真夜中の訪問者-4ー
ずかずかと音を立てて、宿屋の休憩室スペースに、入って来たのは、大層、ご立腹状態のおろしだった。
おろしの目力の強い、大きな黒目は、激しく、目に映るみんじを、非難している。
一緒に居た、蓮が、そそくさと、華の方に移動した。
ひそひそと、互いの置かれた状況を、伝え合う、蓮と華。二人は、おろし達を、その動向を見守っている。
「ちょっと、君! あたしの許しなしに、内情をそこのお客様に、話したでしょ!!」
「いっけね、忘れてた。そう言えば、今のオレ達は、情報共有が、可能なんだっけ? はは。オレの、思考、そちらにもれてたんだね。ごめんごめん」
まったく悪びれも無く、みんじは、へらへら笑いながら、一応、謝っている。
「はぁ。相変わらず、嫌な奴。あたしの嫌がる事しかしないんだから。性格が違うのだから、仕方ないけれどね」
呆れ果てたおろしが、みんじの肩を、ぽんと、叩いた。
事情を聞かされた、華は、何かを言い掛けて、みんじに目で、制された。
「あと数匹、術式のこもった蜘蛛を、退治したら、元の時間に戻るわ。本日のあたし達の仕事も、おしまいよ」
丸椅子に浅く座ると、おろしが、ひと息入れた。
「ミルクジュースを飲むって事は、まだ、客の相手をしなくても、良いんだな」
皮肉っぽい言い方。
冷たくて刺刺しい。
「そうね。普通は、この宿屋で、働く、少女達は、『春を売る』事もある。だけど、あたしの立ち位置は、用心棒や、雑用係だから。その辺は、免除かな。今のところは」
如何にもやる気無さそうに、そして、どうでも、良さそうに、吐き捨てるおろしに、みんじが、怖い顔をした。
「学生の本分は勉強。そんな淫らな行為は、絶対させません」
「は? 本気で言っているの?? 学費や食費を稼ぐ為に、躰を差し出す、同僚も、数人、居るけれどね。彼女達は、仕事にプライドを持ち、とても、キレイよ」
きっぱりと、美しい顔で言ってのけた、おろしが、制服の襟を正した。背筋を伸ばして、みんじに、なおも、強く迫った。
「ふぅ。みんじは、死にかけたせいか、まるで、『別人』になったみたいだね。以前はもっと、思いやり溢れる、良い奴だったのに。死線をくぐると、変わるんだね」
あたしは、残りの小蜘蛛をやっつけてくるから。
そう言い残すと、おろしが、居なくなった。
時間の止まっていた、宿屋の空間は、もう時期、普通に、戻る。
聞いてた話と違うな。
訝しんだ華が、落ち込むみんじに、近寄った。
「主従関係を結ぶと、ごく、稀に、心の声が漏れる時があるんだ。だけど、どういう訳か、彼女は今でも、『割下 みんじ』は、生きていると、信じている。そう。召喚した事実を、忘れているんだよ」
別人格だと、言い切ったのは、おろしが、一種の記憶障害に、なっているからだ。
つまり、事故死した、みんじの『死』を、端から受け入れていないのだ。
「良いんだ。結果がどうあれ、オレはみんじとして生きる。主の大切な幼なじみは、守らないとな。まだ、記憶から消すには、忍びないだろ」
複雑な事情。
みんじの振りを続ける、彼が、おろしのあとを追いかけて、休憩室スペースから、居なくなった。
「召喚した瞬間を、覚えていないんだね。おろしさんは」
丸椅子に、ストンと腰掛けた、蓮が、華からの話を、きちんと、飲み込んで、整理した。
「死を受け入れるのは、しんどいよ。オレも、宮須 アンナを思うと、涙が出てくる」
「どうしたって、死者の記憶は、美化されるもの。逆に言えば、アンナは、貴方に好かれて、とても光栄でしょうね。いつまでも、胸の真ん中で、あり続けるんだもの。まるで、生きているみたいに」
半べそかいた華に、蓮が、ハンカチを渡した。
ようやく、長い夜が、終わりそうだ。
休憩室スペースの窓に、冬の朝日が、顔を覗かせた。
時を狂わせた、宿屋の空間は、間もなく元に戻る。
菫色の目に、柔らかな陽光をうつし、華が、蓮をじっと見た。
「かなわないな。蓮の方が、ずっとずっと、大人だ」
「精神年齢的には、ね。私だって、記憶に蘇った、アンナを思い返すと、泣けてくるもの。大切な友達なら、なおのこと。素直に泣ける、華が、羨ましいわ」
そこは、感情豊かだと、言ってくれよ。
情けない姿を、蓮に見られて、今更、華が、恥ずかしくなった。
「この宿屋にだって『深淵』は、あるのよね。私達が、養われていた施設と、大差無いかもよ。つくづく、嫌になるわね」
反吐が出る。
上品な顔をしかめた蓮が、小さく言葉にした。
「大丈夫だろ。オレの見た限り、あの人はきっと、この宿屋の在り方を変えると思うぜ? 目に炎を宿していたからな」
「ええ。私も、おろしさんならいつか、この宿屋の『春を終わらせる』と思うわ。単なる予感だけれどね」
くさい台詞を吐く、華に、ふふと笑いながら、二人が、仕事を終わらせてきた、おろしとみんじに、お疲れ様と感謝の気持ちを込めて、深く、一礼した。
カチン。
止まっていた時は、動き始めた。
宿屋に、朝が訪れた。




