第22話:熱放熱アンカーの凍結暴走と、地下の原子時計
ジジ、とVALKANOR製耐圧EVAスーツの胸元で、通信用インターフェースが微かなノイズを吐いた。
「おいナナ、熱放熱アンカーの第3ブロックが完全にダンまりを決め込んでるぞ。地表温度が想定を超えて急降下中だ。このままだとドームの基礎パイプが凍結膨張して弾けちまう!」
地表から地下数百メートルに打ち込まれた基盤掘削坑道。
極限の寒気の中、レインストが、重厚なVALKANORスーツの関節部を軋ませながら泥臭くバルブを叩いていた。彼の吐く息は、ヘルメットのバイザー内部で白く凍りついている。
「慌てないで、レイ。放熱アンカーの回路が死んだんじゃないわ。現地の地殻に含まれる未知の低誘電体鉱物が、熱伝導のロジックを狂わせているだけよ」
地下設営本部のホログラムモニター前。ナナは、凍えそうな指先をわずかに震わせながら、虚空のコードを高速で叩き続けていた。
「アミィ、ログデータから現場の熱拡散係数を再展開! レイ、アンカーのバイパス弁を物理で叩き落としなさい! 0.01秒のオーバークロックで回路を焼き切って力ずくで熱を流し込むわ!」
「了解! 物理なら任せとけ!」
「ナナ様! ログ検索……あった、代替熱導線のパターン抽出完了!」
アミィが手元の端末を素早く操作し、記録スキルでバックアップデータを現場へ転送する。
直後、地下坑道の奥でカツン!と硬い金属音が響き、続いてゴォッと熱媒体が勢いよく循環し始める音が響き渡った。凍りつきかけていたドームの基盤モニターが、次々と青から正常を示す緑色へと書き換わっていく。
「ふう……助かった。冷や汗が出たぜ」
作業を終えたレインストが、VALKANORのバイザーを上げて汗を拭った。胸元に固定された「ソルティ・カザフ(ドリンク)」のパックを取り出し、冷え切った口元へと運ぶ。
「はいレインスト、お疲れさま。こっちはチョコ版のソルティ・カザフ。糖分補給しなよ」
「お、サンキュ!アミィ。……って、お前マジで手際が良くなったな。さすが俺の妹(始祖一致)なだけはある」
「ちょっと、だから馴々しくお兄ちゃんぶらないでって言ってるでしょ!」
軽口を叩き合いながら、寒さを凌ぐために肩を寄せる二人。
その光景を横目で見ながら、ナナはふっと胸の奥で小さな吐息をついた。
(……なによ。遺伝子レベルで『家族』だったからって、妙に仲良くなっちゃって。べつに、私が仲間外れみたいで寂しいとか、そんなこと思ってないんだから)
胸の中の小さな動揺を振り払うように、ナナは端末のシステムクロックに目を落とした。
そして——彼女の思考が、ふとピタリと止まる。
「……ねえ、二人とも」
「ん? どうしたナナ」「何、ナナ様?」
ナナはホログラム上に表示された、二つの異なるカウントダウンタイマーを指差した。
「また……バグを見つけてしまったわ」
「バグ? またヤクートの仕業か!?」
レインストが即座に身構えるが、ナナは小さく首を振った。
「いいえ。世界(宇宙)そのもののバグよ。……時間と、日付の差よ」
ナナの静かな声が、地下の静寂に染み込んでいく。
「地球では、惑星が1回『自転』することを『1日(24時間)』と呼んでいたわ。そして太陽の周りを1回『公転』することを『1年(365日)』と定義していた。……でも、この4.2光年先の惑星では、自転周期も公転周期も、地球とは全く違う」
アミィがハッとしたように手元のログ端末を見つめた。
「あ……本当だ。この星の自転、地球時間で換算すると約38時間もある。公転周期も短すぎて、地球の基準だと数ヶ月で『1年』が終わっちゃう……!」
「そうよ。おまけに私たちは今、太陽の光すら届かない地下空間にいる。ここには昼も夜もないわ。……だから今は、この人工的な『セシウム原子時計』が刻む周波数だけを頼りに、無理やり『地球の24時間』を模倣して動いているの」
ナナは自分たちの腕にあるバイタルモニターを見つめた。
「人間の身体リズム(サーカディアン・リズム)も、歴史の記録も、今はまだ『アース(地球)』という故郷の残響に依存している。……でもね、レイ、アミィ」
73Kの知性を宿す瞳が、遠い未来——数億年先の漆黒の宇宙を見つめるように深くなった。
「この先、私たちが作り出す候補惑星に何世代も重ねて生物が繁殖し……数億年が過ぎた未来のサピエンスたちは、一体『何を』基準にして1日や1年を測るのかしら?」
「数億年後の……サピエンス……」
レインストは手に持ったソルティ・カザフを見つめ、静かに言葉を失った。
地球という親を失い、広大な宇宙のあちこちに散らばったサピエンス。自転も公転もバラバラな星々で生きる彼らは、もはや「地球の24時間」という概念すら忘れてしまうのかもしれない。
「地球の自転でもない。どこかの星の公転でもない。……その時、サピエンスの時間を繋ぐのは何なのかしらね」
「……きっと、故郷(地球)を想う記憶か、あるいは……俺たちがこうして星々に残していく『足跡』なんじゃないか?」
がぽつりと呟いた言葉に、ナナは一瞬驚いたように目を見開いた。
「……フン、ガラにもなく詩的なことを言うのね、レイ。でも……案外、それが正解かもしれないわね」
ナナはくすりと微笑むと、ホログラムの原子時計のカウントダウンをリセットした。
「さあ、雑談は終わりよ。地球時間で言えば、そろそろ『就寝時刻』よ。明日も地下ドームのテラフォーミング作業が山積みなんだから、しっかり休みなさい!」
「へーい、了解いたしました、絶対知性様」
「ふふ、おやすみ、ナナ様、レインスト!」
暗い地下坑道の中、セシウム原子が刻む無機質なタイマーの音と、3人の暖かな息遣いが重なり合う。
星の周期すら越えて未来へ時間を紡ぐ、サピエンスの小さな開拓の夜が、静かに更けていった。
(第23話に続く)




