第28話:暗黒の索敵網
「おいおい……デコイ(偽装信号)の正体ってのは、この鉄くずの墓場のことかよ」
アーク・クラスのメインスクリーンを凝視し、レインストが不快そうに舌を鳴らした。
視界を埋め尽くしているのは、恒星の光すら届かない完全な漆黒。その暗闇の中に、かつて何らかの探査船や軍用ポッドだったとおぼしき無数の残骸が、冷たい氷と金属片の帯となって不気味に漂流していた。
「光学センサー、完全に遮蔽されているわね。浮遊デブリの熱放射温度、ほぼ絶対零度。背景放射の二・七ケルビンに完全に溶け込んでいるわ」
パイロットシートの背後、ナナの冷徹な声がキャビンを満たす。
彼女は防寒用のフリースジャケットの袖口を両手でぎゅっと握りしめ、つま先を軽く上下させていた。プロキシマbの過酷な地下ドーム造成を終え、次なるTRAPPIST-1eへの本格跳躍を控えたこの小休止において、彼女の演算能力(73K)は完全に退屈を持て余していたはずだった。だが、目の前の『死角だらけの暗黒宙域』を前にして、その双眸には獲物を捉えた肉食獣のような鋭利な光が宿っている。
「アミィ、パッシブ・ソナーの感度を最大にしなさい。能動パルス(アクティブ・ピン)は厳禁よ。こちらから電波を打てば、暗闇の中にいる『亡霊』に位置を教えるようなものだわ」
「了解だよ、ナナ様! パッシブ受信アレイ、帯域を極超短波から重力波微動までフルオープン!」
サブシートでアミィが手際よくコンソールを叩く。手元には、保温マグに入ったホット用の『ソルティ・ルミナス』。湯気とともに漂うわずかな柑橘とカカオの香りが、張り詰めたブリッジの空気を辛うじて和らげていた。
「……でもナナ様、おかしな信号だよ。さっきの『ハビタブル惑星の偽シグナル』、ここへ飛び込んできた途端にピタリと止まっちゃった」
「撒き餌の役目が終わったからよ」
ナナが鼻を鳴らし、レインストのシートのヘッドレストにポンと手を置いた。
「偽のオアシス座標をブロードキャストして、引っかかった獲物がワープアウトしてきたところを袋叩きにする。旧時代の遺棄された防衛システムか、あるいは自動海賊プラットフォームの初歩的なトラップよ。芸のないアルゴリズムね」
「感心してる場合かよ! こっちはVALKANORスーツのダンパーをいつでも機体フレームに直結できるようスタンバイさせてんだぞ!」
レインストが無骨な手で操縦桿を握り直す。厚手の作業グローブ越しに、機体の微小な振動を読み取る現場職人の手つきだ。
「おいナナ、デブリの影から熱源反応だ! 一つや二つじゃねえ……ざっと三十を超えてる!」
「慌てるんじゃないわよ、レインスト。三十機? ふん、ただの旧式自律機雷じゃない。見てごらんなさい、あの推進軌道。三軸姿勢制御のアルゴリズムが半世紀前の古典力学モデルそのままよ」
ナナがスクリーン上に指を滑らせると、漆黒のデブリの隙間から、赤いセンサーアイを点滅させた球状の無人機雷群が音もなく姿を現した。
それらは幾何学的な包囲網を形成しながら、アーク・クラスの退路を塞ぐように相対速度を合わせ始めている。
『警告:指向性アクティブ・レーダー照射を感知。敵性機動兵器群、一斉突入シークエンスへ移行』
船内AIの機械的なアナウンスと同時に、複数の機雷から青白い推進プラズマの光が噴き出した。暗黒の宇宙に、無数の光の針が放射状に伸びる。
「突っ込んでくるぞ! 回避運動に入る、掴まってろ!」
「ダメよ、レインスト! スラスターを吹かして逃げ回ったら、デブリ帯の岩石と衝突して機動力を削られるわ!」
「じゃあどうすんだよ! あれ全部に体当たりでも喰らえってのか!?」
レインストが怒鳴り返すと、ナナは不敵に、そして楽しげに唇を吊り上げた。
「私の前で、あんな杜撰な分散ネットワークを組んだこと……その旧式AIのメモリ領域ごと後悔させてあげるわ。レインスト、船首を敵群のど真ん中へ向けなさい!」
「はぁ!? 正面に突っ込めだと!?」
「そうよ! アミィ、通信アレイの送信出力を指向性限界までオーバードライブ! 迎撃ミサイルなんて野蛮な質量弾は一発も使わないわ。……私の73Kオーバーライトで、あの機雷共の『敵味方識別コード』を、まとめて書き換えて(クラックして)やる!」
漆黒の宙域で、迫り来る無数の赤い光条。
アーク・クラスのブリッジで、絶対的知性と現場の職人技による、電子の逆流戦が幕を開けようとしていた。
(第29話に続く)




