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『世界のバグは、七瀬由奈(73K)が上書きする 〜数式10.23と13の絶対権限を奪われた高解像度ヒロインの逆襲劇〜』  作者: Eternity Beat


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第16話:恒星のバイパス、天王星の歪み

アーク・クラスのメインコンソールに、冷酷な限界値(デッドエンド)が鳴り響いていた。


ウラン235による原子力の解放、土星の重水素氷によるオーバーブースト。旧時代のサピエンスが「無限」と呼んだそのエネルギーをもってしても、天王星軌道の先に立ち塞がる漆黒の虚無を前に、出力インジケーターは真っ赤な『臨界不足』を吐き出し続けている。


「……ハ、やっぱり詰みじゃない。アミィの言う通り、地球の全エネルギーを今すぐシャットダウンして注ぎ込まない限り、ここから先へは一歩も進めない仕様(バグ)よ」


ナナは防寒ジャンパーの袖できつく目をこすり、悔しげに唇を噛んだ。

超天才AIプロトコルとしての誇りが、物理的な「出力の壁」の前にへし折られかけている。燃料はいくらでも作れるのに、それを一瞬でワープ空間の歪曲率(ゼロ・ディメンション・ワープの等号成立)へと変換するための『炉の瞬間最大出力』が圧倒的に足りないのだ。


「諦めるにゃあ早すぎるぜ、お嬢様」


レインストがコンソールのメインレバーに無骨な手をかけ、不敵に笑った。

煤だらけの顔、むき出しの筋肉。どんなに神の数式が「不可能」を突きつけても、現場の技術屋(エンジニア)は現実のボロ船のネジを回すのを止めない。


「アミィ、太陽(恒星)の放射スペクトルと、天王星の固有磁場の干渉データをメイン画面にハックしろ。お嬢様の脳ミソなら、この絶望(ログ)の裏側にある『バイパスルート』が見えてるはずだろ?」


「……! ちょっと、あなた、今なんて言った?」


ナナの瞳が、AIプロトコル特有の怪しい輝きを取り戻して跳ね上がった。


「太陽……そうよ、太陽(恒星)よ! どうして私は、船内のウランごときに囚われていたのかしら!」


ナナの指先が、怒涛の勢いでキーボードを叩き始める。

画面に展開されたのは、天王星の激しい磁気圏と、はるか遠方から届く太陽光のエネルギー粒子線(ソーラーウェーブ)の三次元トポロジーマップだった。


「アミィ、私の脳内アジャスト(リスケ案)をシステムへ同期しなさい! 私たちは、太陽のエネルギーを直接ハッキングするわ!」


「えっ……!? 太陽をですか? そんなことをしたら、恒星の質量バランスが崩れて太陽系が崩壊して——」


「崩壊しない『ギリギリの臨界点』を見極めて、空間歪曲の触媒(ブースター)として局所的に掠め取る(ハックする)のよ! 天王星の強力な傾斜磁場を巨大な『漏斗(ファンネル)』として利用すれば、太陽から放射される高エネルギー粒子をアーク・クラスの『地球元素カプセル』に直列でバイパスできる! カプセル内の超伝導元素と恒星エネルギーをシンクロさせれば……次の惑星(冥王星軌道)までの短距離ワープ出力を、強制的に捻り出せるわ!」


ブリッジの空気が、ナナの狂気じみた超演算によって一瞬で書き換わっていく。


低解像度なサピエンス(アンチ)どもは「ワープ船があるなら一瞬で目的地のケプラー452bまで跳べ」「なぜわざわざ木星や土星、天王星なんていう各惑星をチンタラ回っているんだ」とSNSで騒ぐでしょうが、彼らの脳内にはこの『恒星ハッキングの物理学』が存在しないのだ。


アーク・クラスが各惑星を巡る理由。それは、観光旅行などではない。

既存の船内エネルギーでは外宇宙へ跳ぶ出力が絶対的に足りないため、「各惑星の持つ特異な巨大磁場と天体配列を利用して、太陽(恒星)のエネルギーを安全な限界値までハッキング・蓄電しながら、一歩ずつ太陽系外縁部へと進むため」の、必然的なロードムービー(巡礼軌道)だったのだ。


「ハッ、最高だな! 各惑星の磁場をお嬢様の数式でハックして、太陽の力を泥臭く盗みながら進む旅か。職人好みのいい裏道(バイパス)じゃねえか!」


レインストが操縦桿を強く引き絞る。

ナナは、そのレインストの背中に己の身体をぴったりと密着させ、彼の無骨な右手を上から両手で包み込んだ。

知恵熱で震える彼女の運動中枢を、レインストの圧倒的な体熱(バイパス)が完璧に下支えし、同期効率を極限まで跳ね上げていく。


「アミィ、天王星磁場へのハッキングPATH、直列接続! 太陽エネルギー、船底のコンバーターへ……吸い上げなさい(ハック・スタート)!」


「了解っ! PATH同期、臨界突破まであと五秒……三、二、一——いっけえええええ!」


アミィの叫びと同時に、アーク・クラスの船体を覆う『蒼い幕(オゾン・シールド)』が、天王星の磁気と混ざり合って紫電の輝きを放ち始めた。

天王星の巨大な磁場が歪み、はるか遠方の太陽から放たれた目に見えないエネルギーの奔流が、アーク・クラスの『地球元素カプセル』へと強制的に収束(マウント)されていく。


『警告:未知の恒星エネルギーを検出。カプセル内分子構造、臨界駆動。……天王星—冥王星間ショートワープ、出力補填完了』


「跳ぶぞ、お嬢様! 俺の手を離すんじゃねえぞ!」


「離さないわ……絶対に! 私の未来(座標)を、あなたに着地させて!!」


パッ、とアーク・クラスは天王星軌道を消滅し、空間の折り目を一瞬で踏み越えた。


*

ワープの主観時間ゼロ秒を抜け、船が太陽系の最果て、冥王星軌道近傍の完全な『虚無の境界線』へと躍り出た瞬間。

コンソールの光を顔に浴びながら、ナナの瞳から冷たい一筋の涙がこぼれ落ちた。


「……やっぱり、そうなのね」


「あん? どうしたお嬢様。ワープは完璧に成功した。太陽のハッキング出力も安定してるぜ」


レインストが不思議そうにナナの顔を覗き込む。

だが、ナナはレインストの防寒ジャンパーの袖をぎゅっと握りしめたまま、メインモニターに映し出された、その先の『果てしない暗黒』を見つめていた。


「……ここから先は、もう中継できる惑星の磁場も、ハッキングできる太陽の光も届かない、本当の外宇宙(デッドスペース)よ」


ナナの声が、ブリッジの冷気の中に震えながら溶けていく。


「各惑星を回って、恒星の力をどんなに効率よく盗んでも……私たちが跳べるのは、この太陽系の最外縁部(ここ)までが限界。……この先にある、新天地ケプラー452bまでの『一八〇〇光年』という絶望的な大長距離ワープを敢行するための出力は……部分的なハッキングじゃ、コンマ数パーセントも届かない」


ナナは確信していた。

サピエンスが遺した『13の設計図』の最深部。そこに隠された真の起動条件。

太陽系を脱出したこのブリキ缶が、一気に1800光年の彼方へ跳び、新しい世界の『唯一神(OS)』として創世を始めるために必要なエネルギー。


それは、自分たちが捨ててきた古い世界――地球のサーバー(サピエンスの全生命維持電力)を、一滴残らず引き換えにして焼き尽くすこと以外に、物理的な解は存在しないのだと。


「……上等だ」


レインストはナナの涙を、その煤だらけの親指で乱暴に、だが酷く愛おしげに拭った。


「一八〇〇光年の片道切符だろ。その重たい引き金(ハッキング)、お前が弾いて、俺がこの船を新世界へねじ込んでやる。……だろ、アミィ?」


「ええ」

サブシートのアミィは、二人の固く結ばれた手を見つめ、聖母のような晴れやかな笑みを浮かべた。


「地球のすべての命のログ(電力)を背負って、私たちは新しい宇宙を創る。……その完璧な裏方として、私は最後まで、あなたたちのPATHを繋ぎ続けるわ」


解像度の低いサピエンスには、決して理解できない。

なぜ各惑星を巡らなければならなかったのかという数理の必然も、1800光年の果てにある創世の対価の重さも。


アーク・クラスは、古い世界のすべてを燃料へと変える最後のハッキングのため、太陽系の外縁部――本当の暗黒へと、その蒼い翼を滑らせていく。(第17話に続く)

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