アンチ星憑きデモ
星憑きによる騒動止まず。/佐波沼を脱出せよ。/星憑きの管理体制に指摘も。/星憑きの能力向上訓練場のウワサ!/国際機関視察の申し出に政府の対応は。
ネットニュースサイトのトップページを飾る言葉の数々である。無論素人が好き勝手配信する場の惨状など目も当てられない。
記事では巨大ロボの写真が多く使われており、それを見たいつひがやっぱり巨大ロボは浪漫だよなあ、と深く頷いた。向かいに座る重光がつまらなさそうに大きな欠伸をひとつ。
二人がいるのは湊叶の家族が経営する洋菓子店のイートインスペースである。いつひの手元には二種類のモンブランがひとつずつとカフェオレがあり、重光はナッツクッキーをかじっている。そしてショーケースカウンターには大層機嫌の悪い顔をした湊叶が二人を見張るようにして構えていた。
「別に暴れたりとかはしないからそんな警戒しなくてもいいじゃん。あんまりしつこいとレビューに『ケーキは美味しいのにめちゃくちゃ睨んでくる店員が居ます。星1です』みたいなこと書くよ!」
「低評価脅迫行為は営業妨害でーす、今すぐお引き取り願いまーす」
しっしっ、と手を振る湊叶。いつひは「もー。最近桜庭くんの様子がおかしいからこっちは心配してるっていうのに」とモンブランを大口で頬張った。
「お前らに心配してもらわなくても平気だわ。何なら心配されたほうが迷惑なぐらいだっつの」心の底から出たため息を吐いた湊叶は続ける。「様子がやべえのは由瀬だろ。明らか病んで一昨日辺りからはもう学校来てねぇぞ」
龍行高校で巨大ロボやら何やらの騒動があってから早くも五日経った。あの日、いつひは気が付いたら病院のベッドの上にいた。初めての経験に興奮していたのも束の間、簡単な検査を終えて帰宅すると、どうやら学校か病院からの連絡を受けていた母親からねちねちと嫌味を言われた挙げ句夜通し祈祷をされた。祈祷の間、正座を崩すと鞭が飛んでくるため眠気としびれで朦朧とする中、ログボを取りそこねてしまったスマホゲームのことを考えて時間を潰した。
そして総能研からは「皆様大変興奮しており、周囲や自身に危害を加えかねない状況だと判断し、強制的に制圧させて頂きました。平素より活動へのご理解ご協力誠に感謝しております」とか何とか書かれた紙切れが送られてきていた。勝手にもほどがある、と思ったが別に今に始まったことでもないな、といつひは総能研について考えることを辞めた。
「そいや確かに桜庭くんは肌艶良くなったよね。もしかして、相馬くんが学校に来てないから?」
すっかり元通りの日常、というわけではない。大助が姿を消したままなのである。
「……なんでそう勘が良いんだテメエは……」
絞り出すような湊叶の声に対し、いつひの声色は明るく踊る。
「嫌い? ボクは素直な桜庭くんスキダヨー」
「は?」
茶化して並べた言葉に地の底から響いたような声が返された。見れば重光が不服そうにしている。僅かに額に青筋まで浮かべているではないか。しかも感情の矛先は湊叶に向いている。厄介すぎるだろ、といつひは腰を浮かせて両手のひらを重光の顔の前に差し出した。
「え、冗談だよ! 武藤くんの地雷全ッ然分かんないなマジで」
「ふーん」
幸いにも重光の負の感情はこれで引いた。胸を撫で下ろしたいつひと湊叶を他所に、震源地である重光は何事も無かったかのように喫食に戻っている。「これ、山葵さんに教えよ」とナッツクッキーをしげしげと眺めながら呟いていた。
「武藤くんっておじいちゃんっ子だよねえ」
いつひが呟くと重光は少し考える素振りをしたあと「別にふつーだろ」と返す。
「おじいちゃんが武藤くんにぞっこんなのもあるよね、あとお父さん」
「それはそー思う」
当然だと重光は頷く。武藤くんのそういう謎に無垢なところ好きなんだよな、といつひがぼんやりと重光の長い睫毛を眺めていると、来客を知らせるドアベルが響いた。
「わーっ、もうびっくりした! 聞いてよ湊叶、商店街に変なやつ来ててさあ──、あ、いらっしゃいませ!」
まるで自宅に帰ってきたかのような軽さと騒々しさとともに来店したのは、実際にここが自宅でもある店主その人であった。確か湊叶の母親だ。手には業務用スーパーの袋がある。急な買い出しだろうか。
裏口とか通用口とか無いのかな、といつひがカフェオレをすすっていると気さくな笑顔で応対される。いかにも人好きのする雰囲気だ。武藤くんは嫌いそうだけど、と思いながらちらりと重光の様子を盗み見れば僅かに不機嫌そうに眉を寄せていた。
「……店長、流石にこの時間は客いるし」
「ちょっと衝撃的だったからさあ。市外、何ならあいつら県外から来てると思うんだけどプラカード持って行進してんの、『星憑き保護反対』って。う〜わ、こういうの十数年ぶりだ〜っつって。そもそも別に保護されてなくない? よくボロボロになって帰って来る奴うちに居ますよ〜! って言ってやろうかと思ったっての──」
「わぁーったって。後でな。買ってきたもん整理しろよ」
マシンガントークが止まらない母に辟易した様子の湊叶は何度も頷きながら母を制止した。そばで聞いていたいつひはいつひで、息子さんをボロボロにした一人がここにいると思うと何となく居心地が悪い。故に渋々ながらも奥に引っ込んだ湊叶母にこっそり胸を撫で下ろした。
一気に静かになった店内に湊叶の浅く長い溜息が響く。
「なんていうか、桜庭くんのお母さんって感じ」
「……おー、そーだろそーだろ」
雑の極みとでも言うような応対を受けたいつひだが、そんなことより気になるのは商店街で行われていたというデモである。
「ちょっと茶々入れて来ようかなー。撮れ高になってあげるからちょっとお小遣いちょうだいって言ってみてもいいし……」
「まーた阿漕なこと考えてんなイッヒーは」
頬杖を突いた重光が呆れ声で呟く。
「阿漕なのは他所からやってきて騒ぐ奴らも一緒〜。ネガティブ感情煽れば数字稼げるからね」
「心からのデモかもしんねえだろ」
「余計質悪くないそれ。武藤くんたまに純粋無垢キャラすんの何なの」
「俺はずっと純粋無垢で素直だろ。イッヒーがひねくれ過ぎなんだよ」
「武藤くんが素直なのは九割認める」
カフェオレの最後の一口をすすり終えたいつひは「さて、話題の現場に直撃しますか」と立ち上がった。
◆◆
いつひの思いつきに付き合わされるのなんかしょっちゅうだ。何なら二日に一回はそれに付き合っているのではないかと重光は思うくらいである。キラキラと目を光らせて行進を見つめているいつひを横から見下ろした重光は「何が面白いんだか」と口の中でぼそりと呟いた。
湊叶の家から細い路地を通って向かったアーケード商店街。重光といつひは路地の前に設置してあるアーチ型車止めに寄りかかるようにしてデモ行進を眺めていた。
──『星憑きは危険』『厳重に管理すべき』『問題行動への対応が遅すぎる』。繰り返されるデモ隊の主張。口調こそ穏便なものだが、市民を睨みつけるような視線は敵愾心に満ちている。
「|ヤホコメ《ニュースサイトのコメント欄》じゃん」
いつひが口元を緩ませながら零した言葉に、重光は改めて首を傾げた。本当に、何が面白いんだか。
商店街を歩くデモ参加者は多く見積もっても十五人程度、周囲に配置されている警察官や警備員、総能研の機動部隊を合わせた人数のほうが多いくらいだ。ただ、そのせいで現場はすっかり物々しい雰囲気に包まれている。デモを遠巻きに見物しているのは一般人よりも星憑きたちの方が多い。それも星憑きたちの年代は血気盛んな思春期の子どもたちばかりだ。煽るような大声が時折飛ばされるのは当然だった。
「わざわざ危険地帯に来て何言ってんだ」「顔覚えたからな〜」
デモ隊はそんな言葉など気にもならないのか、自身らの主張を繰り返している。総能研は星憑きが妙なことをしでかさないか目を光らせていて、やっぱり星憑きの味方ではないよな、と当然の事実を目の当たりにしたいつひはため息を吐いた。あのミニバン組が来ていたら突撃してやろうか、と探してみたが見当たらない。
「よく申請通ったよね、佐波沼の真ん中で星憑き批判デモ。ヘイトじゃない? これ」
「おや、武藤に賀川じゃないか」
半笑いで呟いていたいつひの後ろから朗らかな声。振り返るのも面倒ないつひは「なーに、羽澄くん」と投げやりな声を返した。
「騒ぎに驚いてやって来たのかい?」
光汰はいつひの横に立つとそう尋ねた。重光がその間に割って入る。おおっ、と身体を少しのけぞらせた光汰に、いつひが「まあ、そんな感じ」と返した。重光の身体の陰から顔をひょこりと出していつひは尋ねる。「羽澄くんは?」
「商店街が騒々しいと聞いてな。偶然近くで買い物をしていたところだったから、様子を見に来たんだ。が、不穏だな」
そう低い声で呟いた光汰は辺りを警戒するように見渡した。
「そりゃ、星憑きのホームで星憑きサゲしたら当然この空気になるでしょ」
呆れた調子でいつひが答えた瞬間である。乾いた破裂音がしたかと思うと、ほとんど同時にデモ隊のプラカードが弾け飛んだ。光汰が身構え、いつひが「どいつだどいつだ」と視線を四方に走らせる。総能研の面子も一斉に動いた。デモ隊に避難を呼び掛け、機動部隊が盾を構えて星憑きたちに静止を命じる。その矛先はいつひ達にも向いた。星憑きの特徴である鮮やかな色の髪と瞳が、今に限っては烙印のようだ。いつひは唇を尖らせて「ボクらは何にもしてませーん。そっちのデータベースと照合してくださーい」と声を張り上げた。
目を細めて騒ぎを眺めていた重光が「あいつ、怪しー」と呟きながら男子を指差す。光汰が「む」と眉間に皺を寄せて重光が指し示す方向を見遣った。そこには龍業高校の二年生、郷原直哉の姿があった。
「えーっと、髭右近くんに操られてた二年生Aだよね」
ちなみにBは硬化の能力を持った飯森洋平を指す。
「そうだ」
光汰が首肯を返し「能力は念動力だったかな」と記憶を辿る。「軽いものなら難なく動かせたはずだ。能力の最大影響範囲は把握していないが、手を触れずにプラカードを弾き飛ばす程度の物を射出することも可能だろうから、あの距離感では言い逃れは難しそうだ」
「んでも、やってるっていう証拠もないじゃん? 特に念動力なんかは能力を使ったかどうかすら分かんないじゃん。それこそ、スクリーニング検査のときみたいに脳波見なきゃ」
総能研の機動部隊に睨まれながら、いつひと光汰は好き勝手話す。
「確かに郷原の能力は使用したという証明は難しそうだ。能力自体が見えるわけではないと言うのが──」
光汰が話している最中に郷原が機動部隊に両脇を固められて連行されていく。
「疑わしきは罰せずという原則は総能研には存在しないんですねー!」
いつひがこれみよがしに大声を上げるとこちらを監視するように見ていた機動隊員の一人が片眉をあげた。それからいつひをじっと見つめた後「キミ、61121の現場にも居た子?」と尋ね、近付いてくる。その姿にいつひも目を瞬かせた。
「あ、『忘れてください』のお姉さん」
「誰こいつ」
いつひが見知らぬ存在と話し始めたことを察知した重光がぬうとその巨体を二人の間に滑り込ませる。
「キミもか。今日も野次馬?」
「今日は野次馬。この前は総能研の車に乗ってたせいで巻き込まれたの!」
重光を両手で押し除け、いつひが噛み付くように答える。
「あー、そうだっけ」
「巨大ロボは少し前にボクの学校にまで押しかけて来たんですけど! 事態は収束してたんじゃなかったんですか総能研さん!」
「う、そこを指摘されると耳が痛い。でも、担当は別働隊だったし……あ、ごめん、呼ばれてる!」
それじゃ! と何とも軽薄な敬礼を残し、彼女は持ち場に戻る。いつひが「友達じゃないんだけど」と呆れたようにこぼした。
「そういやあのときに見た女の子のこと、相馬くんに聞けず仕舞いだな」
翌日に聞けなかったのは何でだっけ、武藤くんが止めたんだっけ──。
「ふむ? それはどういうことだい?」
光汰が聞き捨てならないとばかりに話に首を突っ込んできた。いつひは「羽澄くんには話してなかったっけ?」と惚けたふうに呟いてから「ボクと武藤くんが蔦胎の巨大ロボ事案に巻き込まれたことは知ってる?」と尋ねた。光汰の首肯が返って来たのを確認し、いつひは続けた。「そこでカラーリングが相馬くんそっくりの女の子が総能研と一緒に出てきたとこ見てさ、さっきの人に口止めされるし、相馬くんって色々謎多いじゃん? でも最近ずっと学校休んでるからこの話出来ないな、って」滔々と話終えたいつひは「そんな感じ」と締め括った。
「SNSも反応無しだし。またブロックしてるかもだけど、あの眼鏡は」
いつひが棘のある口調で呟いたのを軽い苦笑で躱した光汰がふと表情を曇らせた。
「相馬に限ってそんなことはないだろうが、あの黒い穴に入ったままなんてことは──」
「相馬くんなら大丈夫でしょ」
癪だが、相馬大助がそう易々とやられることはないはずだ。が、「でももう五日経つんだよね」といつひは腕を組んだ。
「出るタイミング考えてんだろ」
終始非常につまらなさそうにしていた重光がぼそりとこぼす。「飽きた。帰る」
そう吐き捨てるように言うと、重光はくるりと踵を返した。いつひが「あ、待ってよお」とその後を追いかける。行くことを決定するのはいつひで、帰ることを決定するのは重光だ。
光汰も二人の背中を見送りながら立ち去ろうとして、その前に商店街の通りの様子を確認する。デモ活動は安全を鑑みてか強制終了され、残るのは現場検証をする総能研のスタッフ数人だった。
◆◆
「で、なんで戻って来るのがウチなんだよ」
「いーじゃん。売上にも貢献してるっしょ?」
桜庭洋菓子店のイートインコーナーには再びいつひと重光の姿があった。きっちりドリンクとフードを注文しており、席も空いている。そのため店としては特に文句はない。のだが。
(……こいつらの溜まり場にされるのは勘弁だっての)
湊叶個人の気持ちの問題である。
「そうそう、桜庭くんと同じ二年の郷原くん、総能研に捕まってたよ。デモ隊のプラカード吹っ飛ばしたっぽい」
プリンアラモードのさくらんぼを食べながらいつひ。湊叶は「郷原ならやりかねないな」と顔を顰めた。あちらさんも湊叶に言われたくないだろうが、郷原もなかなか短気で喧嘩っ早い男だった。
「この半年くらいで行方不明になった龍業高校の生徒ってどのくらいだろうねえ」
プリンを頬張りながらいつひは呟いた。「ボクが知ってるだけで阪くんでしょ、上春くんでしょ、髭右近くんでしょ、相馬くんは──まだ判断するには早いかな。ところでボクこのプリン好き! もちっと感ととろっと感が絶妙」
「お褒めいただき光栄でございます」
皿を掲げ、大袈裟とも取れる言葉を紡ぐいつひ。はあ、と湊叶は今日何度目かも分からぬ浅い溜息を吐いた。
「この街のことだから、これからは星憑きの移動だけじゃなくて市外の人間の出入りを制限しそうだよね」
早速ネット上に出回っている今日のアンチ星憑きデモの動画を眺め始めたいつひが呟く。もちろん重光は興味を持たないので返ってくるのは生返事である。一瞬不満そうに頬を膨らませたいつひは「ね、桜庭くん」と湊叶に話を振った。すると湊叶を見るのは四つの目である。重光の「いつひが話振ってるんだから答えろよ」という視線だけの圧力に抗うのも面倒になった湊叶はこっそりと肩を竦めた。
「市外から来るやつは拒否った方がいいだろ。見せもんじゃねーし」
湊叶が毒づくと、いつひはうんうんと頷いた。なんだこれ。別にいつひの意見に迎合したわけでもなく、湊叶自身の意見を述べただけなのに妙な敗北感があるのは何故だ。
「今こそ頑張るべきじゃない? 星憑解放戦線とかSDRsとかがさあ……もう解散したのかもしれないけど」
「イッヒーってそういうの覚えてて偉いな」
心から尊敬したような声で重光。流石に解放戦線のことは──学園祭の日に龍業高校を襲撃してきた星憑きたちがそんなふうに名乗っていたはずだ──湊叶も言われるまですっかり忘れていた。
「でしょー」
「なのに何でテストの点数悪いんだろーな」
これまた心から不思議そうに重光。いつひは硬直し、妙な音を発声した。湊叶は「興味の問題じゃねーの」と適当に呟くと息を吹き返したいつひが「そう!」と大きく頷いた。都合のいい言葉への反応速度が凄まじい。
「あ、桜庭くんとボクの予想大当たりだよ」
不意にいつひがスマホを持ち上げて湊叶に液晶を向ける。ニュースの速報画面だ。記されているのは『当分の間、市外の人間の出入りを制限:福江県佐波沼市』という一文。
「無駄に仕事が早いな」
湊叶が呆れた声をあげる。いつひが「ボク気が付いちゃったんだけど」と眉を寄せながら呟いた。「『出入り』ってことは、今佐波沼に入ってきちゃってる人は出ることも出来ないってこと? さっきのデモ隊出られたかな」
ちょうど位置的にも佐波沼の中心であるこの辺りから、市の境界に辿り着くまで車を飛ばして二十分はかかる。騒ぎの後、すんなり帰してもらえるとは思えないことも考慮すれば、デモ隊の佐波沼脱出はほぼ不可能であったことは想像に難くない。
ちなみに公共交通機関は佐波沼の端止まり、もしくは市内を擬似環状線に設定しているため、市外に出るには乗り換えが必須である。
「無理だろォけど、流石に出すだろーよ」
「出られなかったら面白いのに。星憑きの街で震えて眠れ」と笑ういつひに湊叶は呆れたように呟くのだった。




