いざアグニマスへ2
「名前は?」
「な、なつきです。」
涼しい顔でこちらへ戻ってきた男は、表情を帰ることなく名を尋ねた。
その顔の美しさについ腰が引けてどもってしまった。
「そうか。俺はエルランド=ハルスだ。」
「あ、はい・・・・」
普通ならよろしくだとか言うのだろうが、そんな気が回らなかった。
再びフードをかぶり、馬車の中へ戻るエルランド。
「あいつ、S級のやつだ。俺も運が良かったぜ・・・・・」
先に外へ出ていた乗客の男がそう呟いた。
どうやらエルランドという男はかなりやり手の冒険者らしい。
* * * * *
パチパチと焚き火が音を立てる。
あれから馬車はまた1時間ほど走り出し、野営についた。
そして現在は真夜中で、朝日が登るのを待つ状態だ。
「そいつは何者なんだ?」
ほとんどのものが眠る中、エルランドは起きていた。フードは外してある。
見張りは御者のものがやってくれている。
そして、アルバもまた眠らないでいた。傍には、なつきがすやすやと眠っている。
たった一人の女性であるなつきを少しでも守れるようにと、不寝番の役目を買って出ている。
当のなつき本人は知らないでいるが。
「・・・・・俺も出会ったのはつい最近で、わかりません。ですが、、女神のようなお方です。」
「女神、か。」
油断しきった寝顔を見せ、眠る女。
長い黒髪に、意志の強そうな黒い瞳。
「・・・・俺はバルキリーのようだと思った。」
戦の勝敗を決する女神、エルランドにはそう見えた。
「最初、馬車でお前らを見たときは丸腰で乗ってくるから驚いた。痩せこけた男と、軽装の女。襲ってくれと言ってるようなもんだ。次からは気をつけるんだな。」
「はい・・・もしかして、あなたが何かしてくれたんですか・・・?」
エルランドでいい、と言った後、彼はアルバの質問に答えた。
「少しは名が知れていてな、ちょっかい出そうとした輩をひと睨みしただけだ。」
S級冒険者エルランドをこの辺りで知らないものはいなかった。
長身で黒フードの男に気をつけろ、というのは界隈で有名だ。
彼に睨まれたら、どんな魔獣も尻尾を巻いて逃げるのでは、とアルバは思ってしまった。
「・・・・・ありがとうございます・・・。俺は、まだ彼女を守れない・・・!」
悔しそうに俯くアルバ。
「アルバとか言ったな。お前はなぜなつきと一緒にいるんだ?」
「詳しくは言えませんが・・・・彼女に救われたのです。なつき様に恩をお返ししたい・・・でもそれができない自分を、歯がゆく思うのです。」
深いわけがありそうだ、とエルランドは思った。
彼の生涯においてややこしそうな者は何人も見てきた。
その中でもこの二人、特になつきは異質だ。
ワイバーン討伐の後に聞いたところによると、彼女は新米でEランクの冒険者だという。
直感でなかなかの魔術師なのだろうと思ったが、あれほどとは思わなかった。
一体どこであのような強力な精霊魔法を契約してきたのだろうか。
そして、その割には物を全く知らない。
馬車に乗ってきたときも物珍しそうにしていた。
かと言って、どこぞの世間知らずのご令嬢という感じでもない。
「アグニマスに向かうんだろ?欲しい魔具があるなら、馴染みの店に連れてってやるが、どうだ?」
「それは、、、なつき様がお目覚めになられてからお尋ねください。俺は魔具のことはよくわからないので・・・・」
そうか、と言って沈黙が訪れ、やがてエルランドは眠りについた。
(この人、悪い人ではなさそうだけど・・・・・)
話していてとても緊張する人だ。
とにかく明日なつきが目覚めてから、先ほどの提案について尋ねようとアルバは夜空を見上げ、朝日を待つのだった。




