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『世界のバグは、七瀬由奈(73K)が上書きする 〜数式10.23と13の絶対権限を奪われた高解像度ヒロインの逆襲劇〜』  作者: Eternity Beat


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第4話:二人の計算、二人の航路

「……ここが、アーク・クラスの心臓部(ブリッジ)よ」


 レインストの防寒ジャンパーの裾を掴んだまま、ナナは巨大な防壁をくぐり抜けた。

 天井高十メートルを超える全天周ホログラムスクリーン。

 無数の緑色の数式と軌道予測線が、夜空の星々のように瞬き、少女のプラチナブロンドの髪を冷たく染め上げている。


「凄いな。ルナ・セクターが予算を注ぎ込んだだけはある」

「当然よ。この船の自動航行システムは、私の脳内テンソル計算と完全に同期する設計になっているわ。サピエンスの最高知性が操縦して初めて、一八〇〇光年の跳躍は成功するの。……でも」


 ナナはふっと、端末の画面を見つめたまま、その長い睫毛を伏せた。

 画面の隅で、無数のエラーログが、まるで警告灯のように赤く明滅している。


「やっぱりおかしいわ。どれだけパラメータを修正しても、自動補正プログラムが、特定の『定数』を前にすると完全にフリーズしてしまう。……まるで、この宇宙の物理法則そのものが、私たちに行き先を制限しているみたいに」


 ルナ・セクターの最高天才である彼女が、どれだけ計算しても解けないバグ。

 孤独な数字の迷宮に取り残されたナナの肩が、微かに震える。

 その時、ナナの端末を、レインストが無造作に横から覗き込んだ。


「なぁお嬢様。その画面の、右から三番目のバイパスデータ。ちょっと弄らせろ」

「な、何言ってるのよ。これは最高機密の多次元数理モデルよ!? 現場の技術者が勘で触っていい領域じゃ――」


 言いかけるナナの手を、レインストは力強く、しかし驚くほど優しく包み込んだ。

 そのまま、彼女の指をナビゲートするように、ホログラム上の「歪んだログ」を直接スライドさせていく。


「おい、そこは熱対流の……あ」


 レインストの指が触れた瞬間。

 狂ったように赤く点滅していたエラーコードが一斉に弾け、美しいサファイアブルーの正常信号へと書き換わった。

 ブリッジ全体のホログラムが、一気に滑らかに加速し始める。


「嘘……! 熱力学的テンソルのエラーが、一瞬で消えた? どうして……あなたの泥臭いバイパス制御の数値が、私の多次元数理モデルの『空欄』と、こんなに完璧に噛み合うのよ……!?」


 ナナは呆然と、自分の手を重ねているレインストの顔を見上げた。

 計算機は壊れても、レインストの「現場の指先」は、ナナの理論が届かない暗闇のバグを完璧に撃ち抜いてみせたのだ。


「言っただろ。お前の足りない計算は、俺が埋める。お前が大天才の頭脳なら、俺はその頭脳を現実(リアル)に繋ぐ最強の足回りだ」


 レインストはニッと不敵に笑い、重ねていた手を離した。

 だが、ナナの指先には、まだ彼の手のひらの圧倒的な熱が、消えない刻印のように残り続けている。


「……ずるいわ」


 ナナはジャンパーに顔を半分うずめ、蚊の鳴くような声で呟いた。

 数字しか信じられなかった。誰も自分の領域に追いついてこられなかった。

 なのに、この無骨な航宙士は、当然のような顔をして自分の世界の中心に踏み込んでくる。


「私の完璧な数式に、あなたっていう、最大級の予測不能(ノイズ)が混ざっちゃったじゃない……」

「光栄だな、お嬢様。じゃあ、そのノイズを乗せて、そろそろ宇宙の果てまで行く計算を始めようぜ」


 前を向くレインストの背中を、ナナはもう、一瞬たりとも見失うことができなかった。

 彼女の脳内テンソルは今、レインストという唯一無二の存在を、絶対的な中心(アンカー)として再計算し始めていた。(第5話に続く)


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