30.あまりにも短い分岐点
残された3人で何ができるだろうか。
リーダーのハヤテも、
ムードメーカーのコウキも、
唯一話せるレンも居ない……
そもそも、俺はこの2人と仲良く無いどころか
ほとんど話したことすら無い。
この3人でやっていける未来が見えない……
そう考えていると、
ユウナの方から声をかけてきた。
「…アキラさん……」
「……」
「…残ってくれますよね?……」
「……ぇ……っ……」
俺は即答できなかった。
さっき聞いたハヤテの言葉が、
脳裏を過ぎる。
彼女は、新しいパーティを見つけたら
俺を見捨てて乗り換えるかもしれない……
そんなことにはならない、
そう信じたくても、
否定しきれない自分がいる。
俺は、戦えない2人を連れて、
本当に生き延びられるのか。
どうせ仲間を見つけ直す必要があるのなら、
自分からリスクだけを背負いに行く必要はない。
「……ごめん…俺も抜けようと思う……」
その瞬間、
ユウナの表情が凍り付いた。
「……え……?」
小さく漏れた声。
だが次の瞬間、
彼女の顔がぐしゃりと歪む。
「……は……?」
震える声のまま、
ユウナがゆっくり立ち上がる。
「……なにそれ……」
その目には涙が浮かんでいた。
だが、さっきまでの弱々しい涙じゃない。
怒りと恐怖で、
限界まで張り詰めた目だった。
「……結局……アキラさんもそうなんだ……」
「……」
「コウキ君が死んだから? ハヤテ君が居なくなったから?」
ユウナの肩が小刻みに震えている。
「……いや…………」
「じゃあ何!? もう戦えない奴はいらないってこと!?!?」
「違っ……」
「違わないじゃん!!!」
悲鳴みたいな声が街に響いた。
「アキラさんだってそう思ってるんでしょ!?!?……役立たない奴抱えてても死ぬだけだって!!」
図星だった。
俺は何も言い返せない。
そんな俺を見て、
ユウナの顔から一気に血の気が引いていく。
「……最低……」
ぽつりと漏れたその言葉は、
怒鳴り声よりも重かった。
「……みんなそう……」
ユウナは涙を拭おうともせず、
俺を睨みつける。
「弱い奴は捨てるんだ……助けるとか仲間とか言っといて……結局、自分が助かりたいだけじゃん……」
そのままユウナは嗚咽混じりに叫び続けた。
「レン君も!! コウキ君も!!……みんな死んで、なんで私ばっかり残るの!?」
「ユウナさん……」
シュウヘイが怯えたように声をかける。
だが、ユウナは止まらなかった。
「もう嫌っ……!こんなの無理っ……死ぬの怖いし! 化け物も怖いし! 裏切られるのも怖い!」
呼吸を乱しながら、
ユウナは震える手で涙を拭う。
そして、
俺達から一歩後ずさった。
「もういい…私も……パーティを抜ける……」
「……え……?」
シュウヘイが顔を上げる。
「ユウナさん……1人じゃ危険です!……」
「大丈夫……私、自分でパーティ探すから、シュウヘイ君は好きにすれば?」
彼女は冷たかった。
「でも私は、もう無理……」
何かが吹っ切れた彼女は、
先程まで儚げに泣いていた女の子とは別人のようだった。
ユウナは立ち上がり、メインメニューを開いた。
震える指でメニューを操作し、
表示された確認ウィンドウを迷わず押した。
『
【猫又がパーティから脱退しました】
』
ユウナは俺達を見ようともしない。
そのまま背を向けると、
街の雑踏へ消えるように歩き出した。
小さな肩が、
一度だけ震えていた。
だが彼女は、最後まで振り返らなかった。
彼女なら大丈夫だろう……
容姿が整っている彼女が、1人でポツりと座っていれば、男が放っておかないだろう。
彼女なら……すぐに新しいパーティを見つけられる。
問題は、シュウヘイの方だ……
言葉を選ばなければ、
彼は容姿が良い方ではない。
加えて、どこかおどおどしていて、幸薄い顔をしている。
体型からも、運動が得意なようには見えない。
ハヤテとコウキが話していたみたいに、
新しい仲間を探している連中は、即戦力を求めている。
これから命を預ける仲間に、わざわざ彼を選ぶ人間がいるとは思えない。
気が弱く、
コミュニケーション能力の低い彼が、
自分からパーティを探しをして、
他人に声をかける姿が想像できない。
そして、彼1人では、
街の入口付近にいるネズミすら倒せるか怪しい……
そんな彼を見捨てたくはない、
そこまで分かっていてパーティを抜けるということは、
彼を見殺しにするのと同じだ。
だが……
コミュ障2人で一緒に行動してても、新しいパーティに入れる未来が見えない。
さらに、MMOの残酷なところは、
2人プレイが一番効率が悪い、
ということだ。
それは主に、経験値やお金の話だ。
人数が増えるほど経験値やお金が減っていく。
しかし、その分パーティ全体で貰える総合値は増えていく。
【人数毎に1人が獲得できる量↓】
人数 経験値 お金
1人 100 100
2人 60 50
3人 55 40
4人 45 35
5人 38 30
6人 33 28
六人なら安全で、総合的な稼ぎも大きい。
逆に二人は最悪だ。
危険度は高いくせに、取り分だけ半端に減る。
そして、
戦えないシュウヘイと共に行動するということは、
ほぼ1人で戦っているのに得られるリソースは半分ということ。
割に合わない。
これは、感情うんぬんで決められる範疇を超えている。
あまりにもデメリットが大きすぎた。
彼には申し訳ないが、
俺もパーティを抜けさせてもらう。
俺は立ち上がると、
「……ごめん……」
その一言だけを言い残して、
そそくさと街の方へ歩き出した。
その場でパーティを抜けなかったのは、
メニューを操作している間に、
彼に引き止められる気がしたからだ。
歩きながらメニューを操作し、
〘パーティから抜ける〙を選択する。
視界には、
グレーアウトしたレンとコウキの名前、
そして1つだけ光るシュウヘイの名前があった。
それが上から順番に消えていく。
俺達がパーティだった証も、
レンとコウキが生きていた痕跡も、
これまでの日々も、
何もかもが消えてしまった。
彼は、今どんな顔をしているだろうか、
俺の背中を見つめて、何を思っただろうか、
――俺も振り返る勇気が無かった。
――――――――――――――――――――
――翌日――
俺は1人、海岸沿いのゴブリンを倒しに来ていた。
もしかしたら、
ハヤテやシュウヘイとばったり会うかもしれない。
そんな心配をしていたが、
それは杞憂だった。
ゴブリンを一匹ずつ誘き出し、
例の岩を過ぎた位置で倒す。
数日前まで、彼らとやっていたことだ。
今は助けてくれる人は誰もいない。
1つのミスが死に直結する。
いくら慣れたゴブリンとはいえ、
集中力を欠くことは許されなかった。
時刻が12時を過ぎる頃。
俺は、昼食を取るために街へ戻ってきていた。
相変わらず、美味しくもない料理を口に運び、
薄味のスープで流し込んだ。
少し違うのは、
これもまた、知り合いに出会わないよう、
いつもとは違う店に入っていたことだ。
昼食を済ませた俺はギルドへ向かう。
ゴブリンの依頼が余って無いか、
とりあえず見に行った。
ギルドの中はそれほど人は多くなかった。
クエストボードの前も数人程度。
俺はウィンドウを開き、シェアクエストを物色する。
やはり、目ぼしいクエストは無い、
もちろんゴブリンの名前もだ。
諦めて立ち去ろうとする俺に、
1人の男が話しかける。
「なぁ!そこのあんちゃん…お目当てのクエストはあったかい?」
振り向くと、小太りの中年男性が床であぐらをかいて座っていた。
他の人とは服装が少し違う。
ギャンベゾンと呼ばれる戦士が鎧の中に着る厚手の服を着用している。
ようはジャケットのような物だ。
彼と目が合う。
「……ぇ……いえ、特には……」
「まぁ~昼の部はついさっき売り切れちまったからな~、ダメだよ~あんちゃんも12時ちょうどに来なくちゃ」
(昼の部?……なんだそれ…)
「ところで、どんなクエストが良いか言ってみ? 俺が持ってるかも知んねぇ」
(持ってるかも? たまたまゴブリンの依頼書を? そんなわけ…)
「えっと……ゴブリンの討伐…です……」
「待ってろ~~」
そう言っておっさんは、
羽織っていたジャケットの中に手を入れる。
紙を1枚取り出しては中身を確認し、
再び服の中へ戻していた。
しばらくすると、
「あ~あったあった! 普通のゴブリンで良かったか? フレイフェイスの方はちょうど切らしててな…」
「ぇっ……その2つってどう違うんですか?…」
「普通のゴブリンは肌が灰色で痩せこけたちっこいヤツだな? フレイフェイスは少し肌が緑がかっていて、普通のゴブリンよりもちょいと大きめだなっ」
「……なるほど……」
「まぁ、フレイフェイス・ゴブリンは、あんちゃんとは縁が無いかもしれんなぁ、 アイツらは森を抜けて丘を登った先にしか生息してないらしいからな~」
(あ~アイツらか……このおじさん、俺が弱そうに見えるからって戦ったこと無いって決めつけてるな……)
「あ~……そうなんですね……だったら普通の方だと思います……」
「ほいよ~~ じゃぁ、100Gなっ!」
「え?……」
「ん? 買わないのか?」
「お金取るんですか!?……」
「当たり前だろ~何のためにここに座ってると思ってるんだ?」
「…え……これシェアクエストですよね?……そこの掲示板で…無料で受注できる?……」
おじさんは少し背中を伸ばし、
目を丸くして驚いたような表情になる。
どこか上から目線な顔だ。
「そうだよ? でも俺が持って無かったら、あんちゃんは受注すら出来なかっただろ?」
「あ~いえ……お金が発生するならいらないです……」
「いいのかい? これからゴブリンを狩りに行くんだろ? じゃぁ受けといた方がお得じゃないか?」
「でも100Gも払うんですよね?……」
「そうだよ? でもクエストをクリアすれば300Gも手に入るんだ、それに経験値だって付いてくる、買っといて損は無いだろ?」
(なんだこの怪しいおっさん……転売ヤーか?)
「……えっと……他にどんなクエストならあります?……」
(ここは探りを入れてみよう……)
おじさんは今度、
服に手を入れることはなく、
頭をかしげて斜め上を見ながら、
何かを指折り数え始める。
「え~っと、リュメン草の採取だろ? グナウラーの討伐に~ スラッジフィッシュの納品? アザレクスにフェロウボア~ 」
俺は遮るように声を被せる。
「ちょっと待ってください!……えっと……シェアクエストって1人3個までしか受注できないはずですよね? どうしておじさんは、そんなに持ってるんですか?…」
おじさんは少しニヤリと笑い、
得意げな表情でこちらを見ている。
「へっ、 あんちゃん知らないのか?w 3つまでってのはインベントリーに格納できる数さ! 手元に置いておく分にはその限りではない!」
「え……なんでそんなことに……」
「依頼書をよく見たことないんか? シェアクエストには所有権ってもんが無いやろ? つまり、インベントリーから取り出してオブジェクト化した時点で、それは誰の物でもない! 取引を介さずに気軽に手渡しであげたり貰ったりができるっ、これがシェアクエストや!」
「そういえば……そうですね……」
「つ・ま・り・や! こうやってオブジェクトにして服の中に入れておけば!3つ以上持っておくことができるんよ!」
「……それって、無限に依頼を受けられませんか? なんでクエストボードに依頼が残ってるんです? あれも全部貰っておけば…」
「まぁ…そこはいろいろあってな? 所有権が無くて、一定時間以上誰も触れてないオブジェクトは消えちまうんだ……だからこうやって服の中にしまっているわけよ! 膝の上に置くだけでも良いんだが、 所有権が無いから簡単に盗まれちまう……懐にしまっておくのがベストなのさ」
「へっ…へ~、おじさん賢いですね……」
(ようは転売ヤーじゃねぇか……)
「んで? 結局あんちゃんは買っていかないの?」
「ぁ~……そうっすね……じゃぁ、ゴブリンを…一応買っておこうかな~?……」
「あいよっ、100Gな?」
俺はインベントリーから所持金をクリックし、
100ゴールドだけ取り出す。
すると、手元に粗布で作られた小さな巾着袋が具現化する。
「……これでいいですか?」
「おう! 毎度あり~ それにしても普通のゴブリンなんて珍しいな~、あんちゃんがお得意様になってくれるなら毎日1つだけ取っておいてやってもいいぜ?」
「ぁ……ありがとうございます……そうですね……じゃ…じゃぁ、明日も立ち寄ってみますね……」
「おう!頑張れよ~」
作り笑いを浮かべ、おじさんに軽く会釈をしてその場を立ち去る。
(悪い人では無さそうだけど……やってることはヤバいよな……)
だが、それが彼の生存戦略なのかもしれない。
戦えない人間が生きていくために編み出した悪知恵。
こんな世界だ……
なりふり構ってられないのかもしれない。




