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27.残された者の痛み



 おじさんの元に駆けつけたレン。


 おじさんを起き上がらせる時間も、

 おじさんを突き飛ばす余裕も無い、

 そう感じたレンは、咄嗟に武器を構えた。


 レンはおじさんの正面に立ち、剣を左へ寝かせる。

 縦に振り下ろされる棍棒に対し、横薙ぎの斬撃を合わせるつもりなのだろう。

 

 (レン!?… あいつ……パリィを狙っているのか!?)


 レンが力の限り振り上げた剣は、

 確かに棍棒の軌道を捉えていた。

 


 ――次の瞬間、


 

 グシャァッ!!

 鈍い破砕音と共に肉片が宙へ弾け飛ぶ。

 

 少し離れた場所に立っていた俺の頬を、生温い鮮血が濡らした。

 ――ゴトッ。

 視線を落とした先で、誰かの右腕が力なく転がっている。

 

 ゴブリンロードがゆっくりと棍棒を持ち上げると、

 そこに残っていたのは、

 真っ赤に染まった二人分の衣服と、

 原型を留めていない肉塊だった。

 

 そして、

 もう…どちらがレンの物か分からなくなった髪の束が

 血溜まりに浮かんでいた。


 

 (…………レン………………)


 頭の整理が追いつかない。

 レンが死んだ。

 ついさっき。

 目の前で。

 

 頭の中が真っ白になる。

 

 目は開いているのに、

 視界から情報を受け入れようとしない。

 目では彼の死体を見ているつもりでも、

 思考ははるか彼方を見つめている。


 「逃げろ!アキラ!!」


 背後からコウキの声が聞こえた。

 それと同時にゴブリンロードが近寄る足音がした。


 ようやく目の焦点が合った俺は顔を見上げる。


 大きく振りかぶった棍棒が頭上に見えた。

 

 俺は咄嗟に横へ飛び退き、難を逃れた。

 無意識に飛んだせいか地面に転げ落ち、肘や背中を強く打った。


 血と汗で濡れた全身に砂がまとわりつく。


 震えて感覚が麻痺した両手両足を激しく動かし、

 地面の砂を掻き分けながら惨めに前進した。


 立ち上がってからも足はもつれ、

 何度も転びそうになりながらも、全力で走った。

 到底真っ直ぐ走れた気はしなかった。

 

 揺れる視界の中でとにかく門の外を目指し、

 ひたすら走った。


 その後の記憶は曖昧だった……


 ――――――――――――――

 

 なんとか砦の外まで辿り着いた俺達は、

 道端で倒れ込む。

 辺りには、荒い呼吸と、咳き込む音、嗚咽だけが響いていた。


 俺は1人、あの時の光景を思い出して吐いていた。


 おじさん達は全滅し、レンも失った……

 

  

 しばらくしてコウキがハヤテに詰め寄る。


 「ハヤテ!! 今すぐレンを助けに行くぞ!!」


 「…コウキ……」

 

 「おっさん達もだ! とりあえずレンの死体を持って街へ帰ろう! そしたら助けを呼んでおじさん達も!…」


 ハヤテは視線を逸らしながら答える。


 「…無理だ……」


 「無理なもんか!! 時間が経てばゴブリン達も離れていくさ! なんなら俺がオトリになってもいい!その隙にレン達の死体を回収して…」


 「…そうじゃない……、レンは……もう蘇生できない……」


 コウキの表情から血の気が引いていく。


 「……はぁ?…………何いってんだよ……まだ12時間の猶予があるだろ…」


 目を閉じ、苦しそうに歯を食いしばるハヤテ。


 「……レンの死体に…カウントダウンは表示されなかった……」


 「……はぁ?……」


 「…お前も見ただろ……シュン達が襲われている時に、周りに転がっていた死体を……」


 「……死体って……ッ……ハ……」


 自分よりも動揺するコウキを見て、少し冷静さを取り戻すハヤテ。

 

 「…死体の損壊が激しいと……カウントダウンは表示されない……その時点で、その人は…蘇生できないんだ……」


 「そんなの…なんで知ってるんだよ!…てか、レンやおっさん達がそうとは限らないだろ?…」


 「俺は……レンが押しつぶされるところを見た……お前も見ただろう…」


 「……そんな…カウントダウンが表示されていたかどうかなんて……いちいち覚えてねぇよ……見間違いかもしれねぇだろ……いいから! 助けを呼びに行くぞ!」


 「あのおっさん達ですら敵わなかったのに、誰が倒せるって言うんだ! また、死人を増やすだけだぞ……、俺はもう……自分のせいで誰かを死地に送りたくない…………」


「…ハヤテ……お前……」


 コウキが言葉を失う。


 その時だった。


「……え?……」


 後ろで震えた声が漏れる。


 ユウナだった。


 青ざめた顔のまま周囲を見渡し、

 ようやく違和感に気付いたように呟く。


「……レン君……?……」


「……」


「……え?……レン君は?……」


 誰も答えない。


 その沈黙が、

 逆に答えになってしまっていた。


「……ちょっ……待って……なんで誰も何も言わないの!?……レン君は!?……」


 徐々に声が大きくなっていく。


 ハヤテが何かを言おうと口を開きかけた瞬間、

 ユウナが半狂乱になって叫んだ。


「ねぇ!! レン君はどこなの!?!?」

「さっきまで居たじゃん!! なんで誰も助けに行かないの!?!?!」

「早く戻ろうよ!! まだ近くに居るんでしょ!?!?!」


 涙を浮かべながら、

 ユウナがハヤテの胸ぐらを掴む。


「助かるんでしょ!?!? 教会に連れて行けば生き返るんでしょ!?!?!」

「だったら早く助けに行こうよぉ!!!!!」


「……ユウナちゃん……」


 ハヤテが苦しそうに目を逸らす。


「……嫌っ……嫌だよぉ……」

「だって……レン君……私のこと……助けてくれたのに……」


 声が徐々に嗚咽へ変わっていく。

 

 「……嫌っ……やだっ……」


 ユウナの喉が引き攣る。


「ぅっ……ひっ……ぅぇ……」


 堪えきれなくなった涙が次々と零れ落ち、

 呼吸がぐちゃぐちゃに乱れていく。


 ハヤテは胸ぐらを掴まれたまま動けず、

 コウキも拳を握り締めたまま俯いている。

 

 慰める言葉が見つからない。

 ハヤテとコウキは、ユウナが泣き止むまで静かに待ち続けた。

 

 ――――――――――――――

 

 コウキの強引な提案で死体を見に行くことになった。

 

 だが、やはりレンの死体にカウントダウンは表示されていなかった。

 他のおじさん達の遺体にも、ほとんどカウントダウンは表示されていなかった。

 

 唯一カウントダウンが表示された死体が2体。

 せめてあの2人だけでもと、死体を回収するチャンスを待つ。


 どれくらい待っただろうか、

 既に空が薄っすら黄色がかっていた。

 

 どれだけ待とうとも、ゴブリンロードは、一向に去る気配が無い。

 それどころか、倒したはずのゴブリン達がリポップし始めた。


 俺達は、諦めるしかなかった。

 

 

 街へ帰る道すがら、

 コウキは、怒りと後悔を静かに募らせていた。


 レンを失ったばかりか、目の前で助けられるはずの2人に背を向けて、

 見殺しにするしかなかったからだ。


 道中でモンスターに遭遇しても、コウキだけは戦闘に集中できていないように見えた。


 俺とハヤテでカバーし、なんとか倒せるほどギリギリの戦いが強いられていた。

 レンの抜けた穴は想像以上に大きい……

 

 街へ到着する頃には、

 辺りはすっかり夕闇に包まれていた。


 誰も口を開こうとしない。


 石畳を踏む音だけが、

 やけに大きく耳へ響いていた。


 俺達は無言のまま飲食街へ向かい、

 いつもの店でシュン達と合流した。


 シュン達は俺達の顔を見るなり、

 何かを察したように表情を曇らせる。


「……何があった?」


 ハヤテは俯いたまま、

 掠れた声で答えた。


「……レンが……死んだ……」


 空気が凍り付く。

 誰も軽々しく言葉を返せなかった。


 しばらく沈黙が続いた後、シュンが静かに目を伏せる。


「……そうか……」


 それだけだった。


 下手な慰めなんて、

 この世界では意味を成さない。

 皆、それを理解してしまっていた。


 その日の食卓から、笑い声が聞こえることはなかった。


 誰もが黙々と食事を口へ運び、

 時折スプーンや皿の触れ合う音だけが静かに鳴る。


 レンが座っていたはずの空席だけが、

 妙に広く感じられた。


 ――翌日。


 俺達は再び砦へ向かっていた。


 最初に訪れた砦でゴブリンを狩り、

 終われば次の砦へ向かう。


 それを繰り返す。


 以前のような雑談は無かった。


 道中も、昼食を食べる時も、

 ハヤテとコウキが必要最低限の会話を交わすだけ。


 更に翌日。


 突然、シュウヘイが戦闘へ参加すると言い出した。


「……僕も…戦います……」


 レンがいなくなった穴を、

 自分が埋めなければいけないと思ったのだろう。


 シュウヘイは俺とペアを組み、ゴブリンとの戦闘へ加わった。


 だが、それが良くなかった。


 シュウヘイは戦闘経験が浅く、

 何度も攻撃を受けた。


「ッ……ぁ……!」


 ゴブリンの棍棒を受け、その場で転げ回る。


 悲痛な叫びを漏らしながらも、

 その度にポーションを消費し、

 時には死んでしまうことすらあった。


 蘇生費用も馬鹿にならない。


 コウキは「最初は仕方ねぇよ」と笑っていたが、

 ハヤテの機嫌は日に日に悪くなっていった。


「シュウヘイくん! 今の避けられただろ!?」

 

「ご……ごめんなさい……」


「そこは前に出る場面じゃないって!」

 

「すっ……すみません……」


 最初は注意程度だった言葉も、徐々に棘を帯び始める。


 そして、その苛立ちは相方の俺にまで飛び火してきた。


「アキラさんも、もっと周り見て動いてください!」

 

「……あぁ…」


 翌日も、そのまた翌日も。


 シュウヘイが戦闘へ慣れる気配は無かった。


 最初は蘇生代やポーション代をパーティ全員で折半していた。

 だが、徐々にシュウヘイ本人の負担になっていく。


 その頃からだった。

 パーティ内で、所持金を互いに聞かないという暗黙の了解ができたのは。


 シュウヘイは皆と別れた後、

 宿を取ったフリをして外で寝ることが増えていった。

 それに気付いていたのは俺だけだった。

 それを見かねた俺はシュウヘイに提案する。


 「床で良ければ、俺の部屋で寝るか?…」


 「……いいんですか……?」


 シュウヘイは信じられないものを見るような顔で俺を見る。


 「……僕……最近、足引っ張ってばかりなのに……」


 「気にするな…そのうちレベルも上がって戦いやすくなるさ」

 

 「…ありがとうございます……」

 

 そうしてシュウヘイは、夜になると俺の部屋へ来るようになった。

 だが、それでも彼の困窮が改善されるわけではない。



 ――そんなある日、事件は起きた。


 夕食の時間にシュン達が店に来なくなった。

 心配した俺達は、街の入口でシュン達を待つことにした。


 しかし、

 日が落ち、辺りが暗闇に包まれ、

 人の出入りが無くなった後も、

 彼らが門の向こうから姿を現すことはなかった。


 「まさかっ!」


 そう言ってハヤテは、フレンドリストを開く。


 彼の指が止まり、指先と唇から震えが伝わってくる。

 

 「シュンさん達は……もう帰ってこない」


 「どういうことだよ!?」


 詰め寄るコウキに対し、

 生気を失った目でハヤテが答える。


 「シュンさんの名前が……グレーアウトしている……」


 「はぁ?」


 コウキがハヤテのウィンドウを覗き込む。


 「これが……シュンの名前なのか?……」


 そこにはいくつかの名前があり、

 一番上に表示された名前だけが、

 光を失い、薄暗い灰色へ沈んでいる。


 「名前がグレーアウトしたってことは……そいつが死んだことを意味する……」

 

 「まだ助かるかもしれない! 助けに行くぞ!」


 逸る気持ちを抑えきれないコウキが走り出そうとする。

 だが、ハヤテがコウキの肩を掴み、制止する。


 「無駄だ……」


 「どうしてだよ! まだ蘇生できるかもしれないだろ! 少なくとも12時間は経ってないはずだ!」


 「名前が……赤くなっている時は、死んでもまだ蘇生の猶予がある証拠だ……だが、グレーアウトした場合は……もう…助からない……」


 「はぁ? なんで…そんなことが分かるんだよ……」


 「…俺は……シュンさんと一緒に…毎晩、ギルドに通って…他のパーティと情報交換をしていたんだ……」


 「お前……いつの間に……」


 「そこで聞いた確かな情報だ……まさか…初めてが…シュンさんの名前になるなんて……」


 「つまり、あいつらは……全滅したってことか?…」


 「…あぁ……たぶん……そうだ……」


 「でも、シュン以外は生きているかもしれないだろ! それかまだ猶予のある奴がいるとか!」


 「無理だ……こんな暗闇で探しに行くなんて……自殺行為だ……」


 「……でも……でもよぉ……ッ……それ…でも……」


 二人の頬から涙が零れていく。

 レンの時とは違い、思考を妨げる物のない静かな夜が、

 彼らの感情をより鮮明に引き出していた。


 「……ッ……フッ……てか……シュンのヤツ……名前が…卍黒炎卍だったのかよ……そりゃぁ向こうのパーティも下の名前呼びが定着するわけだ……」


 コウキは泣きながら彼の名前を笑っていた。

 だが…その後一層悲しみが深くなった。

 

 「……ゥッ……シュンさんは……リーダーとして……立派な人だったよ……出会い方が違ければ……もっと……」


 彼らの言葉に釣られてユウナも泣き出してしまう。

 シュウヘイも少し、目元が赤くなり、涙を拭う仕草を見せていた。


 

 俺は慌てて自分のフレンドリストを覗く。


 サーバーがバラバラになったとはいえ、フレンドリストには友人の名前が残っていた。


 まだ、誰一人死んでいないらしい、

 その事実にそっと胸を撫で下ろす。


 フレンドリストとは本来、

 ゲーム内で友達になった人とチャットなどでコミュニケーションを取ったり、

 離れた場所からでもパーティ申請ができるものだったり、

 友達が今、どこで、何をしているかを知る方法だったり、

 いろいろな用途があるものだ。


 しかし今は、

 友人の生存を確認する、

 ただそれだけの機能になっていた。



 次の日から、パーティの雰囲気は一層悪くなっていった。

 

 どこか戦闘に身が入らない2人。

 シュウヘイも相変わらずだ。

 前よりも収入は明らかに減ってきている。

 

 食事の時間も、会話なんてほとんど無かった。

 

 収入が少なくなったこともあり、

 食事の水準も、以前のように戻ってしまった。


 しかし、明らかに1人だけ質素な食事をしている。

 収入のほとんどが、ポーション代に消えていったシュウヘイは、

 1人だけ、硬いパンと水を食している。


 「ほらっ、これも食え 奢ってやるからさ」

 

 コウキは優しく、

 シュウヘイに食事を奢ってあげていた。

 しかし、毎回というわけにはいかなかった……

 


 そんな日々を送る内に、

 パーティの空気は少しずつ壊れていった。


 

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