、ほのかに、説明した。
「今は冬。単純に寒いから、気が乗らないのも、あるのでしょうが、一人で出歩くには、少し、物騒になってきました。この図書館でも、警備の数は、増やしていますが、なかなか、追い付かないのが現状です」
列車で襲ってきた、魔物、魔族との関係性も、完全にゼロとは、言い切れないのだろう。
茶田の区民にまで、被害が及ぶとなれば、いよいよ、事態は深刻化している。
「それで、なずなさんには、何か、足がかりは掴めているのですか?」
探りを入れるほのかに、なずなが、三つ編みの先端を、指で、くるくるした。
「まぁ、あらかたは。そうですね。茶田の区民を標的にする、悪い輩は、癖と言いますか、美しい『子供』を好んでいます」
カウンター前のソファに腰掛けると、なずなの目線の先には、蓮が映っていた。
バンとガラスのテーブルを叩き、ほのかが、怒りをあらわにした。
「もしも、あの子を囮にするのなら、王族を敵に回すと思え!!」
今にも、掴みかかれそうになり、なずなが、落ち着くようにと、眼鏡越しに、へらへら笑った。
「私が提案しなくても、蓮お嬢様なら、喜んで、首を突っ込むと思いますよ? あの子は、困っている人を、決して見捨てない。どうしようも無い、お人よしですから」
知った様な口振りのなずなを、思わず、ほのかが、強めに叩いた。
「ふざけるな! 如何なる理由があろうと、大事なあの子に、そんな危険な真似はさせられるか!! 過保護と言われても私は、断固反対だ」
猛烈な勢いで、ほのかが、わめき散らすと、なずなから、さっさと離れて行った。
図書館の休憩スペースの一つ。
小部屋の中で、全てを聞かされた蓮が、責める様に、なずなを見た。
腫れたなずなのほっぺたに、湿布を貼っている。
「なずなさんって、バカなんですか?」
返す言葉も無い。
なずなが、頭を小さく下げた。
「おっかしいな~。言葉って難しいですね。取り敢えず、犯人を確保するのに、蓮お嬢様は、最適だって、話をしただけなのに」
率直にものを言うなずなは、相手の気持ちを推し量るのが、苦手な様に見える。
一方で、プライドが高く、独自の正義感を掲げるほのかにすれば、なずなの態度は、さぞかし、不愉快に、取れたのだろう。
「言葉選びが、ど下手くそなんですよ。なずなさん。だって、なずなさんの『人形』なら、私そっくりのコピー人形を作れるのに。確か、遠隔操作も、できましたよね」
青緑のソファに座り、思案顔の蓮。
まさか、二人が大げんかするとは、思っても見なかったから、一瞬、途方に暮れた。
しかも、事の発端は、蓮の身を案じたからこそだ。
「仕方の無い、大人達ですね。あ、でも、なずなさんはまだ、十代でしたね。今回は、ほのかさんの方が、大人げなかったかもですね。しっかし、二人共、私の為に、ありがとうございます!」
何故だか蓮が、上機嫌になっている。
「心配されるのって、不謹慎だけど、何だか、くすぐったくて、ふわふわします。私、家族って、あんまり知らないから、お姉ちゃんが増えて、嬉しいです。施設の仲間も、院長も家族だけど、それとはまた違った、温かみを感じます。だから感謝してます」
押し黙るなずなの両手を、ぎゅっと、力強く、握り込めると、蓮が、深く頭を下げた。
「あ、じゃあ私、ほのかさんを探してきますね!」
たたっと駆け出して行く、蓮に、手を伸ばし掛けて、なずなが、じんわり、涙を零しそうになっている。
「貴方の子供は、良い子に育ってますよ。……様」
我慢しきれず、なずなが、顔面を両手で覆った。
嗚咽は、なかなか、消え無かった。
どこを探しても、ほのかの姿は見付からず、蓮が、外に出ると、石の階段近くの、噴水前に立っていた。
像の前に居た、ほのかに歩き出した、蓮を、
後ろから『誰か』が、呼び止めた。




