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28.世界の禍根に触れた日


 ――そして、ゲーム開始から2週間。


 噂によると、ついに山の中のダンジョンに挑戦するパーティまで出始めたらしい。

 強くなったプレイヤーが俺等と同じく丘を超えた先にある村を拠点とし、

 こちら側の人口が徐々に増えていった。

 

 ゴブリンの砦に挑戦するプレイヤーも増え、

 そのせいで、俺達の取り分も減ってきていた。

 

 俺達は、今日もゴブリンの砦に来ていた。

 レンやおじさん達が居ない分、慎重に攻略を進める。

 

 コウキの投擲で笛吹を気絶させ、

 その隙に何匹か誘き出して戦う。

 あの頃と比べ、いくらか強くなった俺達は、

 シュウヘイ以外は、1人一匹のゴブリンを相手するようになった。

 時間をかけて砦を攻略し、

 ついに砦の長であるホブゴブリンと対峙する。

 以前なら命懸けだった相手を、

 今では息を合わせれば押し切れるようになっていた。

 

 他プレイヤーが居ない日は、報酬が美味い。

 漁られていない物資からは貴重な干し肉や、装備などが手に入る。


 みんなでホブゴブリンの家を物色していると、

 コウキとハヤテが話している声が聞こえた。

 

 久々に懐が潤いそうで声が弾むコウキ。

 

 「今日はやけに物資が多いな!ラッキ~」


 昨日よりは機嫌が良いはずなのにどこか呆れていたハヤテ。

 

 「普段からこうだったら良いのにね…そろそろ俺達もダンジョンに挑戦するべきかな…」


 「ん~、シュウヘイがもうちょい戦えるようになってからかな~、まだキビいと思うぜ?」


 「そうだね……あとは、仲間を増やすとか……」


 「……」


 「ごめん…今のは忘れて……」


 「…いや、いいよ…ハヤテの意見は正しい……」


 「……」

 

 「…けどよぉ、仲間になってくれそうなお一人様で、なおかつ腕が立つやつなんて、そうそういないぜ?」


 「たしかにね……1人で座り込んでいる人達はよく見かけるけど…たぶん…戦力としては見込めないね」


  (それもそうだ……これ以上戦えない人間の面倒を見る余裕なんて無い…欲しいのは即戦力だ)


 物資をあさり終えたハヤテが立ち上がる。


 「もうこの砦はあさり尽くしたかな、そろそろ帰ろうか?」


 そうして俺達はホブゴブリンの家を出ようとする。

 その時だった。


 「今、声がしなかったか?」


 そう言ってコウキは辺りを見渡す。


 「気のせいじゃないか? 俺は何も聞こえなかったけど」


 扉を開けながら後ろを振り返るハヤテ。


 その時、

 扉を開けたことで室内の空気が外へと抜けていく。

 一瞬、あの時の異臭が風に乗ってこちらへ流れてきた。


 耳をすませながら、コウキは徐々に家の奥へと進んでいく。

 コウキは自分の足音すら消して、辺りの音を聞き逃さないようにしていた。


 自然とみんなが動きを止め音を立てないようにしている。

 俺は、少し動いてしまい、足元に落ちていた金属の破片を踏んでしまった。

 ――キィン!と小さな金属音が響く。


 (まずい!……)


 咄嗟に足をどけ、下を見ながら小さな歩幅で後退する俺。

 すると俺は、ある違和感に気付いた。


 ホブゴブリンの住処はかなり大きい。

 だが、床に敷かれた石畳が、ちゃんと家の端まで敷かれていない。

 家の規模と石畳の規模が合っていないのだ。

 まるで、元あった建物を壊して、

 ゴブリン達がその場所に新しい物を建て直したみたいに。


 コウキは家の右奥へ辿り着く。

 そこは、物が雑多に置いてあるだけで物資が全然無かった場所だった。

 その一角に不自然に物が置かれていない場所を見つける。


 そこにだけ床に粗布が敷かれていた。

 

 コウキが粗布をめくる。


 しかし、下には石畳しかなかった。


 「……ッ……何もないか…」


 コウキはしばらく床を見つめていた。

 気になった俺とハヤテも覗きに来ていた。

 

 「確かにここから聞こえた気がしたんだが……」

 

 顔をしかめながら耳を近付けるコウキ。

 俺とハヤテも真似するように耳を傾けてみる。


 ……


 「ひっ……ぅ……」



 子供が泣いている時のような、しゃくり上げる声が聞こえてくる。


 「おい!今の聞こえたか!?」


 「あぁ、俺も聞こえた……」


 コウキは慌てて床を調べ始める。

 コウキが床を踏み鳴らし、

 ハヤテが壁を叩く。


 「違うか…」

 


 俺も何か手助けが出来ないかと立ったまま床の端から端までを眺める。

 そして、あることに気付いた。


 「……これ、継ぎ目が妙に綺麗じゃないですか?……」


 一瞬俺の方を見た後、再び床に目をやる2人。


 「ほんとだ…ここだけ綺麗な長方形になるように継ぎ目が揃えられている……」


 「ん~……!? これじゃないか!」


 コウキが何かを見つけたらしい。

 それは、他よりも整った形をしており、

 1つだけ色が薄くなっている石を見つけた。


 コウキは言い終わるよりも先にその石を押し込んでいた。


 すると地面が揺れ、長方形の石畳が徐々に横へスライドしていき、

 そこに地下への通路が見えてきた。


 「うっわ、なにこれ…ダンジョンか!?」


 「ゴブリンの家の中にダンジョンって聞いたこと無いけど、声がしたってことはゴブリンがいるかもしれないから、一応警戒しながら進もう!」


 ハヤテがそう言うと、それを聞いていたのかシュウヘイが尋ねに来る。


 「…あの~どうかしましたか?…」


 「シュウヘイくんか、今、下へ降りられそうな通路を見つけたんだけど……」


 「これ、暗くて危なくねぇか?」


 「そうだね、突然ゴブリンに襲われるかもしれない、シュウヘイ君はユウナちゃんとここで待っててくれないかな?」


 「あっ……はい……いいですけど…」


 「ありがとう……じゃぁ、俺とコウキとアキラさんで行こう!」


 「OK」


 「あぁ……わかった…」


 階段の奥は暗くなっていたが、

 壁に小さなロウソクが等間隔で並んでおり、

 それを頼りに俺達は下まで降りていく。


 慎重に、慎重に……

 こんな狭い通路で襲われたら戦えたもんじゃない。



 階段を降りていくと、また嗚咽のような声が聞こえてくる。

 しばらくすると、奥から一際明るい光が漏れてくる。


 先頭にいるコウキがそっと明かりの灯る部屋の中を覗く。


 そこには、

 裸にされ、地面に倒れ込む女性と、

 その隣でふんぞり返るゴブリンが。


 そして、さらに隣で、

 今まさに行為に及んでいるゴブリンがいた。


 その異様な光景に絶句したコウキ達は、

 息を殺し、慎重に中を覗い続けた。


 すると、

 ふんぞり返っていた方のゴブリンが俺達に気付き、

 奇声を上げて襲いかかってくる。


「グギィ? グヒヒ!? !!…ギヒャァァアッ!!」


 だが、丸腰のゴブリンなど相手にならず、

 飛び出したコウキとそれをハヤテが補助することで瞬殺した。


 行為に及んでいたゴブリンも俺達に気付き、

 行為を止めてこちらに振り向いた。



 俺達は、先程よりも強い衝撃を受けていた。



 そのゴブリンは、

 人間のような顔をしていた。


 ゴブリンには合わない黄色人種独特の肌色。

 頭部から生えた黒髪。


 「ギヒッ!ギヒヒヒ!キャッキャッキャッ!」


 ゴブリンは声を出しているのに、口元が全然動いていない。

 皮膚だけ妙に浮いている。

 笑ってるのに頬が動かない。

 そして首から下は他のゴブリンと同じように薄緑色をしていた。


 この場にいた全員がすぐに理解した。

 このゴブリンは、

 人間の皮を被っている。

 

 そのゴブリンは、さっきのゴブリンとは違い、

 すぐには襲いかかってこなかった。


 それどころか、まるでこちらを嘲笑うかのように

 両手を広げ毅然とした態度でこちらに歩み寄ってくる。

 

 ゴブリンの声からは、どこか喜んでいるような感情が読み取れた。


 ゴブリンは怯えるどころか、

 値踏みするような目でこちらを見ていた。

 

 

 「クッ……うぁぁぁ!!!」

 

 恐怖に駆られたコウキが1人飛び出す。

 なんの駆け引きも無しに切りかかったコウキは、あっさりとあしらわれ、そのフォローに入ったハヤテもすんなり蹴り飛ばされてしまう。

 

 俺も震える手を必死に抑えて斬りかかるも、簡単にかわされてしまう。

 3人がかりでもゴブリンを倒せないなんていつぶりだろうか……

 その場に居た全員が動揺を隠せないでいた。


 だが、体に染み付いた感覚は忘れること無く、

 3人で囲むことができてからは、ヘイトを向けられた人が大げさに注意を引き、

 他の2人が死角から攻撃を加える。


 そうしてゴブリンを倒すことに成功する俺達。

 少しの間、息を整えた後、

 床に転がる2人の女性に駆け寄った。

 


 どちらも裸同然の姿で、身体中に痣や擦り傷が残っていた。

 しかし、他に大きな外傷はない。

 片方は短い金髪の女性、もう片方は黒髪の少女。

 どちらも目を閉じたまま動かない。


「お、おい! 大丈夫か!? しっかりしろ!!」


 コウキが慌てて肩を揺する。


 しかし反応は無い。


 ハヤテがしゃがみ込み、震える指で首元に触れた。


「……生きてる……ッ!」


 その言葉に、全員が息を吐く。


 だが安心できる状態では無かった。


 呼吸は浅く、身体は小刻みに震えている。

 まるで悪夢の中に閉じ込められているみたいだった。


「……これ……どうすれば……」


 コウキの声が掠れる。


 俺は周囲を見渡した。


 部屋の隅には汚れた毛布。

 食い散らかされた骨。

 天井から鎖で繋がれた手錠。

 晒し台や首枷。

 数々の拷問器具のような物。

 そして、一箇所に重ねて捨てられている…

 人間の顔から剥いだ皮。


 ここで何日過ごしていたのか、考えたくもなかった。


「……とりあえず、服だ……」


 ハヤテが苦しそうに言う。


 俺達は慌てて部屋に転がっていた粗末な布を集めた。

 それを2人に着せた後、

 コウキとハヤテが2人を背中におぶる。


 「早くここを出よう!…」 

 

 ハヤテが足早に階段を登っていき、俺達もそれに付いていく。


 1階に到着すると、シュウヘイとユウナがこちらに駆け寄ってくる。


 「……どうしたんですかその人!?」

 

 ユウナの問いかけにハヤテが答える。


 「下で見つけたんだ……大丈夫、2人とも生きてるよ」


 するとシュウヘイも質問してくる。


 「その2人って……プレイヤーですか?……」


 「…わからない……けど、2人とも日本人っぽい顔をしているからNPCじゃないと思う……それより、早くここから離れよう! ゴブリンがリポップする前に、近くの村まで2人を運んじゃおう!」


 俺達は急いで砦を後にした。


――ノルディア――



 村に到着した一行は2人を地面に寝かせ、

 ポーションを飲ませられないか試してみた。


 「ゲホッッ…ゲホッ……」


 むせ返ってポーションを吐いてしまった。


 「ダメだ…ポーションを飲んでくれない……」


 ハヤテが何度試しても、彼女はポーションを飲んでくれなかった。


 「クソ……目を冷ましてくれ……」


 「どうする?…街まで連れ帰るか?」


 コウキの問いかけに、ハヤテは少し考えを巡らせてから返答する。


 「どうだろう……もう少し様子を見ないか?…」


 「でも……そろそろ日が落ち始める時間だぜ?……2人を背負って帰るなら、もうそんなに待てないぞ!……」


 「そうだが……どちらか一人でも目覚めてくれたら…生存率はグンと上がるのに……」


 しばらくするとシュウヘイが村の奥から走ってくる。


 「パン…買ってきました!…」


 「ありがとう、とりあえずみんな食べておいて、スタミナと空腹値を回復しておこう…」


 2人の様子を見ながら準備を整える一行。


 すると突然、2人の内、黒髪の女の子が苦しみ始めた。


 

「ぐっ…ぅ…がっ…ぁ……っ…」


 「おい!しっかりしろ!」


 「…どうしたんだろう急に……なんで苦しみだしたんだ!?」


 動揺するハヤテだったが、それ以上にコウキが焦りを見せる。


 「わかんねぇけど、とりあえずポーションだ!」


 「ダメだよ…口から飲んでくれないし、体にはさっきかけて傷は治ってる」


 「じゃぁ…毒か何かデバフでも付いてるんじゃないか!?」


 その言葉を聞き、ハヤテは目線だけを左下に向ける。

 半透明になっていた仲間のHPバーが視線を向けることで本来の色を取り戻す。

 するとハヤテは提案する。

 

 「仲間になればHPバーが見えるようになるんじゃないかな!」


 「はぁ? そんなもんどうやって…」


 パーティリーダーのハヤテがメインメニューを開き、

 パーティに誘うを選択。

 するとウィンドウには俺達以外に知らない名前が2つ表示される。


 『

   ・〘猫うさぎ〙

   ・〘リリカ〙

            』


 「どっちだ……とりあえず押してみるか」


 ハヤテが〘猫うさぎ〙をクリックして仲間に誘うと、

 目の前で苦しんでいる女の子の眼前にウィンドウが表示される。


 「よしっ!」


 ハヤテは彼女の手を持ち上げると、

 彼女の手を使って承諾ボタンを押させる。


 再び視線を左下に向けるハヤテ。

 仲間の最後の一枠に彼女の名前が表示される。

 

 彼女のHPバーは、既に残り10分の1を下回っており、

 今も徐々に減り続けている。

 そしてそのHPバーの右隣には、胃袋のようなマークが点滅している。

 それに気付いたコウキが声を張り上げる。

 

 「おい! この子、空腹値が0なんじゃないか!? なにか食べさせた方が……」


 「無理だ… ポーションすら飲んで貰えないのに、硬いパンなんてなおさら…」

  

 「クソ……なにか無いのか……」


 2人が必死に頭をひねるが解決策は見つからず、

 彼らの回答を待ってくれるわけもなく、

 赤かったHPバーが、ゆっくりと黒へ沈んでいく。

 彼女のHPは0になってしまった。


 息を吸い込む音と同時に乾いた声帯をわずかに震わせた彼女は、

 その音を最後にピクリとも動かなくなってしまった。

 

 そして彼女の頭上に表示される12時間のカウントダウン。


 「まずい…この村には教会が無い! 最初の街まで運ばないと……」


 「もうこうしちゃいらんねぇ…この子は俺が運ぶ」


 コウキが黒髪の女の子を背に乗せる。

 

 「シュウヘイくん!そっちの子は頼めるかな?」


 「…わっ…わかりました!」


 シュウヘイは珍しく声を張って返事をし、

 ハヤテは次に俺の方へ目を向ける。

 

 「アキラさんは俺と一緒に先頭に立ってモンスターと戦ってください」


 「……あぁ……わかった」

 

 「……じゃぁ、ユウナちゃんは!」


 ハヤテがそう言った瞬間にユウナが遮るように声を挟む。


 「私も戦います!……」


 ハヤテは少し戸惑いの表情を浮かべていたが、

 ユウナの必死な眼差しを見て、

 ハヤテは反対の言葉を飲み込んだ。

 

 「……わかった、でも無理はしないでね?…後ろの警戒は任せたよ!」


 「はいっ!」


 「よしっ、 じゃぁ出発しよう!……」


 時刻にして午後の3時を過ぎた頃、

 一行は村を出て、始まりの街〚ルナセイル〛へと歩き出した。


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