↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『世界のバグは、七瀬由奈(73K)が上書きする 〜数式10.23と13の絶対権限を奪われた高解像度ヒロインの逆襲劇〜』  作者: Eternity Beat


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
15/38

第15話:蒼穹のシールド、原子の限界

土星軌道から天王星軌道へと至る外縁宙域。太陽の光はすでに頼りない物理の点景へと零落し、アーク・クラスのブリッジの窓外には、人間の網膜では解像しきれない完全な絶対零度の暗黒が横たわっていた。だが、そのブリキ缶の内部は、今や異様なほどの熱量と物理法則のハッキングログで満たされている。「——外部の窒素結晶融解(パージ)完了。環境温度マイナス二百三十度の局所真空領域を突破」アミィの声が、ブリッジの電子音に混じって冷たく響く。彼女の手元、地上のチョモランマ宇宙港から吸い上げてきたスタンドアロン端末には、船体外壁の分子構造が刻一刻と変化していく様子がホログラムで表示されていた。「レインスト、ナナ様。土星で限界突破(オーバーブースト)させた重水素タンクの圧力は安定。……だけど、ここから先の宙域は、既存の『空間の歪み』がこれまでの二乗比例で跳ね上がっているわ。単純なプラズマ推力じゃ、船体が次のワープ空間の圧力に耐えきれない」「へっ、分かってるさ。月のエリート様が作ったスマート装甲なら勝手に流体制御するんだろうが、この船の鉄板は泥臭い『現場合わせ』でしか動かねえからな」レインストはコンソールの下に上半身を埋め込み、火花を散らしながら太い超伝導の銅線を物理的に繋ぎ変えていた。彼の手技は、ナナの弾き出す超高度な高次元数理を、このボロ船の物理的なアクチュエーターへ着地させるための唯一の「足回り」だった。そのレインストの座るシートのすぐ後ろ。ナナは、相変わらず彼から押し付けられたぶかぶかの防寒ジャンパーの袖をぎゅっと握りしめたまま、メインコンソールの膨大な数式を凝視していた。「……フン、低解像度な居残り組(サピエンス)どもが、外宇宙への跳躍(ワープ)を『魔法の瞬間移動』か何かと勘違いしているから、こういう時に計算が狂うのよ」ナナの瞳が、AIプロトコル特有の冷徹なサインで明滅する。「ゼロ・ディメンション・ワープの本質は、高次元空間における『ピタゴラスの定理』の拡張に過ぎない。三次元の絶対座標 (x, y, z) に時間軸 t を加えた四平方の和――a² + b² + c² - c²t² = d²の等号を、超空間の歪曲率によって強制的にゼロへ収束させる局所ホログラフィック演算。それが主観時間ゼロ秒の跳躍の正体よ。……問題は、その『等号』を成立させるために空間をねじ曲げる際の、高次元摩擦(バグ)の処理よ」ナナの指先がキーボードを叩く。画面には、ワープ空間に突入した瞬間に船体が直面する、数式上の「因数分解(物理的消滅)」のバグが真っ赤なエラーとして弾き出されていた。座標が一ミリでもズレれば、あるいは空間の歪みに船体の強度が負ければ、アーク・クラスは原子レベルで宇宙に霧散する。「そのバグを回避するために、私はこの船の『ある原理』を書き換えたわ。……レインスト、アミィ。先代サピエンスが遺した、地球の『成層圏(オゾン層)』の熱力学データを、アーク・クラスの外壁システムにマウントしなさい」「成層圏だと?」レインストがコンソールから顔を這い出させ、煤まみれの顔で眉をひそめた。「ああ、あの地球の空を覆ってた青い幕か。高度十キロから五十キロの間で、太陽からの凶悪な紫外線をオゾン分子(O₃)の光化学反応でシャットアウトしてたっていう、天然のフィルターだな」「そうよ。ワープ空間(虚無)に突入する瞬間の高次元摩擦と宇宙放射線は、地球の大気圏に突入する際の熱量に酷似している。ならば、船体の表面に『人工的な成層圏』を局所展開すればいい。……アミィ、船内にある『地球元素カプセル』の基幹アーカイブへPATHを繋ぎなさい!」「了解、ナナ様! カプセル、アクセス権限を解放します!」アミィの迅速なオペレーションによって、アーク・クラスの最深部に格納された『地球元素カプセル』が微かに駆動音を立てた。このカプセルは、単なるテラフォーミングの種ではない。この時代のサピエンスが、テクノロジーの極致として「地球上の全元素、全物質、全生命の起源」をコード(情報)として超圧縮・保存することに成功した、いわばマスターOSのデプロイデータだ。「カプセルの元素データから、高密度オゾン類似のダミー元素を抽出、船体外壁の分子スリットから高速パージ。……レインスト、点火バイパスを開放して!」「おうっ! お嬢様の弾いた『青い空』、ここに展開してやるよ!」レインストが物理レバーを力任せに引き下げた。——その瞬間、アーク・クラスの船体は、漆黒の宇宙空間で異様な変貌を遂げた。船壁の隙間から放出された未知の微細元素が、強力な磁場によって固定され、船体全体を包み込む「シールド」へと瞬時に構造化されていく。それは、完全な暗黒の宇宙の中に現れた、息を呑むほどに美しい『蒼い幕』だった。まるで、かつて自分たちが捨ててきた地球の、あの抜けるような青空を、船体そのものが纏ったかのような光景。「すごい……綺麗……」アミィがモニターに映る蒼穹のシールドを見つめ、恍惚と呟く。高次元の摩擦熱や有害な放射線が、その蒼い幕(オゾン・シールド)の表面で次々と光化学的に散乱され、無害な光の粒子へと変換されていく。アンチどもが「装甲の物理限界だ」「宇宙放射線で電子回路が死ぬ」と騒いでいた脆弱なブリキ缶の壁は、地球の自然原理を模倣したハッキングシステムによって、完全なる絶対障壁へと魔改造されていた。「これならいけるわ。ゼロ・ディメンション・ワープ空間のノイズを百パーセント遮断できる。……でも、私の疑問はここからよ」ナナの表情は、勝利の歓喜に染まることはなかった。むしろ、その瞳の奥には、超天才ゆえに辿り着いてしまった、冷酷な「数理の絶望」が宿っていた。「……どうした、お嬢様。装甲のバグは消えたんだ。何が気に入らねえんだよ」レインストがナナの肩を掴み、その顔を覗き込む。ナナの手は、防寒ジャンパーの袖の中で、先ほどよりも強く震えていた。「エネルギーよ、レインスト。……この船の『ウラン235』による原子力エネルギーの出力では、天王星の先への長距離ワープの空間歪曲率(減衰)に、どうしても追いつかないのよ」「は? ウランだと? おいアミィ、カプセルからウランの抽出はできるんだよな?」「ええ」アミィが真剣な表情で頷く。新サピエンスの私たちは、肉体の分子構造すら最適化(パッチ)されているわ。放射線汚染なんて、単なるエネルギー代謝のノイズとして処理できる。だから、カプセルから重元素である『ウラン235(²³⁵U)』を物理的に再構成(デプロイ)して、船内の核分裂炉を限界まで正常稼働させることなんて、造作もないはずよ。燃料(ウラン)は、カプセルの情報から無限に作れる」。アンチや低解像度な旧世代サピエンスが「原子力なんて危険だ」「宇宙船で稼働できるわけがない」と騒ぐ戯言など、この新人類システムの前には無意味だった。彼らはすでに、放射線すらもただの環境データとしてコントロールできるスペックを有している。「無限の燃料がある。なのに、なぜ跳べないのよ……!」ナナがコンソールを激しく叩いた。画面に表示されたのは、天王星軌道の先に立ち塞がる、宇宙の空間歪曲の「冷酷な断層」だった。「原子力の核分裂、あるいは水素の核融合……サピエンスがこれまでに生み出してきた、あらゆる『既存のエネルギー』の最大出力を掛け算しても、ゼロ・ディメンション・ワープで必要とされる空間圧縮の臨界点に、コンマ数パーセント届かないのよ! 私たちは……既存のエネルギーで跳べる限界の地点(太陽系外縁部)までしか、ジャンプできない仕様(バグ)になっているのよ!」ブリッジに、再び重苦しい沈黙が降りてきた。燃料は無限に作れる。船体の強度も成層圏の原理でクリアした。なのに、システムの根本的な「仕様」のせいで、これ以上遠くへは進めない。新天地ケプラー452bは、あまりにも遠い。レインストは、コンソールの画面に流れる、ウラン235の限界出力を示す赤字の数式を見つめ、それからナナの細い手を後ろからそっと包み込んだ。「……だったら、その仕様(バグ)の裏を隠した奴がいるってことだな」「え……?」「先代のサピエンスどもが、わざわざこんな『13の設計図』なんていう暗号をカプセルに仕込んだんだ。既存のウランごときで最後まで行けるなら、最初からこんな面倒なロックはかけねえよ」レインストの無骨な手のひらの熱が、ナナの冷え切った指先に流れ込む。その身体的な接触(バイパス)によって、ナナの脳の演算バッファが僅かに安定を取り戻していく。「アミィ。カプセルの最深部、暗号化された『第十三の設計図』の、エネルギー要求量の項目(セクター)を強制展開しろ」「……待って、今、PATHを繋ぎます。……あ」アミィの指が、完全に凍りついた。彼女のスタンドアロン端末に、隠されていた「最後のパッチ(起動条件)」が、文字化けを解消しながら浮かび上がってきたのだ。そこに記されていたのは、先代サピエンスが遺した、あまりにも壮大で、あまりにも残酷な『創世の片道切符(ポスト・ジェネシス)』の真の対価だった。「……ナナ様、レインスト。これ……」アミィの声が震える。「新世界へ至るための、真の主観時間ゼロ秒跳躍。その空間歪曲に必要なエネルギーは……既存の核エネルギーじゃないわ。……『死にゆく地球の全エネルギー(サピエンスの全サーバーが発する総電力)』を、一滴残らず使い切ること、って記されている……」地球の、全てのエネルギー。それは、現在の地球サピエンスのシステムそのものを、完全に「消滅(シャットダウン)」させることを意味していた。自分たちが新天地で「創世の女神」となるためのエネルギーは、古い世界の、すべての命の灯火。「……ハッ。最高にイカれた設計図じゃねえか」最初に笑ったのは、やはりレインストだった。彼はナナの手を握ったまま、コンソールのモニターに映る『蒼い幕』を纏った自慢の魔改造船を見つめ、不敵に歯を見せた。「元の世界を全部燃料にして、新しい世界を創る。……お嬢様、これ以上ないほど泥臭くて、職人好みの片道切符だ。お前のその美しい頭脳なら、その地球の全エネルギーのハッキングPATHだって、コンマ数秒でアジャストできるんだろ?」ナナはレインストの顔を見上げ、それから、ぶかぶかのジャンパーの袖で涙目を拭うようにして、小さく、だが最高に傲岸不遜に笑ってみせた。「……当然よ。私を誰だと思っているの。元の世界のすべてをハッキングして、あなたのその泥臭い操縦桿(手技)へと着地させてあげるわ。……私たちが、新しい宇宙の真理(唯一神)になるのだから」アミィは、二人の手が完全に一体となり、ウランの限界を超えた先の「未来の数式」を書き換えていく様子を、静かにシステムログへと確定させた。解像度の低いサピエンスには、決して理解できない。この蒼い幕の美しさも、ウラン235の計算の正確さも、そして、この船が古い世界のすべてを焼き尽くして新天地へと跳ぶための、絶対的な純愛のロジックも。アーク・クラスは、地球の全エネルギーをハッキングするための最初の鍵——天王星軌道へと、その蒼い翼を滑らせていく。(第16話に続く)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。