37.別れの先にあるもの
——その日の夜
俺はシオリにそのことを話した。
近々レイヴァルト山に挑むということ。
それが成功であれ失敗であれ、
二度と会えなくなるかもしれない…ということを。
部屋の中は薄暗く、壁際に置かれた小さな灯りだけが、ぼんやりと床を照らしていた。
俺とシオリは、互いに背を向けるように、
それぞれ別の壁を見つめていた。
顔を合わせれば、きっと言葉に詰まってしまう。
そんな気がした。
「それって危険じゃないですか!?」
「そうだね……成功する確証もないけど、少しでも危険だと判断したら引き返すと思うけど…」
「じゃぁ、すぐに会えなくなるってわけじゃなさそうですね。会えなくなった時は、成功したってことで、それは良いことですよね?」
「いや……噂によると、そのボスと出会って帰ってきた人が少ないらしいから、失敗した時に生きて帰ってこれるか…わからないんだ……」
「えぇ! それって…本当に行く必要あるんですか?……ゲームの中で死んだら現実でも命を落とすって…未だに信じられませんけど……でも、もし本当だったら、アキラさんが命をかけて先に進む必要なんて、あるのでしょうか?……」
「……たしかにそうだね」
(俺は、新しい仲間に流されてるんじゃないか?……寂しかったのか? 新しい仲間が出来て嬉しいのか? それとも、仲間との効率の良い狩りを手放したくない?)
俺は頭の中で何度も自問自答した。
(1人で黙々とゴブリンを狩って、味の薄い粥とスープを飲む。 夜になれば…シオリと少し話ができる。それでいいじゃないか、何が不満なんだ、贅沢がしたいのか? それは本当に、命を懸けるに値することなのか……)
(断れよ……たとえまた1人になっても……生きていることの方が大事だろ……)
その時、脳裏にミサキの姿が過った。
俯いたまま、何も言えずにいた彼女の横顔。
助けを求めることすら諦めたような、あの沈んだ瞳。
俺は息を呑んだ。
……違う。
俺が先へ進みたいのは、
贅沢がしたいからじゃない。
「アキラさん?……」
返答が無く、
不思議に思ったシオリが俺の名前を呼ぶ。
考え事をしていて
会話が頭に入ってこなくなっていた。
「あぁ……ごめん……」
「でも俺……やっぱり先へ進むよ」
「えぇ! どうしてですか!?」
「そのレイヴァルト山なんだけど、山道以外にも山の内部にダンジョンがあってね? 山道で被害者が多く出たから、強い人達はみんなダンジョンの攻略に方針を変えちゃったんだ。けど、そのダンジョンが山の向こう側まで続いているかはまだわからない……」
「それって……」
「うん、下手したら無駄骨かもしれない…だから、あと、どのくらいこの状況が続くのかわからないんだ。数週間かもしれないし、数カ月かもしれない……そんな時間、もう待ってられないんだ……」
「そんな……確かに苦しい生活ですけど、なんとかやってこれてますし……」
「俺達みたいな恵まれた人ばかりじゃないよ……この街には…何かを犠牲にしながら、その日その日を生き延びている人達もいる。たとえ生きながらえても、精神がすり減って、生きる気力を無くしてしまうかもしれない……だから…誰かがゲームを進めて、この状況を変えなくちゃ……。今の仲間はたぶん、最前線で戦っている人の中でも強い方だと思う。だから、俺達がやらなくちゃ……」
「アキラさんやそのお仲間さん達が強いのはわかります。 それでも……もし私が同じ状況だったら、誰かがなんとかしてくれるまで…待つと思います」
「そのなんとかするのが俺達の役目なのかもしれない…それに……他にも先に進みたい理由はあるんだ。このゲームは友達と一緒に始めたんだけど、ゲーム開始と同時に離れ離れになっちゃって……そいつらと再会したいんだ」
「私もです……親友に誘われてこのゲームを買ったんですけど、まさか、こんなことになるなんて…。 サーバーが統合されたら、私も会えますかね?……」
「わからない……統合されるのが、第5世界以降なのか、それとも全世界なのか。もしも全世界なら、ゲームを進めなくても、始まりの街で友達に再会できるかもしれない……けど、その時は、また人口密度が高くなって、狩場を奪い合うことになるかもしれない……」
「確かにそれは大変ですね…下手したら、今より人口増えちゃいませんかね…」
「とにかく、今はこの状況をどうにかするしかない……いずれ俺達が山道のボスも倒して、みんなが次の街へ渡れるようにするよ。人口さえ分散できれば、狩場を奪い合う必要もないしな。そうなったら、ナイトボアのスープやスクランブルエッグが当たり前のように食べられる日がくるかもしれないぞ? 少なくとも、毎回食後にスモークリーフ茶は飲めるんじゃないか?」
「そうなったら嬉しいですけど……でも、アキラさんとお別れするのは…少し、寂しいです……」
その声は、冗談にするには少しだけ弱かった。
俺はすぐに返事ができなかった。
「……」
「それに、一緒に泊まれる相手をまた探さなきゃですしね!」
「またって…やっぱり探してなかったんじゃないか!」
「探してますよ~ こう、ビビッとくる人がいなくて…」
「何だよビビッとってハハッ…」
「アハハハ……」
「……」
「……」
「そうだ、最近そっちのパーティとはどう?」
「えっ?……ん~そうですね……この前話した、他のパーティに恋人が出来た男の子なんですけど、相手の女の子のいるパーティが4人組らしくて、そっちのパーティに移りたいって言い出したんですよ…」
「うわ……修羅場の予感…」
「そうなんですよ、案の定、リーダーと揉め始めちゃって…今日とかも雰囲気最悪でしたよ。 私も同衾に誘ってきた2人と仲が悪くなりましたし…いっそ私も別のパーティに移りたいくらいです」
「その恋人が出来た男の子について行っちゃえば? 向こうもどうせ4人なんだし、ちょうど6人になるよ」
「それはちょっと、図々しくないですかね? 彼女が出来た男子に女子がおまけで付いてくるなんて……」
「ん~ でも人数は多いに越したことはないし、聞くだけ聞いてみたら? その子から事情は向こうのパーティに伝えてもらってさ」
「そうですね、あ~っ……ただ……リーダーや、あの2人がなんて言うか……この前も、自由行動になってからしばらく付きまとわれて…」
「それって、ストーカーってこと?……」
「はい……」
「こんな状況でパーティを抜けるなんて言ったら、何されるか……」
「あ~確かに、それは怖いね……そういう男は何をしでかすか分からないからね……充分気を付けてね? あれだったら抜けようとしてる子に味方になってもらいなよ?」
「そうですね、そうします」
「うん…」
「あーあ~ アキラさんがパーティに勧誘されちゃうの、あと何日か遅かったら良かったのに」
「え……」
(つまり、そういうことだよな?……)
「2人のほうが危険だろ……それに、シオリはまだ丘の向こうまで行ったことないだろ? そこを越えた辺りから、敵が一気に強くなるぞ?」
「ん~ 私、意外と戦える方ですよ?」
「ほんとか~? にわかには信じられないな」
「あ~ 私のこと弱いと思ってたでしょ!」
「すまん、思ってた。運動できるようには見えなくてw」
「これでもバレー部だったんですよ! 一応」
「嘘っ…教室で常に本を読んでる文学少女にしか見えなかった……」
「なんですかそれw 私のこと舐めてました?」
「正直舐めてた」
「もう!!」
それから先の会話に、はっきりとした区切りはなかった。
くだらない話をして、
笑って、少し黙って、
またどちらかが口を開く。
その繰り返しが、不思議なくらい心地よかった。
いつ、眠りについたのだろうか。
その日は、時間を忘れるほどに、
彼女との会話が楽しくて仕方なかった。
——————————————
カイト達とパーティを組んで既に3日が経つ。
俺はすっかりそのパーティに定着していた。
そしてついに、
レイヴァルト山攻略に必要な物資がそろった。
その日は、午前中で狩りを切り上げ、
体を休めることにした。
全員で昼食を済ませた後、
店を出てすぐにカイトがこちらへ振り向き指示を出す。
「じゃぁ、ここからは自由行動にしよう!」
彼は両手を広げて少し浮ついた声になる。
「明日、作戦が成功すれば、もうこの街には戻って来ない…いや、戻って来れないと思うから、今のうちに行きたい場所やクエストは受けといてね!」
そう聞かされると、
ポテサラが頭を掻きながら辺りを見渡す。
「名残惜しいな~この街に特に思い入れがあるわけじゃないけど、最後かもしれないってなると思うことがあるよな~」
Ravenがポテサラの肩に手を乗せて続ける。
「そうだな~なんだかんだここに来て1ヶ月だからな、普通、こんなに長く1つの街に留まるゲームなんて、そう無いって」
パーティ内で思い出話に花を咲かせる中、
カイトが俺に気付いて問いかけてくる。
「そういえば、アキラ君はまだ王城のクエストを受けてなかったよね? どうせだったら受けておいた方が良いと思うんだけど、どうする? 案内しよっか?」
「えと…なんですかそれは?」
「城にいる王様から受ける、このゲームのメインクエストのことさ!」
「え~っと……受けてないですね」
「そう? まぁメインクエストは最初にクリアした人しか報酬を受け取れないけど、どうせゲームを進めるならストーリーを知れた方が楽しくないか? 受けるだけならみんな出来るし、受けといて損はないと思うよ」
「そう…ですね……じゃぁ……案内をお願いしてもいいですか?」
「わかった、任せて! じゃぁ、この後一緒に行こうか!」
彼はそう言うと他のメンバーの方に向き直る。
「じゃぁ、ここで解散にするけど、夜にギルドへ一緒に行く人はいる? 一応みんなに挨拶して回ろうかと思うんだけど」
「俺はいいや、早く休みたいし」
「俺も~そんなに仲いい人も居ないし」
「俺はカイトについて行くよ」
「じゃぁ、俺も行こっかなっ」
Ravenとポテサラは誘いを断り、
千代丸と刹那が名乗りを上げた。
「OK! あ~、アキラ君はどうする?」
「俺は……」
(俺は……同じ轍は踏まない、ただでさえコミュ障で新入りなのだから、ここで協調性を示しておかないと、また空気になってしまう……)
「俺も行きます……おじさんとサカキバラさんにも挨拶しておきたいですし……」
「OK! じゃぁアキラ君・千代丸・刹那の3人だね! 各々で宿を取ったら、夜9時にギルド集合でいいかな?」
(えっ……現地集合……一緒に行くって話じゃ)
「ok~」
「わかった!」
他のみんなは、
俺とカイトをその場に残して散り散りに去っていった。
「じゃぁ、アキラ君、王城まで案内するよ」
「あっ…はい……お願いします……」
そうして俺達は王城へ向かった。
クエスト自体は退屈な内容だった。
レイヴァルト山の向こう側にある国、
レグナリア王国。
そこに一通の手紙を届けるというモノだった。
そこは、
かつて親交の深かった国らしく、
もうかれこれ数十年も連絡が取れていない。
その国へ向けて王が綴った手紙を届ける。
それが今回のクエストだ。
なんのことかさっぱり分からなかったため、
帰りの道すがら、カイトにこの国の背景を聞いてみた。
日銭を稼ぐことしか考えていなかった俺達と違って、
カイトはこのゲームの内情に詳しかった。
彼の話によると、
[この世界には元々、魔物が居なかった]らしい。
————————————
【世界観説明】
カイトが語ったこの国の歴史は、まるで神話の一節のようだった。
——かつて、
まだこの世界に魔法が存在しなかった頃。
大陸の中央に位置する国、
レグナリア王国上空に、
突如として亀裂が走った。
亀裂はまたたく間に大きな虚穴となり、
その深淵から悪しき者達がこちらの世界へと雪崩れ込んだ。
牙獣が森を荒らし、
醜い子鬼が人々を襲い、
空に羽ばたく悪龍が、大地の悉くを焼き払った。
しかし、
この世界にやって来たのは絶望だけではなかった。
暗雲とした空から閃光と共に現れた青年。
後に、〘勇者〙と呼ばれる存在である。
彼は、
人ならざる力をその身に宿していた。
剣の一振りで大木を切り倒し、
指先1つで風を巻き上げ、
水や炎を自在に操る。
そして、彼の前では、
——失った命ですら蘇らせてしまう。
それはまるで神の所業。
そうして、
異世界から現れた勇者は、
魔物を退け、
悪しきを砕き、
ついに悪竜を地に落とした。
そうして人類は一命を取り留め、
大地に再び安寧が訪れる。
それが、今から100年ほど前の話である。
しかし、話はそれだけで終わらなかった。
老衰の果てに勇者がこの世界を去ってから数年後、
身を潜めていた魔物達が再びこの世界に牙を向く。
各国は、自らの力で魔物に対抗するも、
徐々に勢力を増していく魔物の群れに、
なすすべがなかった。
そうしてここ〚アウリア王国〛は、
陸路と海路を魔物に阻まれた。
食料を海と貿易に頼っていたこの国は、
なけなしの農地すらも失い、
今世紀最大の食糧危機に瀕している。
なぜ、今更手紙なんかを送るのかというと、
レグナリア王国は、
唯一、勇者の血を取り入れた国でもあったからだ。
勇者が世界を救ったその年に、
勇者の血を王家の血筋に取り込もうと企んだ。
王は娘を勇者に差し出し、
国中が2人の結婚を祝う中、
裏では国の権力者達が
こぞって身内の女性を勇者の元へと送った。
そして数十年後、一部の人間だけが、
[魔法]という天の御業を行使するようになった。
魔法を軍事利用することに成功したレグナリア王国は、
今なお健在である──そう信じたこの国の王は、
彼の国から支援を受けるため手紙を綴ったのだ。
もはやこの国は、
他国の助力無しではどうにもならないところまで来ていた。




