?(幕間)
白一色の回廊を痩身の男が白衣の裾を翻しながら歩いている。齢は五十歳前半くらい、首から下げたネームホルダーには『総能研分子生物学部長 相馬三千彦』とある。
前方から騒がしい足音が聞こえ、三千彦は手元のバインダーから目を上げた。三千彦に用があるらしく、足音の主である白衣の男は視線が合うと大きく息をついて足を止める。
「五島主任、そんなふうに走っていると危ないぞ」
早速切り出そうとしていた五島より先に三千彦は穏やかな口調で指摘する。ネームホルダーに書かれた肩書は『総能研分子生物学部 発生工学研究室 主任研究員』だ。
「すみません」
嗜められた五島は髪を手で撫で付け、ネクタイを整えてから話し出した。「また脱走事故が起きてしまって──」
「それなら館内一斉メールで把握している」
再び五島の話を遮った三千彦は首を小さく傾げた。事故を起こしたのは五月女泰人だ。
「いえ、詳細を確認したところ、発端と言いますか、彼の目的がその、部長のご子息で、しかもすでに」
「あいつに殺意を持って近付いたなら、無事では済んでいないだろうな」
「どうやら、その」
どうにも奥歯に物が挟まったような言い方をする五島に三千彦は業を煮やしたように「あの気味の悪い能力で無かったことにしてしまったのだろう」と肩を竦めた。早口になってしまったことを誤魔化すように三千彦は小さく咳払いをする。
いよいよ五島は顔色を真っ青にして、小さく頷く。そういえばこの男はあいつの能力が苦手だったか、と三千彦は思い出した。
「それをわざわざ伝えに来てくれたのか」
「ええ、ご子息のことですので……」
五島は三千彦の顔色を伺うようにして答える。あの愚息が好き勝手やった尻拭いをする三千彦の姿を五島はよく見ているから、過保護な親だと思っているのかもしれない。思い返してみればショッピングモールでの騒ぎのときも「ご子息が……」と報告に来ていた。
「ちなみに五月女の顛末は彼の仲間に伝えたのか? まだ済んでいないのなら、包み隠さず教えてあげるといい」
三千彦は淡々と伝え、それから自身の腕時計に目を遣った。午後七時を過ぎたところだ。怪訝そうな顔の五島に目を戻した三千彦は「この時間なら、報復襲撃は明日になるだろうな。それまでに61121と八草千景を準備しておこう」と銀縁眼鏡のブリッジに中指を当てる。
「61121と言うと、この間暴走させてしまった機械生命体ですか? まだバグが多くて、実用に耐えないどころか国の軍事機密を白日の元に晒したとかで結構怒られてしまったと聞いているので、流石に部長の一存では動かせないと思いますが──」
「寝ぼけ大臣はあの巨大な的を兵器として使おうと未だに思っているのか? とんだお笑いだな。皆が好きそうな予言デマを撒いて世間の注目をそちらに向けるサービスまでしておいたのだから少しくらい動かしたっていいだろう」
呆れて吐き捨てるように呟いた三千彦は「僕は根回しも得意だから、61121に関しては僕がやろう。五島主任は八草千景の準備をしておいてほしい」と続けた。
「それから、万が一に備えてアルバも近くに待機させておくように」




