第35話:戦火のプロトコル
作業ベイの空気が、イオンの焦げた匂いで張り詰めていた。
「おいナナ、本気で言ってんのか!?」
レインストが工具を床に叩きつける。
金属音が甲高く反響した。
アーク・クラス号の床板を揺らすほどの剣幕。
だが、メインコンソールの前に立つ私は、視線すら動かさなかった。
「本気よ。アーク・クラス号の開拓用モジュール、削岩ドリルもサンプル採取アームも全量パージするわ」
私は冷徹に、宙に浮かぶホログラムを払った。
そこに展開されたのは、船体の外殻に無骨な装甲板を溶接し、アマテラス・リアクターの出力を偏向シールドと高出力ビーム砲へ直結した、およそ調査船とは呼べない設計図だった。
「これより本艦を【迎撃戦闘仕様】へ換装する」
「冗談じゃねえぞ! こいつは開拓船だ! 星を見つけて、サピエンスを育てるための船だぞ! ドンパチやる軍艦に改造するなんて――」
「惑星調査のフェイズは、千三百年前に終わったのよ!」
私の叫びが、レインストの怒声を切り裂いた。
心臓が早鐘を打っている。
喉の奥が熱い。
叫びたくて叫んでいるんじゃない。
分かっている。この船がどれだけ泥臭い手技で組み上げられた、私たちの希望の塊かなんて。
「ホノカたちのデータを見たでしょう!? 今の銀河を支配しているのは、私の理論を盗んで星間戦争に明け暮れている悪徳軍閥よ。丸腰の開拓船で突っ込んで、あいつらに『私たちは平和的な調査隊です』って頭を下げる気? そんなの、ただの怠慢で無駄死によ!」
「ナナさま……でも……!」
アミィが胸元で手をぎゅっと握りしめ、青ざめた顔で私を見つめていた。
「スペースガンなんて……私、撃てないよ。誰も傷つけたくない……」
「撃たなくていいわよ!」
私は作業台に歩み寄り、無機質な黒い拳銃――分子崩壊パルスを発振する小型のスペースガンを三丁、荒々しく並べた。
「引き金を引かないで済むなら、それに越したことはないわ。でもね、アミィ。この時代は、最低限戦える牙を持たない奴から順に、家畜みたいに首輪をつけられるの! ……あんたたちを、あんな出来損ないどものオモチャにされてたまるもんですか!」
語気の強さとは裏腹に、私の指先は微かに震えていた。
怖い。
失うのが、怖いのだ。
千三百年眠り続けて、ようやくまた巡り合えた熱を。
この泥臭い現場のアンカーたちを、理不尽な暴力で奪われることだけは――私の全演算領域が、絶対に拒絶している。
「……はぁ。まったく」
深い、ため息が落ちた。
レインストが頭をガシガシと掻きながら、床に落ちていたトルクレンチを拾い上げる。
「相変わらず、言い出したらテコでも動かねえ。……現場監督にそこまで覚悟見せられちゃ、作業員がヘタレるわけにはいかねえよな」
「レインスト……」
「おい新世代! レオン、ホノカ! 突っ立ってないで手を動かせ! 外装甲の固定ボルトを締め直すぞ!」
「は、はいっ!」
レオンが慌てて工具箱を抱えて走り出す。
ホノカは呆れたように肩をすくめ、スペースガンを一丁乱暴にホルスターへ収めた。
「旧世代の始祖様がドン引きするほど好戦的で安心したわ。……アミィ先輩、安全装置の外し方、教えてあげるから貸しなさい」
「う、うん……ありがとう、ホノカちゃん……」
ぎこちなく銃を受け取るアミィ。
腹は決まった。
私はジャンパーの襟元を正し、メインシートへ飛び乗った。
「換装作業、急ぎなさい! 仕上がりを試す絶好の獲物が、向こうから飛び込んできたわよ!」
コンソールにけたたましいアラートが走る。
『――索敵網に未確認機影を感知。軍閥所属・高速無人偵察ドローン二機、本艦へ急速接近中』
「チッ、もう嗅ぎつけられたか!」
「ちょうどいいわ。アーク・クラス号の主砲、アマテラス直結偏向ビームの初弾テストを行うわよ! レインスト、照準同調!」
「応ッ! 持ってけ、ドロ棒共がァ!」
レインストが操舵桿のファイアトリガーを力任せに押し込む。
改装された船首のビームナセルから、圧縮された白光の奔流が虚空を切り裂いた。
狙い違わず――暗黒を疾走していた無人偵察機が、光に呑まれた瞬間に分子レベルで破砕され、音もなく火球となって霧散した。
「一撃……! 出力、減衰なし!」
アミィが驚愕の声を上げる。
だが、息をつく暇はなかった。
デブリの影から、偵察機の背後に潜んでいた巨大な影が滑り出してくる。
『――警告。敵・有人軽巡洋艦が光学迷彩を解除。主砲発射態勢に入ります!』
「有人船……! 軍閥の哨戒艦だ!」
レオンが叫ぶ。
「ナナさま、どうするの!? 撃沈するの!?」
「しないわよ!」
私はキーボードの上で指を乱舞させた。
七十三Kの演算が、敵艦のフレーム構造を網膜上にワイヤーフレームで展開する。
「撃沈したら中のサピエンスが死ぬでしょうが! ……私が狙うのは、あいつらの心臓(機関部)だけよ!」
指先がエンターキーを叩き抜く。
「主砲、出力三十パーセントに絞り込み! エキゾチック粒子による局所磁気嵐パルス――撃ち方、始め!」
船体から放たれた青白い稲妻のような波動が、敵軽巡洋艦の装甲をすり抜け、船尾のメインリアクターへと直接突き刺さった。
ドスン、と空間が震える。
爆発は起きない。
ただ、敵艦のすべてのスラスターの光がふっと消え、推進力を失って虚空へと漂流し始めた。
「機関部の完全停止を確認……! 敵艦、無力化されました!」
アミィの報告に、私は深く息を吸い込んだ。
そして、全周波数へ向けた広域通信アンテナのスイッチを、迷わず最大出力で押し込む。
「全惑星帯の軍閥ども、耳の穴かっぽじって聞きなさい!」
マイクを握りしめ、私は銀河の闇へ向けて言い放った。
「私はナナ・セレスティア。あなたたちが神話の女神として崇め、その名を騙って星を汚している、七十三Kの設計者よ」
冷え切った宇宙に、私の声が電波となって染み渡っていく。
「あなたたちの持っている兵器も、航路も、支配システムも……全部、私の理論の粗大ゴミよ。これより、悪徳軍閥が牛耳るすべての惑星統治プロトコルを、私が根こそぎ【無効化】してあげるわ!」
通信を一方的に叩き切る。
ブリッジの全員が、息を呑んで私を見ていた。
「……ふぅ。言ってやったわ」
私がツンと顎をそらして席に座り直すと、レインストが呆れたように、でも最高に嬉しそうに笑った。
「へっ、とんでもねえ宣戦布告だ。……もう後戻りはできねえぞ、お嬢様」
「最初から戻る気なんてないわよ。……レインスト、次の跳躍座標を入力しなさい」
暗黒の宇宙の先へ、私たちは舵を切る。
奪われた世界を取り戻すための、長い長い跳躍へ向けて――。
(第36話に続く)




