第29話:ナナの絶対クラッキング
「くそっ、正面から突っ込むなんて正気の沙汰じゃねえぞ! ミサイルの編隊、扇状に拡散して挟み撃ちに来る!」
アーク・クラスのコクピットで、レインストの荒い呼気が操縦席のコンソールに吹き付けられた。
手動スロットルを力任せに押し込み、推進ノズルを微小角で連続噴射させる。暗黒の虚空を切り裂く三十数条の赤い光条球状の旧式機雷から放たれた迎撃弾頭が、四方八方からアーク・クラスを包囲するように収束してくる。
「慌てないで操縦桿を保持しなさい、レインスト! 回避運動で逃げ回るから追尾アルゴリズムの予測線に乗せられるのよ。敵が狙っているのはこの船の熱源ノズルだけよ!」
レインストの背後に仁王立ちしたナナの瞳に、青白い幾何学コードの奔流が映り込む。
彼女の白く細い指先が、空間に投影された仮想キーボードを凄まじい打鍵音で連打していた。
「アミィ、敵プラットフォームの統括キャリア周波数を固定! 指向性ハイゲインアンテナを敵迎撃網のど真ん中にフォーカスしなさい!」
「了解だよ、ナナ様! 通信アレイ送信出力、定格の百四十パーセントまでオーバードライブ! 帯域、全開通!」
サブシートのアミィが叫ぶ。手元に置かれた保温マグのソルティ・ルミナスが、機体の激しい振動で小さく波紋を広げた。
敵のミサイル群が、アーク・クラスの船首装甲まであと数百メートルに迫る。近接信管の作動を告げるけたたましい警告ブザーが、キャビン全体を真っ赤な点滅で染め上げた。
『ピピピピッ! 警告、弾頭到達まで残り二・八秒――衝突コース!』
「死ぬぞ、ナナ!!」
「誰に口を利いているのよ! 世界のバグを書き換える私に――こんな継ぎ接ぎだらけの旧世代コードが通用するわけないでしょう!」
ナナの絶対的知性(73K)が、アーク・クラスの通信回線を逆流させ、敵プラットフォームのメインプロトコルへ雪崩れ込んだ。
「敵迎撃AIの暗号化キーをバイナリレベルで強制脱構築! 誘導ビーコンの識別信号(IFF)を反転……ターゲット・アサインメント、全パケット上書き(オーバーライト)完了!」
タァン!と、ナナが空中の仮想エンターキーを鋭く叩き抜く。
その瞬間、眼前に迫っていた三十数発のミサイルが、まるで目に見えない巨大な壁に激突したかのようにピタリと推進軸を凍りつかせた。
「……なっ!?」
レインストが目を見張る。
次の刹那、静止した弾頭群のバーニアが一斉に逆噴射を吹き上げ、百八十度反転した。
「な、なんだこれ!? ミサイルが全部、自分たちの母艦……中央の自動プラットフォームに引き返していくぞ!?」
「ふん、当然の結果よ。あの鉄くずプラットフォームの認識コードを書き換えて、自分自身を『最優先で撃破すべき未知の侵入者』だと誤認させてやったわ。……自業自得ってやつね!」
暗黒のデブリ帯の中心で、悲鳴のような閃光が連鎖した。
反転したミサイル群と、母艦から新たに射出されようとしていた機雷群が、狭隘な宙域で互いを標的と誤認して正面衝突を起こす。無音の宇宙空間に、青白く巨大な火球がいくつも咲き乱れ、旧式の要塞プラットフォームを容赦なく内側から引き裂いていく。
「わぁっ……! 敵性シグナル、全機ロスト! プラットフォーム本体の爆砕反応を確認しました!」
アミィが歓声を上げ、シートから飛び上がった。
船内AIのアラートが停止し、激しい機動の余波でキリキリときしんでいたアーク・クラスの船体に、静かな慣性飛行の平穏が戻る。
「ふぅ……。電子戦ログの採取、オールクリア。急制動時の時空歪曲コイルの位相ズレ、許容誤差範囲内よ」
何事もなかったかのように長いツインテールを整え、ナナがふんと誇らしげに顎を上げる。
だが、その額にはうっすらと脂汗が滲み、組んだ膝がかすかに小刻みに揺れていた。73Kの超並列演算をスタンドアロンで強行した代償だ。
「おいおい……ミサイルを丸ごと送り返すなんて、相変わらず無茶苦茶な荒技使いやがる」
レインストが深いため息とともに操縦桿から手を離し、肩の力を抜いた。
そして、座席の横に放り出してあった未開封の『ソルティ・ルミナス(強炭酸ライム)』の缶をナナの手元へ放ってやる。
「ほらよ、チーフエンジニア殿。知恵熱で頭が沸騰する前に飲んどけ」
「……べ、別にこれくらい、私の頭脳からすれば朝飯前よ。あんたの操舵がコンマ数秒でも遅れてたら、逆流パケットを通す前に吹き飛んでたんだから、少しは反省しなさいよね」
ナナはプイと顔を背けながらも、差し出された缶を両手でぎゅっと受け取り、プルタブを弾いた。冷たい炭酸が喉を潤すのと同時に、強張っていた表情がふっと緩む。
「でもレインスト、ただのゴミ掃除で終わらせるつもりはないわよ」
ナナが缶を掲げ、爆発四散したプラットフォームの残骸――宙域に散らばる高密度装甲や光学センサーのスクラップ群を指差した。
「あの旧式兵器、旧アースサピエンスの軍用高純度チタンと超伝導素子を山ほど抱え込んでいたわ。……使えるものは全部剥ぎ取るわよ。アーク・クラスの機関、さらに強化(魔改造)してあげる!」
「へっ、ジャンク漁りなら現場職人の本領発揮だ。……VALKANORスーツ、加圧開始!」
漆黒の宇宙で、三人の新たな略奪――もとい、サルベージ作業が始まろうとしていた。
(第30話に続く)




