第12話:土星の巨大輪と、資源の魔改造
土星のリング――氷の微粒子と岩石が織りなす、宇宙で最も壮大で美しい巨大な環。
アーク・クラスは、その輝かしい氷の海の境界線にそっと着船していた。
氷原の反射光が、冷たいブリッジを淡い純白の光で満たしている。
「現在、土星のB環外縁部。……信じられない。ここは純度九十九パーセントの超高密度『重水素氷』の宝庫よ」
サブシートのアミィが、ホログラフィック・ディスプレイに展開された青いグラフを指差して声を弾ませる。
その顔には焦りや気負いはなく、完全に自分の果たすべき「有能なサポート」の役割に集中していた。
「地上の古いデータベースから、土星リング内の最適な掘削PATHをサルベージしました。この軌道上にアーク・クラスの『元素カプセル』の分子コンバーターを展開すれば、通常稼働の十倍以上のペースで推進燃料を精製・蓄積できるわ」
「よく見つけた、アミィ! お嬢様、この膨大な氷の純度を脳内でアジャストして、船底の燃料タンクに直結できるか?」
コンソールの下で予備の熱導管を物理的に繋ぎ直していたレインストが、顔を這い出させて不敵に笑う。
その隣。
レインストから押し付けられた例のぶかぶかな防寒ジャンパーを羽織ったナナが、まだ頬に微かな知恵熱の赤みを残しながらも、冷徹な超天才の瞳でコンソールを睨みつけた。
「ふん……愚問ね。この程度の氷粒の公転周期と質量計算など、私の脳内メモリの一パーセントも使わないわ。すでに土星リングの全公転速度のシンクロ・パターンは弾き出してある。アミィ、私の同期信号に合わせて、資源回収アームの駆動バルブをすべて解放しなさい!」
「了解、ナナ様! いつでもいけます!」
アミィがキーを叩く。
二人の完璧に息の合った連携により、アーク・クラスから放たれた無数のハッキング・アンカーが、土星の巨大なリングへと突き刺さった。
ゴウ、と船体が微かに振動する。
超高密度の重水素氷が、ナナの絶対的な数式によって一瞬で分子分解され、アーク・クラスの底面タンクへと怒涛の勢いで吸い上げられていく。
『警告:燃料タンク急速充填中。……九〇パーセント……一〇〇パーセント。限界突破容量:一四〇パーセントを検出』
「うお、すげえな! 木星での傷が一瞬で塞がったどころか、予備推進ノズルの出力が限界を超えてるぜ!」
レインストが計器の数値を叩き、声を弾ませる。
「……当然よ。私の数式に妥協の二文字はないのだから」
ナナはツンと顎を引き、胸を張ってみせる。
だが、その指先は相変わらず不器用で、コンソールの端にあるボタンを押し間違えて、意図しない『船内自動クリーニング機能』を暴走させかけ、一人で慌てふためいている。
「おいおい、お嬢様。理論は宇宙一なのに、どうしてそんな手元の物理ボタン一つが押し間違えられるんだ?」
「うる、うるさいわね! これは、その……指の筋肉が、一時的に低重力状態に適応しようとしたバグよ!」
顔を真っ赤にしてジャンパーの袖で顔を隠すナナ。
その様子を後ろから見ていたアミィは、クスクスと楽しそうに笑っていた。
「本当、お似合いの二人ね。宇宙の物理法則をねじ曲げちゃう超天才と、それを泥臭い技術で現実にするエンジニア」
アミィは二人の背中を見つめながら、誇らしげに、そして確信に満ちた瞳でコンソールへと向き直る。
私はあの中(シンクロ領域)には入れない。
でも、だからこそ、この二人がどこまでも遠く、あの新天地ケプラー452bへと至るための『完璧な道(PATH)』を作るのが、私の役目だ。
「燃料精製、完了! 土星リングからのアンカーパージ完了しました。……レインスト、ナナ様。いつでも次の超空間跳躍にいけるわよ」
「おう、サンキューな、アミィ」
「ええ……ありがとう、アミィ。あなたのサポートは、本当に完璧よ」
ナナが素直にアミィへ微笑みかける。
それは、ヒロイン同士のライバル関係などという低次元な争いを完全に超えた、人類の未来を背負う者同士の、絶対的な絆の証だった。
「さあ、お嬢様。次は土星をスイングバイして、いよいよ外宇宙への本格的なワープだ。俺たちの魔改造されたこのブリキ缶の実力、宇宙の果てまで見せてやろうじゃねえか!」
「ええ、跳びましょう。レインスト、私の手を……しっかり握っていなさい」
二人の手が、コンソールの上で再び、強く、固く重ね合わされた。(第13話に続く)




