第10話 宴
テント場に帰り俺が採った短めの自然薯は長さを三等分にカットして、軽く水洗いをする。それからナイフで皮をむく。
「なんだよこれ、ねばねばして気持ち悪いな」
オベリスクはまだ自然薯を食べたことが無かったらしい。ちょっと触ってはそう声を上げた。そうして確かに俺も失敗したと持った。皮をむく前に焚火の用意をした方がよかった。一旦皮をむいてしまったしまった自然薯のねばねばは止まらない。おろし金はさすがに持ってきていないのでおろしておくこともできない。
仕方がないので細かくスライスして、容器代わりにメスティンと呼ばれるアルミ製の小さな飯盒の、中に入れてふたをしておく。俺のとってきた方の自然薯は、短いとは言っても結構な量になった。
気を取り直して手を水で洗い流すと焚火の準備に取り掛かった。
落ち葉を敷いて、松ぼっくりを数個置いて小枝を重ねてフェザースティックも置いた。昼と全く同じ手順だ。しかし今回はオベリスクが、自分にもファイヤスターターを使わせろとうるさいので預けてみた。
最初は遠慮気味に擦っていたが、ファイヤースターターは勢いが大事なのだ。もっと強く早くといったらすぐにコツを飲み込んだのかすぐに着火した。おかしい。ファイヤスターターからの直接着火は高等テクニックのはずなのに、オベリスクには一回見せただけで技を盗まれてしまったようだ。魔王とは恐ろしい存在だ。
着火後は小枝を入れて火吹き棒で炎を育てていく。昼と違うのは、ある程度炎が大きくなったところで、丸太から切り出した薪をくべたところだろう。これだけ太い薪にはなかなか火は燃え移らない。しかししつこく火吹き棒で空気を送り続けると、徐々に赤くなりはじめた。
そうして他の太い薪を、燃やすのではなく何本か焚火台を囲むような形で立てかける。こうすることで余分な水分が飛んで、後でくべたときに燃えやすくなるのだ。ある程度太い薪が燃えてきたところで、また焚火台には網を乗せて、魚を並べた。
「この焼き魚ってやつはいくらでも食べられるな。次は塩を振るんだったな」
オベリスクの発言を聞いて、俺は人差し指を左右に振りながらチッチッチッと言った。
「二食続けて同じものでは芸がないだろう。そこでこいつの登場だ」
そう言って俺は粉末しょうゆをベースとした、キャンプ好きにはおなじみの調味料を取り出した。
「これはね、塩ではなくて醬油というものを粉末にした上で、他にもスパイスを加えた調味料なんだよ。これを振りかければなんだっておいしくなるんだ」
そう前口上をたれて俺は網の上に並べられた魚に調味料を振りかけた。調味料は若干の魚の水分を吸収して、香ばしい匂いを放ち始める。
「これはあれだな、初めて食べさせてくれたなんだっけ……」
「ああ、せんべいだね」
「そう、それと同じ匂いがしてくるな」
「うん。俺の元居た世界では醤油っていうんだよ。この世界にはまぁ無いだろうね」
「そうなのか? 人族の住む地域の文化は詳しく知らないが探してもないのかな?」
「それは俺には分からないけども、オベリスクの言う人族の文化ってやつもいつかは見てみたいもんだな」
「そうだな。でも主にはこの結界から外に出てそこまでたどり着くのは無理だろうな。余も今のこの体では主を守り切れないだろう。申し訳ない」
「謝らないでいいよ。たまたま俺らはここで出会っただけなんだし、ただとりあえず塩くらいは確保しておきたいところなんだけどね」
それを聞いてオベリスクは少し困ったような表情を浮かべた。
そうこうしているうちに魚は焼きあがった。時間は分からないが、まだ日は出ているし明るい。しかし自然薯を掘ったおかげでお腹は空いていた。焼きあがった魚を串に刺して切り目を入れる。先ほどスライスした自然薯を取り出してその切り目に突っ込む。そうして最後にまた粉末醬油ベースの調味料を振りかけた。
「どうぞ。そうだな『焼き川魚の自然薯添え醤油味』とでもしておこうかな」
そう言って一匹をオベリスクに渡して、自分も同じようにして一匹を手に取った。かぶりついたオベリスクは驚嘆の声を上げる。
「なんだよこれ、とんでもなくうまいじゃないか! さっきのねばねばした自然薯とかいうやつもこの焼いた魚と一緒に食うととんでもなくうまいな。なんというか焼いた事で若干パサついた魚の食感に、トロトロが合わさっていい感じじゃないか。なんだよ数千年も生きてきて全然こんな事は知らなかった。ケンロー、主の世界ではみなこんなうまいものを食べているのか? 恐ろしいな……」
オベリスクは昼にも増して、食リポのような感想を述べたてる。
「うーん、きっと外で食べてるからおいしいんだよ。しかも焚火で焙ってるからね。こんな贅沢は俺の世界でもやってる人は少数派だよ」
「よくわからんが感動したぞ……これは魚だが、もしかして肉でも同じようなことになるのだろうか?」
「うん。魚は魚でうまいけど、肉もまた最高だろうね」
「最高がたくさんだな。よし、明日は余が肉を用意しよう。これは楽しみだな」
オベリスクは上機嫌だ。ここでクーラーボックスに残っている缶ビールを取り出した。オベリスクは遥かに俺より年上だが、肉体は八歳なのだから飲ませていいのかは微妙なところだなと思った。
「ケンロー、それは何を取り出したのだ? もしかして酒か?」
その言葉に俺は驚いた。
「こちらの世界にも酒はあるのか?! いや、なんでこれがそうだと思ったんだ?」
「このタイミングで出てくるものといったら酒しかないだろう。この世界にも酒はあるぞ。ないわけがないだろう」
ぱっと見は少女の様に見えるが、飲みなれている風だったので、シェラカップにビールを注いでオベリスクに手渡す。
「うむ、発泡酒のようだな。シュワシュワして発泡酒は大好きだ」
俺は缶ビールをオベリスクの持つシェラカップのふちに当てて乾杯をした。オベリスクは不思議そうな顔をしてそれを見ている。
「これは乾杯といって、友達同士が記念を祝ってする儀式なんだ」
「ほう、それは興味深いな。で、何の記念だ」
「決まってるだろう? 俺と君と出会った記念だ」
そう言ってから俺は訳のわからぬ異世界で、オベリスクの出してくれた氷でキンキンに冷えたビールを一口グビリとやった。
※松ぼっくりって実は着火剤としていい仕事をしてくれます。ただファイヤースターターで直接着火するのは難しいです。その場合はフェザースティック(木の棒をナイフで細かく枝分かれさせたもの)も使いましょう。




