36.旅路の誘い・未踏を夢見る者たち
――ゲームが開始されてから1ヶ月弱――
噂では北にそびえる巨大な岩山。
レイヴァルト山に挑戦し、
新たに3組のパーティが命を落としたという。
そのうち1組は、攻略の最先端を走っており、
最初のクリア者と期待されていたパーティだったらしい。
レイヴァルト山は中央を巨大な穴に貫かれている。
遠目からでも、その穴の向こうに青空が覗いて見えた。
正規ルートとしては、
中央の山道を登り、穴を抜けていくのが一番わかりやすく無難だ。
しかし、山道には強力なモンスターが多数配置されており、
中でも穴の内部にある遺跡付近には、
ボス級のモンスターが縄張りにしているため、
避けては通れない。
どんなに距離を取って迂回しても見つかってしまうらしい。
そのモンスターのせいで攻略は行き詰まっている。
第1世界のクリアどころか、
山を越えて向こう側に行くことすら出来ないでいた。
しかし、
最近になって新たなルートが開拓されつつあった。
それが、山の東側に出来た穴から入れるダンジョンだ。
ダンジョン内は暗く、
ランタンやたいまつのような明かりが無いと、
まともに前へ進むことすら出来ない。
その上、中は複雑な迷宮になっており、
マップ機能の無いこのゲームで、
モンスターと戦いながら複雑に別れた道を全て把握し、
山の向こう側に続く出口を探し出すというのは、
なかなか骨の折れる話だ。
では、
なぜ、そのダンジョンに挑戦するのか、
そもそも、そのダンジョンが山の向こう側に繋がっている保証はあるのか、
という疑問に辿り着くと思うのだが、
実は、それを裏付ける話が一つあった。
話によると、
情報共有会に参加していたパーティの1組が、
ダンジョンに挑戦したきり音信不通になった。
しかし、フレンドリストを確認する限りだと
そのメンバーは今も存命とのこと。
つまり彼らは山の向こう側へ辿り着き、
あちら側で暮らしているだろうと予想される。
その知らせを受け、
情報共有会を含む攻略最前線のパーティが、
こぞってダンジョンの攻略に本腰を入れ始めたのが、
つい3日前の話だったらしい。
という話を、
俺は朝から聞かされていた。
ギルドの2階でサカキバラさんから情報を買うついでに、
彼と世間話をしていたからだ。
というのも、
彼いわく、俺に会わせたい人が居るらしい。
そのために時間を潰していたのだ。
「あの……その人はどうして俺に会いたいんですか?」
「ん? 彼ら、パーティに入ってくれる人を探してるらしくてね? 今まで6人で戦って来たのに、この前1人お亡くなりになってね…それで、強くて、なおかつ1人で狩りに出ているような逸材を探してたってわけさ」
「あの……俺は全然強くありませんし、1人って言ってもモンスターを誘き出してチマチマ倒しているだけですし、俺じゃ力不足ですよ……」
「何を言ってるんだい、ただでさえ丘の向こうまで狩りに行くプレイヤーなんて限られているし、なおかつソロでプレイしている人間なんて、アキラくん以外に思いつかないよ。もしアキラくんじゃ満足出来ないって言うなら、その人たちには仲間探しを諦めてもらうしかないね~」
「それはちょっと持ち上げ過ぎじゃないですかね……5人でも人数は多い方だと思いますけど、マックス6人必要ってことは、まさか、ゴブリンロードを攻略したいとかですか?…」
「ん~ そこまで詳しくは聞いてないんだ、直接本人達に聞いてみなよ! あっほら、噂をすれば当人のご到着だよ」
サカキバラさんが俺の背後に向かって
微笑みかける。
後ろを振り向くと、
五人組のプレイヤーがこちらへ向かって来ていた。
彼らは俺と同い年くらいか、少し年上に見えた。
その中でも一番前を歩いていた男が、
人懐っこい笑顔を浮かべながら真っ先に声を掛けてきた。
「おっ、君がアキラ君? 話は聞いてるよ! 俺はカイトだ!」
「ぁっ……どうも……」
「噂はサカキバラさんから聞いてるよ、1人で砦まで狩りに行ってるんだって?」
「まぁ……はい……」
「それ普通に凄くない? 是非うちのパーティに入ってもらいたいんだけど! どうかな?」
「あっ……え~っと~……」
俺が返答に困っていると、
サカキバラさんが助け舟を出してきた。
「ごめんね~彼って極度な人見知りなんだよね~ほらっアキラくん! 念願のパーティのお誘いだよ? そろそろパーティを組んでもいい頃なんじゃない? 1人だと大変だったでしょ?」
「そうですけど……本当に俺、そんなに強くないですよ?」
カイトが笑って答える。
「砦まで通ってるなら十分だって! ゴブリン相手にやれてるんだろ?」
「まぁ……そうですけど……」
「だったら十分戦力になるよ! 俺達もあそこを狩場にしてるんだ! もしかしたら、何処かですれ違ったことがあるかもしれないね!」
「…そう…ですか……」
カイトは少し困ったように頭の後ろを掻いた。
「あ~……とにかく、一度試してみない? 今日も砦に行くんでしょ? なら、俺達と一緒にやらないか?」
「えと……それならまぁ……いいですけど」
「よし決まり! じゃあ招待飛ばすわ!」
カイトがメニューを操作し、
俺の目の前にパーティへの勧誘メッセージが表示される。
俺が[承認]ボタンを押すと、
視界の左端に新しい名前が5つ表示された。
・アキラ
・カイト
・千代丸
・Raven
・ポテサラ
・刹那
「じゃぁ、軽く自己紹介でもしようか! 俺はさっき言った通り、カイトだ!」
「こっちは千代丸で」
「こいつがRaven」
「こっちがポテサラで~」
「んで、こいつが刹那だ!」
(このパーティではプレイヤーネームで呼び合うのか……)
カイトが親指で刹那を指さしながら、
吹き出しそうになるのを堪えながら説明する。
「こいつ、刹那って呼ばれるの恥ずかしいみたいだから、みんなセツって呼んでるんだw」
すると刹那が笑い混じりにカイトの肩を小突く。
「おい、余計なこと言うなよw あ~……っと、刹那だ! よろしく! みんなセツって呼んでるからさ、そっちで頼む」
「あっ……どうも…よろしくお願いします」
刹那に向かって軽い会釈をすると、
カイトがタイミングを図ったかのように口を開いた。
「じゃぁ、早速で悪いんだけど、このまま砦に行こうか! あっアキラ君は朝ごはん食べた?」
「えっと…食べました……」
「なら問題ないね! 早速出発しよう!」
そうして、
半ば強引に砦まで連れて行かれることになった。
——————————————
砦に着くと、カイト達は迷いなく配置についた。
誰かが大きな声で指示を飛ばすわけではない。
それでも、前衛が自然と前に出て、後衛が少し距離を取り、横から回り込もうとするゴブリンを別のメンバーが牽制する。
息が合っていた。
俺が一人でやっていたような、逃げ腰の狩りとは違う。
彼らはゴブリンを恐れていない。
ただの敵として、処理すべき対象として見ている。
その温度差に、少しだけ置いていかれたような気がした。
数時間も一緒に戦えば嫌でも分かる。
こいつらは強かった。
1人1人の判断が早く、
動きの所作から運動神経の良さが見て取れる。
話によると、
1人でゴブリンを1匹ずつ相手できるらしいが、
あながち間違いではない。
あのおじさん達みたいに、
飛び抜けて強い逸材が居るわけでもないが、
全体的なバランスで言ったら、
おじさん達以上かもしれない。
そんなことを思いながら、
俺は戦闘中にパーティメンバーを観察していた。
1つ目の砦を狩り終えた頃、
一箇所に集まり、戦利品を報告し合っていた。
「俺は干し肉が2つ手に入ったけど、そっちは?」
「ダメだ、俺は1個も見つからなかった」
「俺は1つ見つけたぞ、他に目ぼしい物は無いな…」
「こっちも1個だけなら」
「ん~3つで1食分として、念のため1人2食分は確保しておきたいね…アキラ君は干し肉見つけなかった?」
カイトが俺の方に問いかけてきた。
「いえ…ありませんでしたけど…どうして干し肉を探してるんですか?……」
「あ、そういえばアキラ君にはまだ言ってなかったね、実はさ、俺ら近いうちにレイヴァルト山を越えようと思ってるんだよ」
「えっ……レイヴァルト山って、後ろのあの山ですか?」
「そうだよ! そろそろこの生活にも飽きてきたし、思い切って先へ進もうかと思ってね」
「でも、攻略が行き詰まってると聞きますよ?…山道とダンジョン……どちらに挑戦するんですか?」
「ん? 山道の方だよ!」
「えっ……でもあそこ、この前も凄腕のパーティが全滅したって……」
するとカイトは自信満々な顔で語り始めた。
「大丈夫! 道中の敵は俺らだったら問題ないし、一番の難所であるボスも、突破する秘策があるんだ!」
「秘策……ですか?……」
「あぁ!」
そういってカイトがインベントリーを開き、
何やら鉱石のような物を取り出した。
「これは共鳴結晶って言ってな! 音を聞かせるとしばらくの間、その音が反響して鳴り続けるんだ!」
(なんだそれ……そんなアイテム聞いたこともないぞ)
横から千代丸が顔を覗かせる。
「知らない? 街を出て北東にずっと進んだところの海岸沿いにある洞窟なんだけど、行ったことない?」
「いえ…見たことないですね……」
(確かに…そっち側には行ったことが無かったな……てか、海岸ってことはゴブリン達の奥に見えた洞窟も、もしかしてこの石があったんじゃ……)
カイトが更に続ける。
「サカキバラさんの情報によるとね? あそこのボスは目が見えないんだけど、聴覚が敏感で足音1つで襲いかかってくる。足音さえ消せれば、バレずに通り抜けることもできるんだろうけど、ちょっと無理があるね…そこで登場するのがこの共鳴結晶ってわけよ! コイツで誘き寄せている間に走り抜けるって寸法さ!」
「本当にそれでうまくいきますかね?…そもそも、結晶に音を聞かせる段階でこちらに気付かれるんじゃ……」
今度は刹那が答える。
「そこは大丈夫! これ、投げた先で他の石と当たった音でも共鳴するから! ある程度の強度はあるから落としても割れたりもしないよ!」
俺は、驚いていた。
方法が突飛だったからではない。
なぜそんな簡単な方法を誰も試さなかったのか、
それが疑問だったからだ。
「なるほど……でも、そんな方法があるなら…どうして他の人達はダンジョン攻略に切り替えたんですかね?……」
「この情報は、まだ共有会にも出回ってないからね、それに共鳴結晶自体がレアで、まとまった数を集めるのが難しい…そもそも、そのボスと出くわして生きて帰って来た奴が少ないんだ。まぁ、かなり有用な情報らしいから、サカキバラさんもそこまで長く秘匿するつもりはないってさ! しばらくしたら、共有会の連中も、この方法に気付く。その前に、俺達で先に次の街へ行って、物資を独占しようって話だ!」
話している最中も、
カイト達の表情は明るかった。
「独占…ですか……」
その言葉だけが妙に耳に残った。
「あれ、あんまり乗り気じゃない?」
「その……独占っていうのが、あまり好きじゃなくて……少なくとも…良いことではないですよね」
散々そういう奴らに会ってきた。
このゲームでは仕方ないことなのかもしれない。
けど……
俺がそいつらと同じことをするのは、
なんだか気が引けた。
カイトが少し不思議そうな顔をしている。
「なんで? 別に珍しいことじゃないだろ? 俺達じゃなくても、みんな同じ立場になったら、後から来る他人のために物資を残して置こうなんて思う奴は居ないと思うぜ? ここの砦だってよ、ずっと開きっぱなしの宝箱があるだろ? ダンジョンだってそうだ、宝箱の中には、先着1名様限定の宝箱なんていくらでもある。そういう宝箱に限って中身は良いものが入ってたりするもんだ。それは、先に攻略した人の特権ってやつだよ。別にそれ自体は悪いことじゃないと思うぜ?」
「まぁ……たしかに…そう…かもしれませんね」
たしかにそれは妥当な権利だ。
でも、このゲームを攻略することにおいて、
俺達が手に入れた方が良いかと言われれば…
そうではない……
俺は、攻略のために命をかけるつもりはない、
なら、全プレイヤーを救うため、
積極的にボスへ挑む人間にこそ、物資が行き渡るべきだ……。
自分たちのことしか考えてないプレイヤーに、
強い装備や貴重なアイテムが独占されるのは、
ゲームの進行を遅らせることにほかならない…。
だが、
これが同調圧力というものなのだろうか、
俺は、彼らの方針を否定することも、
逆らうことも出来なかった。
それどころか、
その価値観こそが至極真っ当なのだと、
次第に刷り込まれていった。




