第45話 キマイラ
※映画やアニメだと月の光で結構まわりが見える感じですが、実際それは難しいと思います。もしかしたら若い人なら見えるんですかね? 年寄りは満月でもランタンやヘッドライトを持参しましょう。
ある程度近づいてくると、その魔物の姿は僅かばかりの月あかりの下でもはっきりと見えてくる。ヤギの胴体にライオンの頭、尻尾は蛇なのだろう、胴体と関係なくうねうねと動いている。
奴にとっては肉体的な能力の劣る我々は捕食対象でしかないのだろう。多分俺とオベリスクの姿はその視界に入っているだろうに、全く慌てることも無くゆっくりと歩きながら近づいてくる。
「左右から挟み撃ちにするぞ!」
そう言ってオベリスクは進行方向を右にずらすとスピードを上げて、キマイラの右側にまわりこむ。俺は逆に左側へと回り込んだ。左右から囲んだところで。キマイラの方に向かって二人で前進する。目標が分散したことで、どちらに向かって火を吐くべきかキマイラは一瞬躊躇した。
その隙を見逃すはずもない。オベリスクは右側からキマイラにとびかかる。近接戦での風魔法による胴体の切断を狙っているのだろう。先に動いていたオベリスクの方にキマイラは気をとられた。
しかしそこに俺の振りかぶった斧が一撃を与える。多分その体はキングオークよりも硬いのだろう。オベリスクの風魔法は皮膚の表面を少し切り裂いただけだった。しかし俺の斧は違う。しっかりとその刃先はキマイラの胴に食い込んだ。キマイラの悲鳴とも分からぬ鳴き声が月夜の草原に響き渡る。
「焼きたくないからさ、斧はそのままにしておいてよ!!」
俺はオベリスクのその言葉に斧から手を放して、一旦そこから距離をとる。
「イカヅチ!!」
オベリスクが叫ぶと、彼女の指先からキマイラに向かって雷光が放たれる。それは俺の残した斧を伝ってキマイラの全身を巡る。キマイラの顔の首に近い部分に生えたたてがみが逆立つ。
「さすがキマイラはこの程度じゃくたばらないか……」
キマイラは一瞬その動きを止めたが、またすぐに動きを取り戻した。そうしてオベリスクに向かって口を開けて炎を噴こうとする、しかしその時
「イカヅチノヤ!!!」
オベリスクの叫びに呼応して、雲一つない草原だというのに天から一筋のいかずちが落ちてきた。それはまた俺が残した斧を通してキマイラの全身を駆け巡る。
先ほどの雷撃とは規模が違う。キマイラの姿が一瞬電流を通した電球のように光り輝いた。その光が消えると、ところどころから白い煙をあげながら、キマイラの体は大きな音を立てて地面に崩れ落ちた。
「やはり自然の力は借りるに限るな。しかし火魔法じゃないのに、ちょっと焦げた感じになったな」
その死体を見てオベリスクが言った。
「むやみに魔物は殺したくないって言ってたよね」
「ああ、でもこいつは食べるために殺したんだ。食べることこそがこいつの尊厳を保つ事になる。普通の魔物は倒すと消えてしまうから食べてやることもできない」
とりあえずタープやアルミシートなどを撤収してテントの周りに置き、椅子や焚火台も寄せ集めて、草原が火の海になったらすぐに一切合切を収納するつもりだったナーガだったが、火を噴く前にキマイラが倒されてほっとしていた。果たしてその後オベリスクが捌いたキマイラの肉は、めでたく四人の朝食となった。
……それはなかなかの臭みだった。
「誰だよキマイラの肉は絶品だなんて言ったのは!?」
オベリスクが戦闘前とは打って変わってひどいことを言っている。
「基本的に体はヤギだったから、野生のヤギの味だろうね。鹿よりも癖が強いねこれは……」
正直焼いただけだとちょっときついなと俺も思ってしまった。しかし解体の終わったキマイラの肉は大量に在庫ができてしまった。かっこいいことを言った手前廃棄は出来ないだろう。
「幸いにして魔法で収納しているうちは腐らないんだから、時期を見て燻製にしたら臭みも取れると思う。あとシチューやカレーにしてもいいんじゃないかな?」
「ああ、シチューはいいかもしれませんね」
時代はともかく、人族の文化に詳しいナーガがそう言った。
「シチューってこの間食べた鍋とは違うんだよな。あとカレーってなんだ?」
オベリスクが聞く。
「私も知りません。初耳です」
ナーガが言った。
「カレーは前の世界では人族が生み出した最高の料理の一つだったよ。この間の買い出しではそこまでたくさんの香辛料を買わなかったから、次の買い出しの後に作ってあげるよ」
俺はそう言ったが、次の買い出し時にオベリスクと一緒にいられるかどうかは分からないなとも思った。
「じゃあそれまでキマイラの肉は余が預かっておくぞ。あ、燻製とやらを作るときは言ってくれよ、すぐに出すから……焼肉は当分牛と豚と鶏、それにシカ肉で十分だ」
やはりオベリスクも、人類が長年かかって出してきた答えと同じところにたどり着いたようだ。




