34.誰かと眠る夜
――翌日――
窓の隙間から冷たい風が部屋へ流れ込む。
風が頬を冷やし、
目が覚めてしまった俺は時間を確認する。
時刻は朝7時を指していた。
俺が起き上がると、
タイミングを見計らっていたかのように、
彼女が声をかけてくる。
「……おはようございます」
「ぅ……おはよう……」
「すみませんでした……昨日はあのまま寝てしまって……ベッドを使わせていただいて、ありがとうございました!」
そう言って彼女は勢いよく頭を下げた。
「いや……いいよ……俺が使っていいって言ったわけだし……」
「いえ、次は必ず!私が床で寝ます!」
「…ぇ?…次?……今回だけって約束じゃ?……」
目を丸くした彼女は、
急に恥ずかしくなり、
両手で顔を隠した。
「そっ……そうですよね!……私、何言ってるんだろ……アハハ……今回はありがとうございました! 次は……別の人を探しますね……」
「…………」
急に空気が重くなった。
(なんだろう……この申し訳ない気持ちは……さっきの俺って薄情だった?……)
彼女はメインメニューを開き、
時間を確認していた。
「あっ、もうそろそろ集合時間なので、私はこれで……本当にありがとうございました!」
彼女は再び深々と頭を下げる。
このまま行かせたら、
何か気持ちが悪い、
そう思った俺の口から吐いて出たのは。
「あの…さ……今日も昨日と同じ時間に宿へ来るからさ……他に頼れる人が見つからなかったら、また、声かけてよ……」
「!?……ぁっ……ありがとうございます! その時は、よろしくお願いしますね!」
彼女の表情が少しだけ明るくなった。
照れたような、
笑っているようにも聞こえる声で、
彼女はそう告げた後、
身なりを整えてドアの方へと向かっていく。
「それではお先に!……」
小さく笑顔を見せた彼女は、
そそくさと部屋を出ていってしまった。
――そういえば俺は、
まだ彼女の名前すら知らなかった。
その日の夕方。
狩りから戻ると、
再びあの宿へ足を運ぶ。
相変わらず宿の前には人だかりが。
しかし、
見渡しても彼女の姿は見当たらない。
(別の人が見つかったのか……)
なぜだろうか、
安心したような、
ちょっと残念なような。
彼女を探して同じ場所を何度も見渡した。
心のどこかで、
少し期待していたのかもしれない。
フッとため息をついた後、
俺は宿の入口へと真っすぐ歩いた。
改めて宿の外観でも眺め、
ゆっくりと入口に近付いたその時。
後ろから服の袖を引っ張られる感覚がした。
振り向くと、
彼女がそこにいた。
「……あの……今日もお世話になっていいですか?…」
「ぁ……あぁ……うん」
「…………」
「…………」
何の合図も無しに、
2人はゆっくりと宿の方へ歩き出した。
俺は、彼女に問いかける。
「いい人見つからなかった?……」
「見つかりませんでした……w」
彼女は困ったように笑った。
「そっか…」
「…はい……」
二人の中に沈黙が流れる。
しかし、気まずい雰囲気にも関わらず、
少しも嫌ではなかった。
「そういえば……まだ名前聞いてなかったんだけど…」
「あっ、私ですか?」
「うん……」
「私は~……」
彼女は少しだけ間を置いた後、
胸を張って答えた。
——「栞です!」
どこか彼女らしい名前だと思った。
――――――――――――
この日も、
俺は彼女と一緒の部屋に泊まっていた。
「寒くない?」
「大丈夫です!」
「床で寝てて腰痛くならない?」
「絨毯があるので多少は平気です!」
彼女は床に敷かれた絨毯を手で擦りながらそう言った。
「そっ?……俺も寒くないから……毛布使う? 下に敷けば、多少は柔らかくなると思うよ?」
俺は自分の毛布を彼女に差し出した。
「あっ、いえ! 大丈夫です! そこまでお世話になるわけにはいきません」
「大丈夫だよ、なんか見てて可哀想で……いたたまれなくなって逆に眠れないから、使ってほしいな……」
「そう……ですか?……わかりました。では、使わせてもらいます」
「うん…そうして……」
――そして次の日も、
「たまには俺が床で寝よっか?……」
「……いえいえ! お金を払ってもらってるので! そんなワガママは言えません!」
「けど……何日も連続で床に寝てたら快適度が低くてHPが減っちゃってないか? ちょっと見せてみ?」
彼女がウィンドウを開き、
俺はそれを覗き込む。
やはり、最大HPが3分の1以上グレーアウトしていた。
「ぁっ、これって、そういうことだったんですね……」
「やっぱりね……今度からは、定期的に交代しよう…」
「ダメですよ! そんな迷惑かけられません!」
「この宿の快適度なら、1日2日くらい俺も大丈夫なんだよ。シオリのデバフを解除することが先決だ」
「そんな……」
「いいから使って」
俺はベッドから降り、
今度は彼女をベッドに座らせた。
「じゃぁ! 明日からは私も半額払います!」
「それは本末転倒だから……金を取るようになったら意味ないでしょ…俺の方が金に余裕があるんだから、これくらいさせてよ」
「……わかりました……」
こうして、彼女との共同生活は続く。
俺は毎晩、
寝静まる前に、
彼女と少しだけ話すようになった。
他愛もない話だ。
お互いの近況だったり、
街や食事の話だったり。
苦労話だったり、
ゲームへの愚痴だったり。
そうして、
少しずつだが、
打ち解けていったと思う。
そんなある日、
ついにシオリのパーティについて、
聞くことにした。
「言いたくなかったら」
「別に言わなくて良いんだけど……」
「はい?」
「どうしてパーティを頼らずに」
「1人でこんな宿に?……」
「……」
「……ぁっ……えっと……」
「パーティの空気が悪くなっちゃって……」
彼女は、ゆっくりと話し始めた。
「最初は、節約のために2人1組で宿を取ろうって話になったんですけど、誰が私と組むかで話し合いになって……」
「うん…」
「その、私が1人を指名する流れになって……一番優しそうな、ユウキ君って人にお願いしたんですけど……彼、何もしないって言っていたのに、いざ一緒のベッドで寝ると……私の体を……触り始めて……」
「…………」
「やめてって…言ったんですけど……やめてくれなくて……」
(なんてヤツだ……)
「パーティの空気を悪くしたくなかったから……しばらくは…我慢してたんですけど……彼のボディタッチが……日に日にエスカレートしていって……」
「ある日、彼が……私の大事なところに手を伸ばして……そしたら、システムの警告音が鳴って」
(ハラスメント警告か……)
「ウィンドウが出てきて……これを繰り返すとペナルティが課せられるって……」
「そっか……流石にこのゲームも、そこら辺の対策はしっかりしていたのか」
「でも……そしたら次の日……ユウキ君が告白してきて、正式に……俺の彼女にならないかって……」
(え……何様なんだそいつ……)
「それは、困ったことになったね……」
「でも、知り合いのお姉さんに聞いて後で分かったんです……恋人登録をすると……ぇ……えっちな規制が……一部解除されるって……」
「えぇ……そいつ……もしかして、それが目的で?」
「私もそう思いました……だから私……彼の告白を断って……その日から、別の男の子と一緒に寝ることにしました……」
「……おぅ、思い切ったね……」
「その子も、最初は平気だったんですけど……しばらくしたら、その子も体を触ってくるようになって……床で寝るって言っても、心配とか言ってベッドに誘ってきて……」
徐々に彼女の声は元気を失っていった。
「…………私、耐えきれずに1人で宿を取るようになったんです……」
「うん……その方が良いかもね」
「けど……次第にお金が無くなっていって……もう……外で寝るしか無いって思った時に、お姉さんからここの宿のことを聞いて……」
「ええぇ!……それって逆効果じゃない?…なにやってんだ、そのお姉さん……」
「……えっと……お姉さんが言うには、どうせちょっかい出されるなら、自分の好みの男とイチャイチャしたほうがマシだって……」
(!?……)
「……ぇっ?……」
思わず視線を逸らした。
「…!?……えと…それで! 流されるままお試しでここに来ることに……そしたらアキラさんを見かけて……優しくて誠実そうな人だな~って思ったから、声をかけたんです……」
彼女は言葉の終わりへ向かって徐々に声が小さくなり、
最後には掠れそうなくらい小声だった。
(好みの男が俺だったって言われるかと思った……それは自意識過剰か……)
胸の奥が少しだけ落ち着かない。
「そう…だったのか……それで、パーティのみんなには、なんて説明してるの?」
「宿のことですか?」
「うん…」
「知り合いの女性と一緒に泊まってると言ってあります。別に嘘は付いてませんよ? 実際に最初の数日はその人と泊まってましたし…」
「他の男と泊まってるなんてそいつらが聞いたら、逆情されて、ナイフで刺されそうだな……」
「一緒のタイミングで宿を出ることも無いですし、大丈夫じゃないですかね?……」
「そうだといいんだけど………ごめんね、長話になっちゃって、そろそろ寝よっか……」
「いえいえ、そんな…今日もいっぱいお話が出来て楽しかったです! それじゃぁ、おやすみなさい!」
「あぁ…おやすみ……」
彼女は毛布に包まり、反対側を向く。
自然と俺も反対側を向き、眠りにつく。
静けさを取り戻した部屋が、
いつもより少しだけ心地良い。
隣に誰かが居る夜にも、
少しずつ慣れてしまっている自分がいた。
俺は……
少しだけ名残惜しいと感じていた。
頼れる人が見つからなかったら……
そんな名目は、早々に意味を持たなくなった。
彼女は他の人も探していると言いつつ、
いつも同じ場所に立っていた。
何回か繰り返す内に、
俺と目があっただけで、
宿の入口へ歩き出し、
受付前で合流するというのが日常になっていた。
いっそ他の場所で待ち合わせしたほうが健全なのではないか。
そう思ったりもしたが、
そもそもこの関係自体が歪なため、
その建前を失うのがお互い怖かったのだろう。
俺達は、夜になると一緒の宿に泊まり、
朝になると別れる。
そんな関係を続けており、
昼間に会うことも、互いのプライベートに干渉することもなかった。




