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33.穏やかではいられない日々へ


 「人の情報って…売ってくれますか?……」


 「…それは、ハヤテ君や元パーティメンバーのことかい?」


 「いえ…それもありますが、もっと知りたいのは……名前も知らないプレイヤーの情報です」


 彼の表情から笑いが一瞬だけ消えた。

 

 それは、質問の内容に対してではなく、

 俺の声と表情から、

 違和感を察したからだろう。

 

 「誰か名前を知りたい人でもいるのかな? 前に助けてもらったとか?」


 「…その逆です」


 「逆?……というと?」


 「俺達の知り合いを…殺した連中です……」



 「……君は……それを知って復讐でもするつもりかい?」


 「……まだ決めていません…ただ、ハヤテには知っておいて欲しい」


 「自分の手を汚さずに、彼に復讐を任せるつもりかい?」


 「俺は……あの人達と、そこまで仲良くありませんでした。でも、ハヤテは違います。彼らの死を泣き崩れるほど悲しんでました…もし復讐を遂げるなら……俺じゃなくて彼が成し遂げるべきです」


 「君は…彼を殺人犯にするつもりかい? それが分かって言っているのかな?」


 「……売ってくれないってことですか?…」


 「悪いけど…殺人の手助けをするつもりはない」


 彼は真剣な表情で俺を見つめていた。

 優しそうな目が、

 今は1ミリも笑っていない。

 

 「わかりました……」

 「引き止めてしまってすみません…」


 俺は、

 いたたまれなくなって、

 彼よりも先に席を立った。


 「ちょっと待ってくれ、殺人の手伝いはお断りだが、ハヤテ君達の近況なら教えてあげられるよ。 それに、この件とは関係なく、君とはこれからも取引を続けたいと思っている。朝のこの時間と、夜の9時以降なら、いつもギルドの2階にいるから、聞きたいことがあったら会いに来なよ」


 「……わかりました……情報…ありがとうございました……」


 「うん! それじゃぁまた、気を付けてね」


 彼は再び笑みを浮かべ、

 優しく送り出してくれた。


 

 俺は、街の外まで歩くと、

 橋を出た所のすぐそばで人が集まっているのを目撃した。


 彼らが視線を送る先には、

 全身が砂だらけになりながらも、

 必死に地面を掘る女の子の姿が。


 (ミサキちゃん!?……)

 

 またもや見知った顔が。

 今度は街の外で見かけることになるとは。


 (彼女は…この前他のパーティに拾われたはず…なぜ彼女は1人であそこに?……仲間は? まさか…また全滅したのか!?…)

 

 彼女に話しかけようとしている人がいたが、

 完全に無視されていた。


 痺れを切らして彼女の視界に映るよう、

 彼女の正面にしゃがみこんで話す人もいたが、

 彼女は、首を激しく横に振るだけだった。


 しばらく見ていたが、

 何人もの人が話しかけては撃沈していた。


 モンスターを狩るわけでもなく、

 採取アイテムのリポップを待っているわけでもない。


 彼女はあそこで、何をしているのだろうか。


 俺は、彼女と特別仲が良かったわけではない、

 というか、話したことすらない。

 知り合いってわけでもない。

 

 ただ、

 知っている人間が困っているのは、

 なんだかモヤモヤする。


 助けたい気持ちはある。

 けど……

 俺には、彼女を暖かいパーティに入れてやることも。

 金銭的に助けてあげることもできない。

 俺は、俺が生きていくだけで…

 精一杯だった……。

 

 俺は、見て見ぬふりをした。

 


 ――――――――――――


 俺は、ゴブリンの討伐を終えると、

 再び街へ戻ってきていた。


 昼の12時を過ぎる頃。


 俺は、サカキバラさんから聞いた、

 美味しいパンを売ってくれるNPCに、会いに行った。


 街の南側、王城へと続く長い階段。

 平民と貴族の生活圏を分けるため、

 貴族は、街と城の間に中間層を作り。

 そこに暮らしていた。

 

 そんな中間層へ向かう中央階段を外れ、

 大きくそびえる壁伝いに東側へ進み、

 平民の住宅街まで行く。


 ゲームに必要な施設も無ければ、

 重要なNPCが居るわけでもない。

 一目見ただけで、雰囲気作りのためだけに存在すると分かる街の一角。


 そこの路地裏で、何やらいい匂いがしてくる。


 突然、

 路地の曲がり角から子供が飛び出してきた。

 10歳前後の子供が4人、走り去っていく。


 彼らは皆汚れた服を着ている。

 しかし、それとは裏腹に

 顔には満面の笑みを浮かべ、

 手にはふっくらした、

 美味しそうなパンを抱えている。


 彼らの笑い声が聞こえなくなるまで見つめた後、

 彼らが出てきた路地の方へ向かう。

 

 辿り着いた先に1人の女性が立っていた。


 金髪で青い瞳をした20代くらいの美女だ。

 

 彼らと同じく汚れた服を身につけている。

 緑のエプロンに、赤いバンダナ、

 手には木で出来た小さなバスケット。

 

 そこに、はみ出すほどのパンを詰め込み、

 白い布で蓋をしていた。


 話しかけるとウィンドウが開き、

 パンの名前が3つ表示される。

 

 『

  ・ホワイトローフ 45G

  ・コブローフ   50G

  ・ブレッドローフ 65G

              』


 名前を見ただけだとピンと来なかった俺は、

 とりあえずホワイトローフを購入する。


 もう1つ買おうとNPCに話しかけると、

 

 「すみません」

 「パンは、お一人様1つまでしかお売りできません。」


 そう言って断られてしまった。


 残念と思う反面、

 これなら転売ヤーに独占されないと、

 安心すらしていた。


 見た目はというと。

 パンの下側が四角く白い、

 上半分は丸く膨れ上がっており、

 焼けてほんのり茶色く焦げ目が付いている。

 

 外は薄くパリッとしていて、

 中はふんわり。

 焼き立てで、まだ温かい。

 

 香ばしい小麦の香りがする。

 

 1日1つしか食べられないパンだ。

 味わって食べようとゆっくり咀嚼する。 

 

 癖がなく、味は薄味だが、

 ほんの少しの塩味と、

 牛乳や卵も使っているのか、

 噛めば噛むほど甘みが出てくる。


 少し前の俺だったら、

 バターやジャムが欲しくなっていたところだが、

 普段からあのクソ硬いパンを食べていたせいか、質素な味なのに感動するほど美味しい。


 俺は、久々に頬が緩む。

 パンを片手に、太陽に照らされた中世の街並みを眺めながら、歩き食いをしていた。


 いい気分のまま歩いていたが、

 ふと、考え事をしてしまう。

 

 なぜ、

 彼女はあんなところでパンを売っていたのか。

 

 彼女の服装も、

 確かに汚れていたが他のNPCと少し違う。

 布が破れたりほつれたりしていなかった。

 それに、パンを入れたバスケットだけは、

 まるで新品のように綺麗で清潔だった。


 そして何より、

 パンから小麦の香りがしたこと。

 この街の食料事情を考えると、

 小麦や卵を使った料理ができるとは思えない。

 第一、値段が安すぎる。

 どうして街の市場でパンを売らず、

 こんな誰も寄り付かないような裏路地で売っているのだろうか。


 

 そんなことを考えていると、

 いつの間にかパンを食べきってしまう。


 (やっちまった!……)


 考え事をしている間の記憶が無い……

 味わって食べようと思っていたパンは、

 味を感じる間もなく胃袋に収まっていた。


 ーーーーーーーーーーーーーーー


 その日俺は、

 狩りを終えた後、早めに街へ戻ってきていた。

 

 サカキバラさんに教えてもらった宿、

 その場所を明るい内に把握するためだ。

 早速宿を探すことにする。


 しばらく歩き、街の奥の方まで来ると、

 教えてもらった宿らしき建物が目に入る。


 (あれかな?……)

 

 近付くと、宿の近くには結構な数の人が立っていた。


 (なるべく空いてる穴場を紹介するって言ってたのに……)


 俺は急に部屋が取れるか心配になり、

 真っすぐ入口へと向かって歩いた。


 歩きながら周りを観察していると、

 ある違和感に気付く。


 人は多いのに、

 誰も宿に入ろうとしない。


 そして、宿の近くに立っている人は、

 女性ばかりだった……

 数人の男性が女性と1対1で話している。


 途中で俺の足が止まる……


 (ここって……)

 (もしかしてそういう目的で入る場所!?…)


 気付くのが遅かった……

 既に入口の近くまで歩いて来ていた。

 

 ここから急に方向を変えて歩き出したら、

 絶対に怪しまれる。


 既に立ち止まって目を泳がせている時点で、

 相当キモいヤツだと思われているはず…


 なんだか、

 周りから見られている気がした……


 (ふざけるなよ……どうしてゲームの中に…普通…あると思わないじゃん? え…俺が悪いの?……)


 俺に残された選択肢は、

 知らなかったことにして、

 堂々と入って行くことだけだ。


 そもそも一人部屋しかないのだから、

 1人で入ったって問題はないはず。


 俺は意を決して、再び歩き出す。


 すると、

 誰かが後ろから服の裾を掴んできた。


 振り向くと、

 三つ編みでメガネをかけた女の子がいた。


 「あのっ!……」


 「…………ぇ…………」


 しばらく沈黙が流れる。


 彼女は恥ずかしそうな顔で下を向いていた。


 周りの視線に気付き、

 俺は辺りを見渡す。


 (まずい、まずい、まずい!…周りの人に見られてる!…えっ……てか、なんでこの子…手を離さないの!? なんで喋らないの!? ……え怖い! たちんぼって女性から来ることもあるの!? まさか美人局!?……この子と宿に入っていったら…彼氏が登場して殴られるヤツだ!!!)


 「…………」


 「…………」


 彼女はようやく勇気を振り絞り、

 口を開いた。


 「あのっ!……」

 「今日、一緒の部屋に泊めてくれませんか!…」


「…………ぇっ…………」

 (ほら!絶対美人局だ! ……とにかく断らないと……)


 「…………」

 

 (無理だ……人のこと言えないほど、俺もコミュ障だった……この状況を切り抜けるワードチョイスも勇気も持っちゃいない……)


 すると、

 近くにいた女性が、

 俺達のこと見かねて口を開く。


 「おい! そこのアンタ!! 女の子に恥をかかせるんじゃないよ! さっさと連れてってやんな!」


 ギャルっぽい強気な女性に怒鳴られてしまった。


 驚いた俺は、

 急いで彼女の手を引き、

 もたつく足で宿の中へと入って行った。


 宿に入ると受付もせずに、

 ロビーにあったテーブルに2人で座る。


 彼女は、

 まだ恥ずかしそうに下を向いている。


 これは、俺が話を進めないといけないパターンだ。


 「……えっと……」

 何を言えばいいのか分からない。


 というか、

 俺はまだ状況を理解できていなかった。


 目の前の少女は俯いたまま、

 服の裾を握り締めている。


「その……」

「ごめんなさい……」


 開口一番に謝られた。


「え?……」


 「本当は……こんなことしたくなかったんです……」


 彼女の声は小さい。

 消え入りそうなくらい小さい。


「私……お金が無くて……」


「……」


「知り合いの人に……ここで男の人と一緒に泊まれば安く済むって……」


 俺は思わず天井を見た。

 やっぱりそういう場所じゃないか。


「でも……」


 彼女は慌てて首を振る。


「私、そういうつもりじゃなくて……!」


「え?」


「だから、その……」


 言葉が続かない。

 耳まで真っ赤だった。


「部屋を借りるだけでいいんです……」


「……」


「変なことはしませんし……して欲しくもないです……」


 彼女は必死だった。


 断られる前提で話している。

 俺はようやく状況を理解した。


 この子は、

 本当に追い詰められている。


「……他の人には声を掛けなかったんですか?」


 「あなたが……一人目です……」


 「……どうして俺だったんですか?」


 「…ぇ……優しそうだったから…です」


 「そう……ですか……」


 彼女の言う優しそうとは、

 無害そう。

 という意味なのだろう。


 「あの!……私、床で寝ますので! 部屋に入れてもらえるだけで大丈夫です! 迷惑はかけません……」

 

 「…まっ……待ってくれ……君は……どうしてこんなことを? 仲間はどうしたの?……見知らぬ男を引っ掛けるよりも、パーティメンバーや、それこそ女性に頼んだほうが……」


 「パーティメンバーは……ちょっと……女の子のプレイヤーは少ないですし、知り合いのお姉さんも、今日は男を引っ掛けるって言ってて……」


 (その人の入れ知恵か……)

 「…………わかった……」

 

 「いいんですか!?……」


 「まぁ……今日だけなら……」


 「ぁっ…ありがとうございます……」


 「…………」


 「…………」


 「じゃぁ……受付してくるね?……」


 「……はい」


 俺は席を立ち、受付へ向かう。


 鍵を手にした後、再びテーブルへ行き、

 彼女を連れて部屋へと入っていった。


 窓から見える空は、

 まだ日が落ちきっていなかった。


 「じゃぁ、俺はちょっと出かけてくるけど…君はどうする?…ご飯は食べた?……」


 「はい、食べました……特に今日は出かける用事もありません……」


 「そっか……じゃぁ、行ってくるね、長くなるから、その間ベッドで休んでていいよ」


 「ぁっ……はい……」


 俺は部屋を出て階段の方へ向かう。

 降りている最中にふと思う。

 

 (……さっきの発言ってセクハラだったかな……)


 先程の彼女が微妙な反応を示していたため、

 不安になり、道中ずっと考え事をしていた。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 出かける用というのは、アイテムショップに来ることだった。


 「いらっしゃい、ここには何でもそろってるよ。ゆ~~っくり見ていきな♪」


 店主のおばさんに見張られる中、

 お目当てのアイテムを手に取る。


 「良い物を選んだね~、そいつは1000Gだよ♪」

 

 店主が話しかけると同時に目の前にウィンドウが表示される。


 『

   〘ランタン〙:1000G


  [購入する] [キャンセル]


                』

 

 俺は迷わず購入ボタンを押した。


 「毎度あり~♪」

 「オイルが切れたらまたここに来な、安くしておくよ♪」

 

 店を出て街の門へと向かう。


 なぜこれを買ったかと言うと。

 夜の長い時間を何もしないで過ごすのが勿体なく、

 暗闇でも戦闘できる手段を探していた。

 高くて手が出せなかったランタンをついに試す時がきた。


 早速フィールドに出ると、

 門の周辺でネズミを狩る。


 左手にランタン。

 右手に鉄の剣。


 今まで両手で操っていた剣を、

 片手のみで振り回す。


 簡単では無かった。

 ネズミの動きに合わせて剣を振ろうとするが、

 どうしても1テンポ遅れてしまう。


 結局、

 ネズミが足に噛みついて動きを止めるまで、

 攻撃を当てることが出来なかった。


 「くっそ……」

 (ランタンオイルが1本100Gもするのに、ネズミごときに手こずってたんじゃ、収入より出費の方が多くなっちまう……)


 剣を握り締めると、

 再び狩りを再開する。


 ランタンの燃料が切れるまで、

 街の近くで戦い続けた。


 合計で3時間。

 メインメニューの時刻が、夜の9時を示していた。



 狩りを終えた俺は、

 汗を流すために大衆浴場へ立ち寄った後、

 宿へと戻っていった。


 部屋に入ると、

 彼女がベッドの上で眠りについていた。


 寝顔を見られたくないのか、

 壁の方を向き、両腕で顔を覆うようにして寝ている。


 (あれ……これって……わざわざ起こしてベッドを返してもらったら最低な野郎だよな……)


 自分で使って良いと言った手前、

 彼女を起こすのは忍びない、

 仕方なく俺は、床で寝ることにした。


 

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