第25話 キングオーク
横たわるハイオークの死骸を前にしてオベリスクが言う。
「まさかハイオークを倒せるとは思わなかったよ。こいつら知能は低いけどとんでもなく頑丈だからな。この体なら余でも逃げるところだ」
俺は黙ってオベリスクの方を見ている。
「ん? どうした。ビビッて動けなくなったか」
オベリスクは動かない俺に向かってそう言った。
「なぁ、ハイオークのさらに上位種ってのもいるのかな……」
そう言って俺はオベリスクの背後の方向を指さした。オベリスクはゆっくりと後ろを振り返る。
「ああ、キングオークってのがいるんだよ……」
そうしてまたこちらの方を見て
「とにかく逃げろ!!」
そういって俺の手を引いて駆け出した。キングオークとの距離はまだ結構開いている。しかしハイオークですら逃げられないと言っていたのだから、その上位種であれば言わずもがなだ。戦ってどうにかなる相手とも到底思えないのでここは逃げるしかない。
万が一川まで逃げ込めば助かる可能性もあるだろう。とにかく俺たちは必至で走った。いや、オベリスクは本気で走れば俺よりもはるかに速いだろう。独りだけなら助かるのかもしれない。
「俺はいいから先に逃げろ!」
「だから余は死んでも転生するだけだって言ってるだろうが!!」
そう言ってオベリスクは、俺の背中の木の棒の先端に斧がついているだけの武器を奪い取って、キングオークの方へと振り返った。
「まぁちょっと足止めも無理かな。相手がキングオークなら海に逃げても良かったか」
キングオークはもの凄い勢いで迫ってくる。しかしこれはもうだめかと思ったところでその動きがピタリと止まった。
気が付くと俺とオベリスクだけでなく、キングオークも巨大な影の中に入って立っていた。キングオークは茫然と俺とオベリスクの後方を見つめて立ち尽くしている。俺とオベリスクも背後を振り返る。
そこには一匹の巨大な竜がいた。
「やっぱり結界の外へ出るのは無謀だったのかな……」
そう俺がこぼしたところで、オベリスクはにっこりとほほ笑んだ。
「久しぶりだなナーガ。ここらはお前の縄張りだったのか」
竜はこちらに向かって頭を軽く下げると
「ご無沙汰しております。オベリスク様」と言った。
「え? オベリスクはこの竜と知り合いなの?」
「ああ、古い付き合いの友人だ」
「魔王候補への試練で近くへいらしていたことは存じてたのですが、一切手出し無用というのがルールですので、ご挨拶もできずにおりました」
「相変わらず頭の固い奴だな。余は魔王の座などには何の興味もないわ。それよりここにいるケンローは色々と面白いのだぞ。どれ、そんな姿では話にくいのでもう少し小さくならんか?」
竜は軽くうなずいた。そうして立ち尽くしているキングオークの方を見ると、首で遠くへ行くようにとジェスチャーをした。
小さくなった竜は竜では無くなっていた。人間とも違う。魔族というのが響きとしてはあっていると思う。但し角の形はオベリスクに比べればだいぶ複雑だ。そうしてその姿は人間として捉えれば……赤髪でかなりの美女だった。
「この辺りは先ほどのようにオークが多く群生しております。そのお体であまりうろうろされない方がいいかと思いますよ」
「いや、今回はもう結界の中で当分のんびりしてやろうかと思っていたんだがな、どうにも海の水……というか塩が欲しくて。ああ、あと主の力で海の魚なんかはも採れないものなのか?」
「魚など取ってどうされるのですか?」
「食べるんだよ。……そうだ今日の夜は主も一緒にどうだ?」
そう言ってからオベリスクは俺のほうを見て
「ナーガがいれば他の魔物に襲われる心配もないし、この近くでテントを張ろうではないか」と言った。
「ああ、海っぺりでのテント泊も波の音が聞こえてきてなかなかいいもんなんだよね。ただテントを張る前に、さっきのオークたちの死骸をまずは埋めないといけないのかな?」
「そんな必要はないぞ、動物と違って魔力を帯びた魔物の肉体はすぐに風化して無くなってしまうからな。我々魔族の転生とは少し違うようだが、魔力というものはそうやって循環しているんだろう。ポンチョにした魔物の表皮は余が少し細工したから残っていられたのだ。ものが劣化しない収納魔法の応用だな」
なるほど、この世界には元居た世界の食物連鎖や生命の循環とは、また違った理屈があるのかもしれない。
海際は潮の満ち引きがどれほどあるか分からないし、風も強いので海岸沿いの茂みのあたりにテントを張った。植物が生えているという事は、満ち潮になってもここまでは海水が来ないという事だ。それに少し奥に行けば薪にも不自由しなさそうだ。
俺がテントをせっせと設営しているうちに、オベリスクとナーガというその竜は、海際でなにやらもめている。
「魚ならば私のドラゴンブレスで辺りを熱湯にしてしまえば、死んで浮かんでくるでしょう。それを回収すればいいのではないですか?」
「それでは煮魚になってしまうだろう。そうなるとだしとかいうやつが取れなくなるかもしれない。なるべく生きている時に近い形で捕らなければだめなのだ。……もういい! 川と同じで雷魔法で捕るから、海獣が近づかないように主は余のそばにいて海に浸かっておいてくれればそれでいい」
「そんな、私を虫避けみたいに……」
しばらくすると、両手いっぱいに海魚を持ったオベリスクがテント場までやってきた。しぶしぶといった感じでナーガもそれに続いている。
「持ちきれない分は魔法で収納しておいた。今日の夜はこいつらを焼いて食べようではないか。塩なら大量にあるしな」
「ああ、もうすぐ日が暮れるし焚火を始めようか」
※海岸を使ったキャンプ場というのも最近多いですが、問題はペグですよね。完全に砂地だとペグが効かないので、石を拾ってきて結ぶなどの工夫が必要になります。




