プロローグ
ルミナリア王国は、精霊と人が共に生きる小国である。
火、水、風、土、光、闇――世界に満ちる六つの属性。その力を借り、魔法として扱う者は決して珍しくない。生活を支える小さな魔法から、国を守る騎士たちが扱う戦闘魔法まで、精霊の存在は人々の暮らしに深く根づいていた。
けれど、そのすべてと契約できる者は違う。
六大精霊すべての声を聞き、その力を束ねることのできる唯一の存在。
人々は彼女を――精霊使いと呼んだ。
エリアーナ・ルミナリア。
ルミナリア王国第一皇女として生まれた彼女は、十歳の時に六大精霊との契約を果たした。
長い金色の髪と、王家の血を示す淡い紅い瞳。幼い頃から音楽を愛し、城の外へ出れば何にでも興味を示す、ごく普通の少女だった。少し頑固で、一度決めたことはなかなか曲げない。美味しいものを食べれば笑い、嫌なものは嫌だと言い、親しい人には遠慮なく甘える。
けれど、精霊使いとして目覚めた瞬間から、世界は彼女をただの少女として扱ってはくれなくなった。
強大な力には役割が求められる。
王女には責任が求められる。
そして戦争が始まれば、その力は国を守るためのものとして求められた。
そんなエリアーナの傍らに、一人の青年がいた。
ノクス・ルシアン。
王国を支える六大貴族の一角、ルシアン家の嫡男。白銀の髪を持つ騎士であり、エリアーナより八歳年上の専属護衛である。
二人が初めて出会った時、エリアーナは十二歳。ノクスは二十歳だった。
第一印象は、決して良くない。
当時のノクスには喫煙の習慣があり、初対面のエリアーナが抱いた感想は、あまりにも率直なものだった。
「……タバコくさい」
王女と騎士。
金色のちまいのと、タバコくさい青年。
それが二人の始まりだった。
やがてエリアーナが王立中央学院中等部に進学する頃、ノクスは正式に彼女の専属護衛となる。
剣を教え、勉強を見て、学院へ付き添う。機嫌が悪ければ理由を聞き、体調を崩せば休ませる。王女と護衛という立場を越え、二人は長い時間を共に過ごすようになっていった。
その関係を大きく変えたのが、のちに終焉戦争と呼ばれる戦乱だった。
戦火は王国全土へ広がり、エリアーナの日常も失われていく。十四歳になる頃には学院生活を続けることさえ難しくなり、ついには精霊使いとして戦場へ立つことを求められた。
王命によって戦地へ投入される第一皇女。
ただし、その命令には一つの条件があった。
――ノクス・ルシアンが、必ず同伴すること。
前衛で剣を振るうノクスと、その背後から精霊の力で支えるエリアーナ。
二人はいつしか、戦場で互いの動きを言葉もなく読み取るようになった。
ノクスが踏み込めば、エリアーナが背後を守る。エリアーナが結界を広げれば、ノクスは迷わずその先へ進む。
生き残るために。
仲間を帰すために。
そして――隣にいる一人を失わないために。
戦場で積み重ねた時間は、二人の距離を否応なく近づけていった。
敵兵から恐れられた氷の騎士。
六大精霊を従え、人々を守り続けた精霊使い。
やがてノクスは『戦場の鬼』と呼ばれ、エリアーナは『戦場の女神』と呼ばれるようになる。
けれど、どれほど大層な異名を与えられても。
二人は英雄になりたかったわけではない。
ノクスはただ、エリアーナを生きて帰したかった。
エリアーナはただ、自分の大切な人たちを守りたかった。
それだけだった。
そして、戦争が終わりへ向かい始めた頃。
エリアーナは十五歳。
ノクスは二十三歳。
長く続いた終焉戦争は、最後の局面を迎えていた。
この時。
二人はまだ知らない。
戦争が終わったあとにも人生は続くことを。
剣を置いた手で何を掴むのか。
守ること以外に何をしたいのか。
王女でも、精霊使いでも、騎士でも、戦争英雄でもない自分として、どう生きていくのか。
そして。
命を預け合うほど近くにいた相手を、これから何と呼べばいいのか。
その答えを探す時間が訪れることを。
物語は、終焉戦争末期。
十五歳の精霊使いと、彼女の専属護衛が立つ戦場から始まる。




