第26話:新サピエンスの選択
グラファイトとチタンで補強された地下第1工区の排熱用バイパスダクトから、かすかな作動音が消えた。
「排熱ラジエーターの輻射テスト、完了。絶対零度に近い地上空間への熱パージ――効率99.4パーセント。……これで、この地下ドームが自活熱で灼け落ちる心配は永遠になくなったわ」
ナナはツインテールの端をサッと払い、コンソールのホログラム画面をリセットした。
プロキシマ・ケンタウリbの地下数百メートル。熱力学第二法則という旧文明を滅ぼした「排熱のバグ」を完全に上書きし、この岩石惑星におけるハビタブルドームの最終開拓作業は、ついに完璧な終わりを迎えていた。
「お疲れ様、ナナ。これでプロキシマの拠点は、いつだっておれたちを護れる完全な城になったな」
作業用インナーの袖を捲り上げたレイが、冷えたソルティ・カザフ(ライム炭酸仕立て)のボトルを手に歩み寄る。
「過酷な現場だったが、事故もなくここまで地下拠点を完成させられたのは、お前の完璧な設計のおかげだ」
「うん! 本当にすごかったよ、ナナ様!」
隣でアミィが、全作業ログの最終暗号化チェックを終えて嬉しそうに胸を張った。彼女が手にするログ端末には、これまで記録された開拓ログと、これから彼らが目指すべき候補惑星たちのスペック表が美しく明滅している。
「プロキシマの拠点が完成したから、これでいつでも次の候補惑星へ進めるね。……でも、昔からみんなが言っていた『地球と同じ、青い海と緑のある第二の地球を探す』っていう目標……。その見た目にこだわり続けていたら、いつまでも迷子になっちゃうんじゃないかな?」
「……フン、当たり前でしょ」
ナナは腕組みをし、レイとアミィを交互に見つめた。その瞳には、一切の迷いがない73Kの絶対的知性が宿っている。
「古くさい観測データと『青い地球』っていう幻想にしがみついているから進めなくなるのよ。だから私は、そのバカげた前提を完全にパージしたわ!」
「前提を……パージ?」
レイが問いかけると、ナナはコンソールのメインモニターに、新しい解析データを力強く展開してみせた。そこに並んでいたのは、従来の「光学的写真(青い星の外観)」ではなく、淡々とした物理数値の羅列だった。
「みんな『地球に似た青い星』を探そうとするから見つからないのよ! 水があって、大気があって、緑が広がっている……そんな見た目の美しさに騙されて、最重要な物理条件を見落としていたの!」
ナナは画面の一角を指で強く叩いた。
「大事なのは、見た目の青さなんかじゃない。『サピエンスが押し潰されず、浮き上がりもしない重力(0.9G〜1.1G)』と、『機器と生体が活動できる表面温度(-30℃〜+30℃)』……ただそれだけよ!」
画面には、彼女が算出した確実なスペックを持つ候補惑星群が明滅していた。
「見てちょうだい。TRAPPIST-1eは表面重力0.93G、表面温度-20℃〜+15℃。Kepler-186fなんて、質量が1.4倍あっても半径が1.17倍だから、相殺されて表面重力は1.02G……つまり地球とほぼ1:1の完璧な重力場よ! 外観が赤土だろうが、氷に覆われていようが関係ないの!」
「見た目じゃなく……足元の重力と温度のスペック……!」
レイが感嘆の声を漏らし、アミィも目を丸くした。
「そうよ! 確実な重力と温度さえ揃っていれば、表面の環境がどうあれ、私たちが作り出す環境制御ドームと73Kのオーバーライトで『サピエンスが生きられる家』にいくらでも書き換えられる! 古い幻想にしがみつくのはもう終わりよ。不確定要素を削ぎ落として、自らの足で新たな環境を切り拓く――私たちが、未来へバトンを繋ぐ『新サピエンス』よ!」
静まり返る地下ドームに、ナナの声が力強く響き渡った。
「……ふっ、相変わらず頼もしいチーフエンジニア様だ。完璧なロジックだよ。お前となら、どこへ行ってもそこを『家』にできる」
レイが笑い、喉を鳴らしてソルティ・カザフを飲み干した。
「うん! 私たちの手で、新しいサピエンスの歴史を作っていこう、ナナ様、レインスト!」
アミィも晴れやかな笑顔を見せ, チョコ風ソルティ・カザフのグラスを高く掲げた。
「ふん、当たり前でしょ! ルミナリアを誰だと思ってるの!」
耳を少し赤くしたナナが自分のグラスを重ね、カチンと乾いた清らかな音がドーム内に響く。
プロキシマ・ケンタウリbでの開拓を完璧に終え、不要な幻想をパージした3人は、新たな確信とともに、次なる星への第一歩を踏み出そうとしていた。
(第27話に続く)




