茶田の図書館と猫-1-
朝の6時を過ぎて、宿屋の長い夜が、やっと終わりを迎えると、蓮は、お世話になった、おろしやみんじとさよならして、灯理野 ほのかと、行動を共にしていた。
聞くところによると、ほのかは、追加で、あと一週間近く、鉄道会社の職員として、有給を取ったらしい。
かなりのゴリ押しで。
ちなみに、華は、同じく休暇を取得した、橘 ほだかと、行動を一緒に取っている。
つまり、女子チームと男子チームで、分かれた訳だ。
ご機嫌なほのかは、口笛を鳴らしながら、スキップまで踏んでいる。
「あの、ほのかさん。それで、この間の事件ですけど」
「知っているわ。わざと眠ったんだもの」
ばっさり切り捨てる、ほのか。
薄々、そんな気はしていたので、蓮は、ほのかの気まぐれを、受け止めた。
「もしかしなくても、あの有能な従業員さん達を、信じてました? 全力で」
随分、長居した様な気がする、曰く付きの宿屋を後にすると、蓮が、言葉を紡いだ。
「そうね。あそこの宿屋は、なかなか、尻尾を掴ませてはくれないのよ。特に、宿屋の主人は、かなりの偏屈者でね。そのくせ、相当に、厄介者でもあるわ」
重複する様に、心底、嫌そうに話すほのかの眼には、随分と余裕が無い。
過去に、何かしらの確執がありそうだ。
「多分だけど、貴族を狙ったケースは、他の場所でも、起きているわ。それで私と貴方は、まぁ、この茶田の案内をする意味でも、図書館に、到着よ」
馬車に乗り込んだかと思えば、小一時間ほどで、下流区域、茶田の、こるく図書館の前に、立っていた。
丸いドーム型。屋根の色は黄緑、外壁の色は、黒茶色だ。
まるで街の水族館並みの大きさで、実際、図書館の横には、小さなミニ水族館がある。
「歴史は結構古いのよ。数百年は過ぎているかしら。リニューアルしたのが、数年前よ」
石の階段を上がると、図書館の正面入り口に着いた。
時刻は朝の10時。
自動ドアを開けると、休憩スペースが開放的な空間に、何個かあり、大理石があしらわれている。
男子トイレ女子トイレもあり、長い通路を抜けると、いよいよ、室内だ。
本好きの蓮の瞳は、先ほどから、何度も、瞬いて、興奮が、おさまりそうに無かった。
「ふぅ。こう言う場所に来ると、やはり、貴方も童心にかえるのね、蓮ったら」
ちらほら存在する、茶田区域の人達をすり抜けて、ふかふかの茶色い絨毯を歩くと、おびただしい蔵書に、蓮が、叫びそうになって堪えた。
丸みを帯びた、空間。
棚はきちんと、種類ごとに、わかれている。
本を借りる場所は、中央にカウンターがある。そこだけ、丸っこく、テーブルに囲まれている。
司書の方は、にこにこして、女性は黒いワンピースに緑色のリボンタイ。男性は黒いブラウス、茶色いズボンに、緑色のネクタイだ。
黒の色は、あまり流用できる『色』では無いが、この図書館も、国の管轄なので、許可は、得ている様だ。
黒髪や黒目など、容貌に関しては、生まれ付きのものであるので、許諾されている。
この国において、色が、重要視されるのは、大貴族や王族に関わるものなので、許された色も、結構、あったりする。
要は、禁忌をおかさなければ、良いのだ。
「こらこら、蓮。少しはじっとしたら!」
わりと強めに、後ろから来た、ほのかに怒られると、蓮が、急に立ち止まった。
「わ、わ、とっ」
前のめりに、倒れ掛けた蓮を、受け止めたのは、司書の少女だった。
黒縁眼鏡にゆるい三つ編みに、白い両手をした少女が、くすりと、品良く笑った。
「お怪我はありませんか?」
ふんわり柔らかな雰囲気。
とても優しい口振りに、蓮が何だか、照れている。
「ご、ごめんなさい。私の不注意で、ご迷惑を……」
「いいえ、とんでもない! こるく図書館へようこそ。私は司書の松村 なずなと申します。以後、お見知りおきをお嬢様」
すっと丁寧に、なずなに、お辞儀されると、蓮が一瞬、アレ? と、違和感に気付いた。
「すみません。聞き間違えで無ければ、『松村』と名乗りましたか? 院長の、伝え聞いてた、義理の『妹さ、ん』」
むぐっと口を塞がれると、なずなが、蓮に、耳打ちした。
「しっ。他の方には、内緒でお願い致します。ああ。お会い出来て、とても光栄ですわ。蓮様」
パッと蓮から手を離すと、なずなが一人で、うっとりしている。
「? 知り合いですか? 蓮」
心底、不思議そうな顔をしたほのかに、蓮が、頭を振った。
「いえ、今、知り合いになったばかりですよ、あはは」
あまり、突っ込みを入れては行けない気がする。
どうせあの、院長の差し金だろ。
脳裏に過った、面倒くさい事態を、回避したくて、蓮はひとまず、なずなの事を、スルーした。
地雷を踏みたく無かったのだ。




