第27話:ルミナリアの退屈しのぎ
【探査船アーク・クラス 航海日誌ログ】
■ 船内主客観時間:記録更新中
■ 現在座標:プロキシマ・ケンタウリ星系外縁 待機宙域
■ 推進機関:ルミナリア・アーク・ドライブ[スタンバイ]
■ 観測状況:外縁セクターより広域異常シグナルを受信
「――おいナナ! 長距離通信アレイが妙な重力波エコーを拾ったぞ!」
アーク・クラスのサブブリッジ。油と機材グリスの匂いをわずかに漂わせたレインストが、メインコンソールの枠を手甲で小突いた。
プロキシマ・ケンタウリbの過酷な地下ドーム開拓を終え、熱力学第二法則に基づく宇宙空間への熱パージラインを完全に敷設し終えたばかりのキャビンに、けたたましいアラート音が響き渡る。
「ちょっとレインスト、コンソールを叩かないでちょうだい。精密機器の歪み公差はマイクロメートル単位なのよ。……で、何よそのノイズみたいな波形は」
メインシートで浅く腰掛け、長い足を組んだナナ――ルミナリア・ユナ・フォン・ナナセが、気だるげにツインテールを払う。その手には、冷えた『ソルティ・カザフ(強炭酸ライム)』の細身の缶が握られていた。
サブシート側から、両手でホット用の耐熱カップを抱えたアミィがひょっこりと首を傾げる。
「あ、これ……重力波エコーと分光反射スペクトルの合成パターンだよ! 数光年圏内の未登録宙域に、未発見のハビタブル惑星があるかもしれないって自動フラグが立ってる!」
「ハビタブル惑星だと? おいおい、プロキシマの裏庭みたいな場所に、そんな手頃な新天地が転がってたっていうのか!?」
身を乗り出すレインストと、瞳を輝かせるアミィ。
だが、その二人の熱気に対し、ナナは心底あきれ果てたように深い、深いため息をひとつ落とした。
「……はぁ。あんたたち、よくそんな杜撰なデータを真に受けられるわね。少しは観測解像度をアップデートしなさい」
ナナの白い指先が空中で軽く払われると、青白いホログラムが展開され、受信データの構造が一瞬で逆アセンブルされた。
「重力波の波形が幾何学的に整いすぎているのよ。自然の天体なら自転や潮汐力で微細な周期揺らぎが生じるはずなのに、この数値、完全にアルゴリズムで生成された合成ダミー波形じゃない。おまけに大気のスペクトル反射データ、旧世代のアースサピエンスが使っていた安物スキャナーの補正テンプレートそのままよ。……要するに、ただのガセネタ。誰かが撒いたデコイ(偽装信号)か、壊れかけの観測ポッドの遺言ね」
「ガセネタなのかよ……」
レインストが肩を落とし、作業着の首元をガリガリと掻いた。
「なんだよ、せっかく新天地の臨時ボーナスかと思ったのによ。じゃあ無視して、予定通り本命のTRAPPIST-1eへ跳ぶためのアーク・ドライブ最終調整に入るか」
「待ちなさい」
身を翻そうとしたレインストを、ナナの鋭い声が引き留めた。
見れば、彼女の唇の端が楽しげに、そして不敵に吊り上がっている。絶対的知性(73K)が退屈を紛らわせる格好のオモチャを見つけたときの、あの危険な笑みだ。
「……行くわよ、そのガセネタの座標へ」
「はぁ!? ガセだって自分で断言したばかりだろ!」
「バカねぇ。偽情報だと最初から分かっているなら、こっちが主導権を握れるってことじゃない。アーク・クラス号に増設したルミナリア・アーク・ドライブと索敵レーダー、プロキシマの地下坑道で酷使したせいで微細なキャリブレーションのズレが出ているかもしれないのよ。実戦環境で急制動と索敵限界の負荷データを取っておきたいの」
ナナはソルティ・カザフを一気に飲み干すと、空き缶をリサイクルダクトへ完璧な放物線で放り込んだ。
「それに――もしこのガセネタの発信源が、迷い込んだ探査船を拿捕しようとする旧勢力の残党や、旧式の自動防衛機雷だったとしたら? 将来、未知の外敵と接触したときの迎撃プロトコルを実地検証できる絶好の機会じゃない。アーク・クラス号の限界データがたくさん手に入るわ」
「つまり……平たく言えば『退屈だから面白い獲物をハックしに行こう』ってことだな?」
「人聞きが悪いわね! 合理的リスクマネジメントと言いなさい! どうせ用が済んだら、何食わぬ顔で元の航路に戻って本命へ跳べばいいだけなんだから。ほらレインスト、さっさと操舵桿を握りなさい! アミィは索敵ログのリアルタイム記録スタンバイ!」
「了解だよ、ナナ様! デコイ座標追跡ログ、新規ファイル作成完了!」
アミィが楽しそうにコンソールへ指を走らせ、レインストは「やれやれ、これだから天才のお守りは寿命が縮む」とぼやきながらパイロットシートへ深く腰を沈めた。
「姿勢制御バーニア加圧、オールグリーン。ガセネタの座標へ向けて、ショートジャンプ準備よし!」
「ルミナリア・アーク・ドライブ、低出力励起。――跳びなさい、レインスト!」
操縦桿が手前に引かれた瞬間、視界がわずかに引き延ばされ、暗黒の星々が細い白光の線となって後方へ流れた。
短距離の空間跳躍を経て、アーク・クラス号が通常空間へと滑り出す。
フロントスクリーンに現れたのは――暖かな青い惑星などではなく、冷え切った漆黒の宇宙空間と、そこに漂う夥しい数の不気味なデブリ群だった。
『――ピピピッ! 警告、指向性アクティブパルスを検知! 複数目標より火器管制ロックオンを受けます!』
船内AIの無機質なアラートが鳴り響く。
「ほら見ろ! やっぱり歓迎の挨拶どころか、旧式の自動迎撃プラットフォームのお出迎えじゃないか!」
「ふん、上等じゃないの! 偽りの星をエサにするなんて、芸のないアルゴリズムだこと。……レインスト、アーク・クラス号の実戦機動テスト開始よ! 私の目の前で電子の罠を張ったこと、骨の髄まで後悔させてやるわ!」
暗黒の宙域に、旧式機雷群のバーニアの光がチカチカと不気味に灯り始めた。
(第28話に続く)




