第30話:ナナの魔改造工房
「――おいナナ、右舷のハッチ開けてくれ! 極上のジャンクを持ち帰ったぞ!」
エアロックの減圧チャンバーから、くぐもったレインストの声が通信回線越しに響いた。
プシューッという高圧気体の排気音とともに気圧が同期され、重厚な耐圧ハッチがスライドする。現れたのは、VALKANOR Ver.7耐圧宇宙服の全身をデブリの金属粉で煤けさせたレインストだった。その両腕には、先ほど自爆・四散させた旧式自動プラットフォームの残骸から切り出してきた、巨大な超伝導コイルと多面体光学センサーのブロックが抱え込まれている。
「重い……! おいアミィ、そこのカーゴスペース空けといてくれ!」
「はーい、レインスト! 誘導ビーコン固定、ブロック受け入れ準備オッケーだよ!」
サブシートのアミィがてきぱきと作業用ホイストを遠隔操作し、レインストの手から巨大なパーツを回収ラインへと引き込む。
ヘルメットのバイザーを跳ね上げ、汗だくの額を腕で拭ったレインストが、得意げに白い歯を見せた。
「どうだチーフエンジニア殿。旧アースサピエンスの軍用規格品だ。装甲表面はマイクロ隕石でボロボロだったが、内部の超伝導バスバーと冷却コアはほぼ無傷で生きてたぜ。これだけあれば、アーク・クラスの排熱ラインをさらに強化できる」
だが、メインコンソールの回転椅子に優雅に腰掛け、脚を組んでいたナナ――ルミナリア・ユナ・フォン・ナナセは、持ち込まれた金属塊を一瞥するなり、冷ややかな視線とともに鼻を鳴らした。
「……はぁ。あんたのその貧乏性は、深宇宙に出ても治らないわけ? そんな半世紀前の古典的アーキテクチャのスクラップ、私の目から見れば粗大ゴミ以外の何物でもないわ」
「粗大ゴミとは何だ! 命がけで外に出て拾ってきた現場の汗の結晶だぞ!」
「ゴミはゴミよ。チタン合金の純度は九二パーセント止まり、超伝導素子の転移温度も液体ヘリウム前提の旧世代スペック。こんなものをそのままアーク・クラスに組み込んだら、システム全体の熱効率がガタ落ちするじゃない」
ナナは立ち上がると、レインストが持ち帰ったパーツの前に歩み寄った。
文句を言いながらも、その瞳には獲物を見定めた鋭利な知性の光が宿っている。彼女はフリースジャケットの袖をまくり上げ、白く華奢な指先をパーツの制御基板へと直接触れさせた。
「……でもまあ、素材の『元素配置』そのものは悪くないわね。不純物の結晶欠陥さえ焼き直せば、私の【ナナ・ナセル】の補助放熱板の母材としてなら、ギリギリ使ってあげなくもないわ」
「へっ、結局使うんじゃねえか。ツンツンしやがって」
「うるさいわね! 資源を無駄にしないのは合理的知性の基本よ! アミィ、船内マニュファクチャの分子再構成炉を起動! レインスト、突っ立ってないでプラズマカッターを準備しなさい!」
「へいへい、チーフの仰せの通りに」
ここから、天才(73K)と現場職人による、息の合った魔改造セッションが始まった。
ナナが空中コンソール上に展開したワイヤーフレームに沿って、古い軍用コイルの分子構造がリアルタイムで最適化されていく。旧式の冗長な配線がナナのコードによって一瞬で削ぎ落とされ、アーク・クラスの基幹推進系――『ルミナリア・アーク・ドライブ』の放熱翼へと接続するためのバイパス回路が設計される。
「レインスト、そこの超伝導ラインをコンマ二ミリ単位で斜角四十五度にスライス! アマテラス・リアクターから逆流するエキゾチック粒子の磁束漏れを、この光学センサーの多面体レンズで受け止めて、船尾スラスターの推進偏向板へ直結するわ!」
「無茶言うな、四十五度でカットしたら熱電対の接触面がシビアになるぞ!」
「私の計算通りに溶接すれば、接触抵抗はゼロになるわ! 四の五の言わずに焼き付けなさい!」
「上等だ、職人の腕前を舐めるなよ!」
パチパチと青白い溶接火花が作業ベイに散る。
レインストが無骨な手技で金属を接合し、その接合部の微細な歪みをナナが0.01秒単位の数理パッチで補正していく。理論と泥臭い手技が寸分の狂いもなく噛み合っていく光景を、アミィはホットの『ソルティ・ルミナス』を両手で抱えながら、感嘆の声を漏らして見守っていた。
「すごいなぁ……。さっきまでただの黒焦げの機雷の残骸だったのに、どんどんナナ様の専用パーツに生まれ変わっていくよ」
「ふふ、見たかしら。これが私の『スクラップハック』よ」
数時間の突貫作業の末、ガキン!と鈍い金属音を立てて、魔改造された追加増幅ユニットがアーク・クラスのエンジンブロックへと完全にマウントされた。
『システムアップデート完了。ルミナリア・アーク・ドライブ、補助放熱効率が一八パーセント向上。次期跳躍時の空間歪曲ナセル・出力リミッターを解除します』
船内AIのアナウンスとともに、コンソールのインジケーターが鮮やかなエメラルドグリーンに染まる。
「よーし、完了だ! ガセネタに飛び込んで機雷に囲まれた時はどうなるかと思ったが、結果的に船の足回りが一段とパワーアップしたな」
「当然の結果よ。私の手を煩わせたんだから、これくらいの戦利品が得られなければ割に合わないわ」
ナナは満足げに胸を張り、小さく額の汗を拭った。
だがその直後、作業ベイの照明がふっと一段階暗くなり、空調ダクトからヒュオオオ……と不穏な冷気が吹き出し始めた。
「……ん? おいナナ、なんか急に足元が冷えてこないか?」
「えっ? あ、ちょっと待ちなさい……補助放熱ラインを主電源に割り込ませた影響で、船内空調のサブ冷却ループが一時的に最大出力でスタックしてる……!?」
「おいおいおい! 機関を冷やすのはいいが、船室まで絶対零度にする気か!?」
急激に白くなっていく三人の吐息。
魔改造の成功の直後、極寒の深宇宙キャビンに新たなドタバタ劇の幕が上がろうとしていた。
(第31話に続く)




