祖と邂逅
龍行高校に押しかけているのは、恐らくきっと、五月女が失踪したことを詰めに来た仲間たちだろう。なにかグループ名的なものがあった気がするが、それはすっかり忘れてしまった。
通が焦る理由、それは五月女失踪の原因が大助であること自体ではなく、前日に五月女を処理している大助の調子が非常に悪い──通の語彙を総動員するなら、最悪、地獄、最最悪──からである。大助がたまに使用するあの処理方法は不能犯のようなものだ。異能力者が跋扈する佐波沼に不能犯という概念が適用されるかどうかは別にして。
病院から龍行高校の敷地外周へと移動した通は状況を観察する。騒ぎが起きているのは正門付近のようだ。ご丁寧に正面突破というわけだ。門は閉じられたままなので、能力を使って乗り越えたかすり抜けたか。物を壊さない姿勢は褒めてやってもいい。
門の隙間からこっそり様子を伺う。モールで会敵した面子が揃っていた。あの勘違い胸糞白衣──柿崎はすでに武藤に捕まり気絶した状態で荷物のように抱えられているようだ。
そして最も存在感を示しているのは、地面から生えている巨大な手のひらである。目を凝らして観察すると、その手首は地面の黒い亀裂から覗いており、地獄からの使者とも思える迫力だ。
というか出て来てるのこの前バズりかけてた蔦胎に現れた巨大ロボじゃないのか。だったらやっぱり総能研は無能じゃねーか、何が『現在は無力化されている』だっての、と通は小さく悪態を吐いた。
そんな巨大ロボと思われる掌の奥に、大助は居た。駆けつけたものの腰を抜かしてしまっている警備員を逃がそうとしている。人間を人間とも思わない所業三昧なのに、演技だとは思えないほど自然に他人に手を差し伸べるのだ。──実際、演技ではないだろう。
通にだけ見せる姿も、皆に見せる姿もどちらも本当の相馬大助なのだと、通は思う。
五月女の仲間たちは大助を狙いに来たのだろうが、あの巨大ロボはなぜ今ここに出現しているのだろうか。不可解なのは、五月女の仲間たちの反応を見るに、巨大ロボはどうやら第三勢力であるところだ。
状況を大まかに把握したところで、通は大助の真横に移動する。ちょうど警備員を校舎へ誘導し終わったところだった大助は、不意に現れた通に目をぱちぱちと瞬かせた。
「今日、わざわざ前に出てくる必要あった? あー、っと、その、体調とか……」
そんな大助に耳打ちをする。最後言葉を濁したのは、大助から処理についての話を聞きたくなかったからだ。大助は少し考えるような素振りを見せると「言葉のニュアンスについてはスルーして答えるけど、ここに出てきたのに特段の理由なんかないよ。いつものお節介生徒会たちは不在みたいだからってだけ」とだけ答える。通は微妙な表情を浮かべ、口を尖らせた。
「ああ、でも、どうしておれのものが勝手に使われているかは気になる」
たぶん、通だけが気が付いた大助の変化。その双眸に薄らと鈍い光を宿らせて、声色は僅かに硬くなる。
「『おれの』……?」
首を傾げる通の耳に悲鳴のような歓声のような、妙な叫び声が飛び込んできた。振り返れば地面に生えていた両掌が無造作に引っこ抜かれ、門の前に投げ置かれている。千切られた手首から見えるのは無茶苦茶になった骨格と配線らしきもの。ちょうど人間の骨と血管、神経系のように見え、一部からは青白い火花が散っていた。地面に現れた裂け目は巨大ロボットが出るにはまだ小さかったため、頭部や胴体が裂け目の端につっかえてしまっているのを無理矢理出そうとしたからだろう。
「おわ〜……。武藤やば。つーかこいつ学校で腕千切るの趣味か?」
通が引き攣らせた口元でぼやく。保見とか言う身体を異形化させる星憑きの腕も千切って投げ捨てていたことも記憶に新しい。夏休み前のことだ。夏季休暇を終えても特に成長がないと見える。
「今回は手首だけど」
そういえば大助も武藤の手首切り落としてたな、と喉元までやって来た言葉は何とか飲み下した。大助にはなんとなく悟られている気もするが。
保見も徒党を組んで何かしらの活動をしていたはずだ。解放戦線だったか何だったか──。その辺りで先程の大助の発言の意味にやっと気が付いた。
保見の仲間だった八草千景。この男が保有していた能力と、今まさにバズ巨大ロボの手が出現している裂け目の特徴が似ている。そして、大助は八草の能力を気に入っていて、どうにかして使いこなせないか八草の頭をいじったりデータを取ったり色々試行錯誤していたはずだ。結局上手くいかず計画は凍結中だった上にSDRsの一人である鳥海に前のアジトを襲撃された際、データは持ち出したものの八草本体は前のアジトに置いていったと通は認識している。
ということは、大助より上手くやった存在の可能性があるわけだ。ただ、八草の能力は八草自身の影を蟻地獄化させるものだった。地面に現れている裂け目は忽然と現れたもののようだから、八草が保有していた能力とは似て非なる別の異能にも思えるが、大助曰く「おれの」と言うことらしい。
色々触った結果、目の前の能力を抽出出来ていたとか? 能力を抽出って何だ?
頭がこんがらがってきた通は再び大助に視線を送る。
通からの視線を軽く躱した大助は不意に表情を酷く面倒そうなものに変える。その目線を辿れば、たった今駆けつけたと言ったふうの光汰がいた。大助の表情の変化にも納得が行く。
「結局来たんだ。もう少し後でもよかったのに」
「どっか適当に連れ去っとこうかあ?」
大助がぼやいたのを拾った通が尋ねると、「目障りなだけだから、別にいいよ。後々面倒になるだけでしょ」と気だるげな声が返ってくる。
「そぉかぁ? 適当に手が滑ったとか──」
唇を尖らせた通は、背筋に冷たいものを感じて気配の方に目を向けた。そこには目を見開き、怨霊にでも取り憑かれたかのような狂気じみた表情でこちらを──大助を睨んでいる寒川の影があった。
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寒川は混乱していた。主に地面に現れた裂け目とそこから出現した巨大な掌(指で差されたから総能研からの刺客考えていいだろう)と、それを素手で千切って放り投げた武藤のせいで。
そもそも自分がなぜ龍行に乗り込んだのかすらわざわざ思い出さないといけないくらいには。
五月女が居なくなったのだ。自由に活動してくれていいと言われていた総能研から謹慎を食らわされて一ヶ月ほど総能研の寮(とは言うものの自室などはない)に閉じ込められていたのだが、模範囚を演じていた五月女は自身に対して緩んできていた監視の不意を突いて逃げ出した。
その顛末は総能研の職員から聞かされた。
「彼は自分のオリジナルだという相馬大助に無謀にも挑み、呆気なく敗れました。遺体の回収は一部すらも不可能です」、と。
変なやつだったけれど、嫌なやつではなかった。付き合いとしては数年だが、共同生活を送ったり死線を共にくぐり抜けたりもした、ある意味戦友とも言える関係だった。
だから、その報告を聞いたとき、身体が心底冷えていくのを感じた。遺体の回収が不可能? 五月女は一体どんな酷い最期を迎えたのか。
「彼は最も上手く能力を植え付けられた個体だったのですが、残念な結果となりましたね」
勝手なことを。冷え切った身体は、もう何も感じなくなっていた。
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息を吐く。冷たさを取り戻した寒川は桃色髪と何か話していた大助を睨みつけると「よく出てきたな」と低い声で唸った。
「君たちも執念深いね」
やれやれとばかりに肩を竦めた大助は続けた。「五月女泰人の話でしょ。おれのこと殺そうとしてきたからやり返しただけなんだけど」
周囲の空気を凍てつかせてしまう前に、寒川は短く息を吸う。こいつは生かしておけない。骨の髄まで凍らせて、叩き割って、粉々にして、それから──。
冬の空の如く冴え渡った脳内に浮かぶのは相馬大助をこの世から消し去るイメージだ。それを具現化すべく、寒川は大助の足元から凍らせんと能力を行使する。狙った場所をピンポイントで凍結させるには、それなりの集中力と精神力が必要になる。上手く出来るようになったのは、総能研で能力開発を行っていたお陰だろう。総能研には身寄りのなかった自分に安定した衣食住、それから似たような境遇の仲間との出会いを提供してくれた恩はあるにしても、正直全く好きになれないので総能研のお陰とかは思いたくないけれども云々。
果たして、能力を使った直後だ。寒川の感覚で言えば、大助の足元が凍りつく寸前。目が合う。こいつ、こんな目をしていただろうか。
そんなことを思った瞬間、息が止まる。違う、気道を塞がれ──首を絞められている。春日井の悲鳴が聞こえ──、次の瞬間には水気を含んだ重い音がして、春日井の気配が失くなった。大きな泥団子が潰れたかのような音とともに汚泥のようなものが飛んできて、寒川の身体に付着した。血液とはまた違うが、どこか生臭さを伴ったそれは急速に乾燥し、さらさらと砂になって空気に溶けてしまった。まるで異能で作られたものが術者の意識不明によって消え去るときのように。
「かひゅ」
春日井の名前を呼びたいのに、喉を押し潰されているせいで妙な音しか出ない。首を絞める細い紐状の何かは皮膚に食い込んでいて、僅かに爪は引っかかるものの緩ませることが出来ない。
「五月女泰人、キャラブレ激しかったけど、副作用? 色々盛られてたんじゃない?」
頭がぼんやりとしてきた。大助が何か言っているが、何も考えられない。首に遣っていた腕が酷く怠い。眠気が恐ろしい速さで寒川を襲う。
「もったいないおばけ〜」
幻聴、だったのだろう。この場面でこんな言葉が聞こえてくるはずがないから。膝を突き、地面にどさりを身体を横たえた寒川はそのまま静かに意識を手放した。
◆◆
寒川が意識を失う直前に聞いた言葉は、全く幻聴などではなかった。大助が寒川に伸ばしていた触手を手刀で断ち切った重光の声であった。
「お前、この前俺が『命の授業』してやったのに全然聞いてなかったんですかあ」
「あのときのことも記憶に残るんだ」
重光の話を無視して話す大助に重光の堪忍袋の緒は早くも木っ端微塵に爆散した。くるりと大助に背を向けたかと思うと、春日井だったものや泡を吹いて倒れている柿崎には目もくれず、先程校門前に打ち捨てておいた巨大ロボの掌をひょいと担ぎ上げるや否や、大助に向けて投擲した。「あぶねっ」短い声を上げた通が驚異的な反射神経で以て、投げられた掌に一瞬触れて異能を行使する。通と一緒にどこかに移動して消えた手のひらだが、息吐くまもなくもう一つの掌が大助目掛けて飛んでくる。
「なんでこうなるんだか」
大助は疲れた調子でため息を吐きながら、自身の身体よりも大きな構造物である掌を避ける。地面に突き刺さった巨大な掌は、ともすれば前衛的な芸術作品にも見えないこともない。そんなことを考えていた大助の死角から、重光の拳が飛び込んでくる。異能による自動防御も間に合わない。──間に合ったところで、服を一枚か二枚重ね着していたかどうかくらいの違いだっただろうが。
凶拳をまともに食らった大助はボールのごとくすっ飛んで行った。ああもうこれ何回目だ、と自動防御発動により現れた触手に包まれた大助は口の中で愚痴をこぼす。同時にけぽりと吐瀉物が口から溢れた。重光の一撃は本当に内臓がひっくり返ったのかと思うほどの衝撃がある。もちろん、賀川いつひの能力下における、という説明は必要だ。
追撃は、無い。繭状になった触手の中から外を窺うと、想像通り重光にまとわりつく光汰の姿があった。一生やってろ。ため息を吐いて異能を解除する。今のうちに八草のものと思われる能力を観察しておく。裂け目は存在したままだが、巨大ロボの掌を千切られてからは巨大ロボも動かず、裂け目もこれ以上広がることも狭まることもなく、ただ沈黙を保っている。巨大ロボの断面から激しく散っていた火花も弱まり、今や殆ど終わりかけの線香花火だ。巨大ロボは単純にもう行動不能なのかもしれない。
総能研としてSDRsの暴走を止めに来ていたのならば、彼らの動きが止まった時点で裂け目を閉じるなり何なりして退散するだろう。しかしまだここに留まっているということは、こちらを観察しているのだろうか。
大助は周囲を軽く見渡し、様子を窺っている人物に気が付く。蒲公英色と黄緑色の髪。いつひだ。視線を送るとあちらも大助が見ていることを悟ったのだろう、僅かに目を伏せるような仕草が見られた。ただの野次馬か、と興が冷めた大助はいつひの動きを捉えようとすることを辞める。
気になるのは、残された地面の裂け目だ。大助は引き寄せられるようにしてその裂け目に近づいた。
「た、たいすけぇ、大丈夫かよぉ」
重光に投擲された掌とともに姿を消していた通がいつの間にか大助の傍に戻り、涙声で尋ねる。大助は「武藤に一発食らった」とたいそう不機嫌な声をこぼした。その声もどこか弱々しく、顔色は青白い。
「……それで、俺気づいたんだけど、八草にやったことまたやってるよな、今」
裂け目を指差したまま、通は訊く。大助の体から伸びる黒色の影が、同じ色をした空間へと流れ込むように伸びている。八草千景は、自身の生成した異空間を大助の異能力で埋め尽くされることにより脳の負荷限界に至り、気絶させられていた。
「今日はそこまでの余裕はないかな。中の様子を探ってるだけだよ」
大助はやはりあっさりと、平坦な調子で答える。なのに、顔色は今にも倒れそうなくらいに青白い。通は「大助ぇ」と眉を下げた。昨日の消耗が尾を引いているのは明らかだ。
「なあ、やっぱ今日はもう退こうぜ、俺がどっか連れてくから──」
通は大助に手を差し出した。掴んでほしい、そう願った。大助はその手を一瞥し、それから酷く緩慢な動きで瞬きをしたかと思うと──、その身体をゆらりと大きく傾かせた。限界まで見開かれた通の瞳は、大助が裂け目の中に吸い込まれるように落ちていくのをしかと捉えた。伸ばした手は届かない。大助をすっかり飲み込んだ途端、裂け目はあっという間に口を閉じ、そこにはいつもの正門前の地面だけがあった。その撤収の素早さは、大助を狙っていたとしか思えないほどだった。いや、そうとしか思えない。ずっと狙っていたのだろう。
声すら、出なかった。
呆然と立ち尽くす通はしばらくしてから、何も残っていない自身の手を見つめた。掴んでいれば良かったのだ。あそこで、少しでも拒否されることを怖がってしまったから、掴めなかった。
「でも、大助だから、大丈夫、だよな」
しばらくしたら「鬱陶しかった。風呂入る」とか何とか言いながら、平然と、帰ってくるはずだ。この前大助は言っていた。自分は死なない、と。
掴みたかったものを掴み直すように、通は拳を握りしめた。心臓はばくばくと早鐘を打ち続けている。大丈夫。大助なら、大丈夫なはずだ。
──大丈夫じゃなかったら、それはそれで、俺は楽になれるかもしれない?
「……せ、由瀬!?」
「あ──?」
焦ったような口調で声をかけられ、通は顔を上げた。ずっと地面を見ていたようだ。地面に作られた染みが自身の顎から滴り落ちた冷や汗だとようやく気が付く。
「奇妙な地割れはなくなったようだが、どうかしたのか? そういえば相馬は……」
きょろきょろと辺りを見渡しながら尋ねる光汰の言葉を遮るようにしながら通は答えた。
「なんでもないっすよぉ、俺は朝ご飯抜いててちょっと貧血っただけなんでぇ」
ひらひらと手を振り、「俺も桜庭のこと笑えねっすね! ワハハ!」とわざとらしく大きな声で笑う。それから「よく分かんないっすけど、片付いたっぽいんで俺も失礼しま〜す」と手をひらひらと振りながら姿を消した、と思うのと同時である。正門の手前付近で通はその体を横たえていた。ちょうどそこでは重光が気を失っている寒川と柿崎を積み上げているところだったので、まもなく一番上に積み上げられることになった。
「由瀬!」
三人積み上げて何故か誇らしげにしている重光は慌てて駆け寄ってきた光汰を睨みつけた。そしてその奥から転がるようにしながらいつひが走ってくることに気が付き、ぱちぱちと目を瞬かせた。
「こける」
重光がそう呟いた途端、いつひは華麗に足をもつれさせ──本当に転がって二人のもとにやって来た。足の裏でいつひを受け止めた重光は「イッヒーの移動、転がったほうが速いな」と楽しそうに頬を緩めて足元を覗き込んだ。
「武藤くんマジ無礼!」
跳ねるように立ち上がったいつひはすぐさま重光を両手でぽかぽかと殴る。それから積まれた人間たちを間近で目撃し、「びゃあ!」と奇声を上げて跳び上がった。
「なんでわざわざ積んだのさ……。無駄労力にも程があるでしょ」
呆れた声で呟いたいつひは人間積み木から慎重な動きで距離を取ると「さっき、相馬くんが割れ目の中に落ちたけど、その後すぐに割れ目が閉じたね……! 相馬くん、大丈夫かなあ?」と何とか興奮を抑えたような調子で重光に話しかける。光汰の手前、一応は取り繕ったのだろう。重光は「へー。そんでこいつおかしかったのか」と通を横目で見た。
「武藤くんに人の様子がおかしいとか分かるんだ……!」
いつひが新鮮な驚きに目を輝かせていると重光は些かムッとした顔で「体中から透明の汁出して始めたらおかしいな、ってのは分かるだろ」と答えた。なるほど、そういう。いつもの武藤くんか、といつひは納得のため息を吐いた。
一方で難しい顔をしているのは光汰だ。遅れてやって来た彼が把握しているのは、重光が大助をぶん殴っているところからだ。
「相馬がそんなポカするだろうか。わざとだったりしないかい?」
「相馬くんへの解像度高いね」
いつひがケタケタと愉快そうに笑い、「でもわざとだとしたら、由瀬くんが武藤くんに分かるレベルで狼狽えてたのがおかしくない?」と首を傾げた。光汰も「それはそう、だな」と応えた。
「でしょ──」
何度も深く頷いていたいつひだったが、不意に視線を正門の外に移した。重光がそちらを見たからだ。それから「あ!」と大きな声を上げ、今度は校舎の方に顔を向ける。大助によって逃がされた警備員がこちらに駆けて来たかと思えば、生徒のことなど目もくれず正門の解錠作業を行うではないか。
「あ〜れ〜?」
いつひが半笑いで首を傾げる。「積み重なった人間無視できるのおかしくない? 雇用主誰だと思ってんすか〜」
「少なくともイッヒーではねーだろ」
人差し指の先を警備員たちに向け、わざとらしく聞こえるように陰湿な声音で話すいつひだったが重光にぼそりと突っ込まれ「武藤くんは黙ってて!」と両腕を振り回す。そんなことをしている間に正門が開かれ、現れたのは見覚えのある堅苦しいスーツ姿の男たちだ。
「あ! 曽根! 西澤! 北川!」
丁寧に順に指差しをしたいつひが叫ぶように総能研の職員の名前を呼ぶ。正確な点呼に職員たちは虚を突かれたようにいつひの方を見た。
「ボクの記憶力を舐めてた顔してる!」
曽根は「とんでもございません!」と大仰に首を横に振ったあと「先日は大変な失礼を、誠に申し訳ありませんでした」と深々と頭を下げる。
いつひと重光の刺々しい視線を軽く躱し、曽根は警備員に「通報を受けて参りました」と名刺を渡して詳しい話を聞き始めた。
「人を馬鹿にする技術は一流だよね、この人たち」
不貞腐れた顔をしたいつひが「そもそも寒川くんたちもあの穴もそっから出てきた巨大ロボも全部総能研絡みでしょ」と続ける。絶対に聞こえているだろうに、無反応を決め込む胆力は流石だ。褒めてやっても良い、などといつひが白けた視線を総能研ミニバン組(この前ミニバンに乗ってやって来たのでこう名付けた)に送る。西澤と北川が慣れた手つきで規制線を張っている向こうでは体育館から生徒たちがそれぞれの教室に帰ろうとしているところだった。
「危機意識高いんだか低いんだか分かんないなあ、うちの学校は」
いつひが呆れた声で呟いたのを「プロレスなんじゃねえの」と重光のつまらなさそうな声が応えた。ちらりとミニバン組に視線を送って様子を見てみるも、当然のように無反応だ。
「っていうかボクらも戻っていいのかな」
「申し訳ありませんが、もう少しお待ち下さい」
いつひが規制線の外を指さしながら重光に話しかけたのに応えたのは曽根だった。
「ウッッッワ〜〜〜! この人ボクたちのことバカにしてるよ!」
フレーメン反応の顔でブチギレてる、と重光はいつひを見下ろした。地団駄まで踏み始めたので「流石に恥ずかしい」と呟くと「だってこの舐め腐った態度、許せなくない?!」と重光を見上げる。
「ど〜でもい〜。俺別におっさんの泣き顔興味ねーし」
「泣かせるの前提なんだ」
半笑いのいつひを他所に重光はすたすたと正門の方へ向かい、もう一度閉じられては居たものの施錠はされていなかった門扉を軽々片手で開けた。すぐに西澤が飛んできて重光の前に立ちはだかると、「武藤さんは、もう少々お待ち下さい」と淡々とした調子で続ける。
「やだ。疲れたので帰りまーす」
抑揚なくふざけた言葉を言い放った重光に西澤は駄々をこねる幼児を前にしたときのような表情で「困ります。異能力の適切な使用、管理の為です。ご協力願います」と言い含めるように話す。
「願いませーん」
否定するのそこじゃないのでは、といつひはぼんやりと思った。重光の反応にますます眉を下げた西澤は、自身を押し退けんとしてきた重光の身体に懐から取り出した黒い円筒の先を突き付けた。ばちっ、と短い破裂音と僅かな閃光。スタンガンかな、といつひは西澤の手元に目を遣った。改造されたものも含め、いつひには正直「お馴染みやられ役御用達のアレ」と言った感想しか浮かばない。
重光はひとより薬物にも強いし、電流にも強い。いつひの予想通り、微塵も動揺しなかった重光はスタンガンを持っている西澤の手を取るや否や「覚悟出来てんだな?」と無表情で尋ね──もちろん、その問の答えを聞くまでもなく景気良く殴り飛ばした。
綺麗な弧を描いた西澤は学校前の道路にべちゃりと落ち、手から離れたスタンガンが軽い音を立てて転がった。受け身も取れないのか、と呆れた重光の真後ろに眩い光が突如現れる。
それはまさに光であり、自身の持つエネルギーを全て煌々と輝くためだけに使っているような、一切の熱を感じないものだった。
そう認識した途端、重光の意識は刈り取られていた。
重光だけに限らず、いつひも、光汰も──、正門付近にいた星憑きたちは揃ってその場に倒れる。光は消え、そのあとには蜜柑色の髪をした──いつひが蔦胎で見かけたのと同じ──少女がぽつりと立っていた。伏し目がちなその瞳は、鮮やかな天色をしていた。




