第22話 出発
明朝は日が昇るのと同時くらいに起床した。このテント場での最後の食事になるかもしれないので、朝食にはとっておきのお米を炊いた。飯盒とメスティンのどちらで炊くかを迷ったが、飯盒で炊いてメスティンは食器代わりにした。
米は昨晩のうちに研いで水に浸してあった。外で炊飯というと難しいイメージがあるが、しっかりと含水さえすれば失敗は少ない。十五分ぐらい加熱した後十分ぐらい蒸らせば炊きあがる。
もちろんオベリスクは米食は初めてだろう。飯盒炊飯と同時に三脚から吊るしてお湯も沸かし、網の残りの部分で魚も焼いた。焚火台があると、同時に複数調理ができるので本当に便利だ。
炊きあがった米をとりわけ、その上に焼き魚を置いて粉末ではなくなけなしの醤油を垂らす。お湯でインスタント味噌汁も二杯いれた。完全に和食スタイルだ。最初は黙って箸でそれを食べていたオベリスクだったが、我慢できずに声を出す。
「最後になるかもしれない食事の割には地味だと思ったが、この米というやつは噛めば噛むほど甘くなるんだな。しかも味自体は濃くはないが、そこに魚と醤油が組み合わさってベストバランスになっている。ときたま啜るみそ汁というのもいいアクセントになっている。派手さはないが完成されている感じだ」
元の世界にオベリスクを連れ帰れば、グルメリポーターとして結構いい線行くんじゃないかなと思った。残ったご飯はお昼用に塩握りにした。
朝食が終わって後片付けも終え、昨日から荷物は少しずつまとめてあったので、テントや焚火台など残りの装備を手早くまとめて、太陽が完全に登るころにはすっかり出発の準備は完了していた。
もしかするとこれで最後になるかと思えば、このテント場も名残惜しい。露天風呂の底に敷いていたブルーシートは昨日のうちに回収してロープに干してあった。最後にそのシートとロープをザックのメッシュ部分に突っ込んでから俺はオベリスクの方を見て頷いた。
「流石に結界の外に出たら、身軽にしておいた方がいいのでリュック…主がザックと呼ぶものは収納魔法で余が預かっておくぞ」
オベリスクの言葉に俺は再びうなずくとザックを渡した。但しナイフと斧はいざという時のために身に着けておく。ナイフはカバー事ベルトに固定し。斧は長い木の棒の先端にパラコードでぐるぐる巻きにして固定して背中に背負う形で装備した。
そうして準備が整ったところで二人で川沿いに歩き始める。下流へ下流へと進んでいけば海に出るはずだ。
「結界っていうのはどれくらいの範囲で張ってあるのかな?」
「最初のテント場から川までの距離の四倍くらいかな」
それだと多分1kmぐらいなものだろう。川沿いは歩きやすかったので15~20分もすれば出てしまうことになる。
「結界の境界っていうのは見てわかるものなのか?」
「魔力を感じられない人間や動物には分からないだろうな。余や魔物なら見えるというか感覚的に分かるがな」
十分くらい歩いたところで俺とオベリスクはポンチョを羽織った。オベリスクはともかく俺には結界の境界は分からないので、早めに装備しておいた方がいいだろうとの判断だ。後ろに背負った斧は、ポンチョの上にまた装備しなおした。そうしてまたしばらく歩いたところでオベリスクが言った。
「すぐこの先で結界が切れるぞ!」
そのまま二人で進んでいったが、確かに彼女が言った通り、俺にはどこで結界を抜けたのかは分からなかった。しかし体には緊張感が走り、暇なしにあたりを警戒する。
「そんなに緊張しなくてもいいだろう。折角結界から出たんだからもっと楽しんだらいい」
オベリスクが俺の様子を見かねてそう声をかけてきた。八歳の女の子にそういわれるのも何か変な気がする。しかし緊張するなと言われても、下手をすれば熊を一撃で倒す巨体のオークが、突然に目の前に現れるのかもしれないのだ。どだいそれは無理な注文だ。
「もし魔物が出るとすればどんな奴が出てくるんだ? ドラゴンとかもいるのか?」
「はっはっはっ、ドラゴンなんかこんなところにいるわけがないだろう。そんな強い魔物が出るところなら、魔王になる試練とか言っても誰も戻ってこれないだろう。だから今の余でもなんとか相手できるくらいの魔物しか出ないはずだ。あ、早速なんかいるぞ」
そういってオベリスクは前の方を指差す。俺は緊張しながらその指の先に視線を移す。川岸から少し森に入ったあたりにウサギのような生物が数匹いた。それは川岸の方へと移動すると川の水を飲み始めた。ただウサギと決定的に違うのは、その頭部に一本の角がついているところだろう。
「あれはアルミラージュだな。小さいけど怒らせると結構凶暴だから気を付けろ。主が一人の時は見かけたら逃げた方がいい」
そう言っただけで、オベリスクはお構いなしにそのまま歩いていく。そのアルミラージュたちの後ろを黙って通り過ぎる。向こうもこちらに対して何ら関心を持つことはなかったようだ。
「うん、うまくいってるな。こちらから攻撃を仕掛けでもしない限り、襲ってくる事はなさそうだ」
見た目は本当にウサギのようだったので、触ってみたい事もなかったが、北海道でキタキツネを見つけても触ってはいけないように、そこはぐっと我慢した。
※一般的に飯盒と言えば4合炊きのやつを思い起こす人が多いと思いますが、二合炊きの戦闘飯盒Ⅱ型というのが今は人気です。小さくてかわいいんですよね。メスティン用のオプション製品も内蔵できたりします。




