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『世界のバグは、七瀬由奈(73K)が上書きする 〜数式10.23と13の絶対権限を奪われた高解像度ヒロインの逆襲劇〜』  作者: Eternity Beat


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第36話:剥奪された故郷

「――相転移炉、臨界励起! アーク・ドライブ、ワープカウント開始!」


コンソールのカウントダウンがゼロへ向かって刻まれていく。

空間がぐにゃりと歪み、全身が胃袋ごと引き絞られるような高次元重力が襲いかかってくる。


跳べる。

軍閥の包囲網を蹴散らし、この忌々しい宙域から脱出できる。

……そのはずだった。


「……っ!」


私の指が、思考よりも先に非常停止(アボート)レバーを叩き落としていた。


『――ピーッ! 跳躍シークエンスを強制遮断(キャンセル)。通常空間へ復帰します』


キィィィィン、と激しい反動音が響き、視界を満たしかけていた白い光の膜が霧散する。

船体が激しくきしみ、擬似重力コントローラーが悲鳴を上げた。


「うおっとぉ!? な、なんだナナ、いきなり緊急停止なんて!?」


パイロットシートでレインストが前のめりになり、操縦桿を力任せに押さえつけた。

隣の席でアミィがシートベルトにすがりつき、目を白黒させている。


「な、ナナさま……!? エンジントラブル……!?」


「おい始祖様! あんた何考えてんのよ!」

後ろからホノカが身を乗り出し、吊り目を吊り上げて噛みついてきた。

「軍閥の増援がいつ来るかもわからないのよ!? ワープ直前に急ブレーキかけるなんて、自殺志願者なわけ!?」


「うるさいわね……! ちょっと黙ってなさい!」


私は荒い息を吐きながら、震える指先でメインパネルの操作系をすべて手動(マニュアル)に切り替えた。

心臓が、痛いほど早鐘を打っている。

何かが、おかしいのだ。

七十三Kの演算核が、ずっと胸の奥で冷たい警報を鳴らし続けている。


「これだけは……確認しておかなきゃいけないのよ。ここを離れたら、二度と確かめられない」


「ナナ……?」

レインストが訝しげに私の顔を覗き込んできた。


私は答えず、電子望遠アレイの指向性レンズを、船尾――私たちがかつて旅立った、遥か後方の暗黒へと向けた。


「ここは地球から、きっかり十三光年の空白宙域よ」


キーを叩く音が、静まり返ったブリッジに乾いて響く。


「光は、一年に一光年しか進まない。……つまり、今この座標から電子望遠鏡で地球の方向を最大倍率で捉えれば、私たちが見るのは――ちょうど【十三年前の地球】のリアルタイム光よ」


千三百年眠っていた私たちにとって、それは未来の姿。

だけど、光速の壁を逆利用すれば、ほんの少し前の地球の姿が網膜に届く。


「……地球……?」

レオンがぽかんと口を開けた。

「地球って……あの、おとぎ話に出てくる、青い水で満たされた始まりの星のことですか……?」


「おとぎ話って何よ。実在する私たちの母星よ」


私は鼻を鳴らし、メインスクリーンの中央へ光学観測データを拡大投射(ズーム)した。


「見せてあげるわ。あんたたちの先祖が生まれた、息を呑むほど美しい青の――」


言葉が、喉の奥で凍りついた。


スクリーンに浮かび上がったのは、私の記憶にある青い真珠じゃなかった。


「……な、に……これ……?」


息が、吸えない。

視界に映る天体は、醜悪な鈍色と赤黒い斑点に覆われていた。

美しい海洋は干上がったのか、あるいは人工の金属シールドで完全に遮蔽されているのか、無数の冷たい幾何学模様が地表をびっしりと覆い尽くしている。

星の周囲を取り巻くのは、幾重にも連なる巨大な軌道リングと、脈打つように赤い光を明滅させる無数の繭(ドーム)。


「ひっ……!?」


背後で、短い悲鳴が上がった。

振り返ると、ホノカが血の気を失った顔で、自らの肩を抱いてガタガタと震えていた。

レオンもまた、喉元を押さえて後ずさりしている。


「け、消しなさい……! ナナ、今すぐそのモニターを切りなさいよ……!」


ホノカの声は、先ほどの生意気な勢いが嘘のように、恐怖で震え切っていた。


「どうして……? これがあんたたちの知る地球なの!? 何が起きたっていうのよ!」


「あそこは……『地球』なんて名前じゃないわ……!」

ホノカが叫んだ。叫びながら、瞳に涙を滲ませている。


「あれは……全銀河の航行禁止宙域の最深部……軍閥とナナアカデミーが不可侵結界で封鎖している、禁忌の【生体ファクトリー】よ!」


「生体……ファクトリー……?」


アミィが息を呑み、レインストの眉が険しく跳ね上がる。


「ええそうよ! サピエンスはもう、自然に生まれることなんてない! あそこで遺伝子を規格化され、兵士や奴隷として培養カプセルから大量生産されているのよ! そして――」


ホノカはギリ、と唇から血が滲むほど強く噛み締めた。

その吊り目が、私を激しく射抜く。


「噂じゃなかったのね……。アカデミーのプロトコルを動かすための、絶対的な鍵。……あんたのアマテラス理論を制御するために、軍閥はあそこの培養プラントで、【始祖セレスティアのクローン】を何千、何万体と製造して、生体CPUとして兵器に組み込んでいるのよ……!」


ドクン、と耳の奥で激しい血潮が鳴った。


視界が真っ赤に染まる。

私の……クローン?

私が滅びゆく地球から、必死で持ち出した地球元素カプセル。

新世界で命を芽吹かせるための、あの種を。


あいつらは、サピエンスを家畜みたいに量産するために使い潰した。

それだけじゃない。

私の遺伝子を、私の頭脳を、安っぽい兵器の生体パーツとして切り売りして――銀河を蹂躙するための道具に仕立て上げた。


「……私の、技術で」


拳を握りしめすぎて、爪が手のひらに深く食い込んだ。

痛い。

けれど、胸の奥で燃え盛る怒りの熱さに比べたら、そんな痛みは塵芥に等しかった。


「私の理論で……私の顔をした抜け殻を作って、星を汚していたっていうの……!?」


「ナナ……」

レインストが無言で私の肩に、ずしりと重い掌を置いた。

熱い。

作業着越しに伝わってくる、泥臭い職人の確固たる体温。

その温もりが、沸騰しそうだった私の演算回路を、氷のように冷徹な【絶対の殺意】へと研ぎ澄ましていく。


「……決めたわ」


私はスクリーンを見据えたまま、低く、静かに告げた。

震えは、もう止まっていた。


「私の理論のバグも、あいつらの腐った傲慢も。……設計者である私が、跡形もなく消去(デリート)してあげる」


振り返り、私はメインシートへと腰を下ろした。

指先が、流れるようにコンソールへ新たな座標とパラメータを叩き込んでいく。


「ワープシークエンスを再点火しなさい、レインスト!」


「おうよ! いつでもいけるぜ、チーフ!」

レインストが獰猛に笑い、操舵桿を力強く握り直した。


「次はもう、止まらないわよ。……私たちの本当の反撃へ向けて、跳ぶわ!」


アーク・クラス号のエンジンが、青白い怒りの咆哮を宇宙の闇へと轟かせ始めた。

(第37話に続く)

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