第7話:ブリキ缶の魔改造(第一の設計図)
地球重力圏を離脱し、漆黒の宇宙空間へと躍り出たアーク・クラス。
先ほどまで機体を激しく震わせていたレガシーロケットは役目を終えて静かにパージされ、虚空へと消えていった。
ブリッジを支配するのは、擬似重力制御の微かなうなりと、息を呑むような静寂。
メインモニターには、かつて人類の故郷だった青い星が、小さく遠ざかっていく様子が映し出されている。
「……信じられない。本当に、生き延びたのね」
コンソールの前で、ナナはぶかぶかの防寒ジャンパーに身を包んだまま、自身の細い指先を見つめていた。
光速の壁——一・三秒のタイムラグを脳内でねじ伏せた超演算の代償として、彼女の鼻腔からは薄く血が滲んでいる。だが、その表情にはエリート監査官としての誇りと、それ以上の『高揚』が張り付いていた。
「生き延びただけじゃねえさ。本番はここからだ、お嬢様」
レインストはすでにシートを立ち上がり、ブリッジ中央のホログラフィック・コンソールを叩いていた。
「地球棄却派サピエンスのせいで、この船の主要センサーと資源タンクの半分は使い物にならねえ。今のままじゃ、新天地ケプラー452bへ向かうための『ゼロ・ディメンション・ワープ』の負荷に耐えきれず、船ごと木微塵だ」
「なら、どうするの? ルナ・セクターの救助を待つ猶予はないわ」
「待つわけねえだろ。落ちてるものを拾って、その場で作り直す。——アミィ、チョモランマから引っ張ってきた周辺のデブリ(宇宙ゴミ)のレーダーマップを出せ」
「了解、レインスト! すでにPATHの自動スキャンを展開中よ」
サブコンソールのアミィが、小気味よい音を立ててキーボードを叩く。
画面に展開されたのは、放棄された古い人工衛星や、小惑星の帯に含まれる未採掘の希少鉱物データの群れだった。
「これを見て、ナナ様。地球軌道上には、旧時代が遺したチタン合金や高密度エネルギー結晶の残骸が大量に漂流しているわ」
「ふん……ただのゴミの山ね」
ナナはツンと顎を引いたが、その瞳はすでに別の光を宿してまたたいていた。
「……待ちなさい。この『ゴミの配置』、私の脳内で逆算すれば、最も効率的な回収ルートがコンマ1ミリ秒で弾き出せるわ。それだけじゃない。この船に積まれている『地球元素カプセル』の余剰元素を使えば、ゴミ(デブリ)の分子構造をハッキングして、最新の超空間装甲へと組み替えることが可能よ」
「ほう、そいつは面白そうだ」
レインストが不敵に笑う。
「言ってやるなよ、監査官様。お前の弾いたルート通りに、俺がこのボロ船の姿勢制御を職人技でねじ曲げてやる。アミィ、資源回収アームの制御PATHをナナのコンソールへ回せ!」
「同期……完了! いつでもいけるわ!」
ここから、二人の『超高速シンクロ』によるハッキングと魔改造が始まった。
アーク・クラスがデブリ帯を疾走する。
ナナが脳内の絶対座標で資源の正確な位置と分子構造をハッキングし、回収の手順を割り出す。その膨大なデータを、レインストが「古い機体の癖」を引き算した泥臭い手技で操縦桿へと落とし込み、寸分の狂いもなく資源をハッキング・回収していく。
ガキン! と鈍い音を立てて、巨大な浮遊コンテナが船底へと強制ドッキングされる。
レインストが即座にバイパス回路を繋ぎ、ナナの理論を現実の装甲へと焼き付けていく。
『警告:未知の外部装甲が接続されました。……エラー、修復中。システムアップデートを検出。アーク・クラス・船体強度が140%に上昇』
コンソールのインジケーターが、ゲームのレベルアップのようにみるみるグリーンに染まっていく。
ブリキ缶だった航宙船が、二人の手によって、見る影もないほど凶悪で洗練された『魔改造船』へとアップデートされていく。
「すごい……完璧な呼吸ね」
サブシートから二人の背中を見つめていたアミィは、ぽつりと呟いた。
ナナの弾き出す神の如き数式と、それを完全に理解して現実に着地させるレインストの職人技。
言葉すら交わさないその領域には、コンマ1ミリ秒の遅れすら許されない。ただの管制オペレーターである自分が、どれだけ努力しても、あの二人の間に流れる「共犯関係の熱量」には一歩も足を踏み入れることができない。
悔しさは、不思議となかった。
むしろ、人類の未来を背負った二人の、あまりにも美しい連携に、胸がすくような快感すら覚えている。
(……私は私の仕事をしましょう。二人がどこまでも遠くへ跳べるように、完璧な裏方としてね)
アミィは晴れやかな笑顔を浮かべ、二人の絶対的な愛の始まりを特等席で見上げる『最初の信者』となることを、静かに受け入れた。
「レインスト、次の座標よ! コンマ三秒後に右スラスターを反転させなさい!」
「おう、お嬢様の命令通りにな!」
魔改造の巡礼は、まだ始まったばかりだ。(第8話に続く)




