26.瞬きほどの永遠
ーー翌日ーー
約束通りにおじさん達と合流した俺達は早速砦まで足を運び、昨日と同じ順で砦を攻略していった。
午前中に砦を3つ攻略した俺達は再び〘ノルディア〙で昼食を取っている。
昨日同様に地面に腰を降ろしてパンを食べていると、陽気なおじさんがこちらに向かって話しかけてくる。
「兄ちゃん達、午後はちょっと大きめの砦に挑戦しようと思うんだが、良いか?」
いつもどおりハヤテが答える。
「えっと…それって危険な場所ですか?」
「いや~ 俺達も行くのは初めてなんだがな?そこにはゴブリンロードが居るって話だ」
体を前のめりにして顔をひょこっと出したレンが恐る恐る聞く。
「・・ゴブリンロード?…ボスってことですか?・・」
「まぁ そういうことだ、 兄ちゃん達のおかげで砦攻略も楽になったし、俺達も慣れてきてホブゴブリン程度じゃ味気なくなってきてな~、それにここらで攻略してないのはその砦くらいだしな」
陽気なおじさんがそう言うと、尻を引きずって体を寄せてきた一番若いお兄さんが話しに加わってくる。
「な~に、心配いないさ、周りの雑魚を一掃してから慎重に戦うからよ!」
「あぁ! んでもって、ゴブリンロードを倒した暁には、満を持してあの山に挑戦できるな!」
「あの山って、あの正面にあるデカい穴の空いた山ですか?」
ハヤテが指さす先には中央に真っ二つに割れ、中央に穴が空いたあの岩山が。
「そうだ、あの山を超えて次の街に辿り着くのが俺達の目標だ!あっち側にあるのはどんな街か、楽しみで仕方ない!」
楽しげに話す陽気なおじさんに、困惑の顔で疑問を投げかけざるを得ないハヤテ。
「えっ、山の向こうに街があるんですか!? 俺はてっきり、あの山にボスがいて、それを倒したら第一世界がクリアできると思ってました。」
「まぁ~ それならそれで良かったんだけどな、けど実際は違うらしいぜ」
「でも、どうしておじさん達は、山の向こうに街があるって知ってるんですか?」
「あぁ、前にギルドで情報交換をしていた時に聞いた話なんだがな?、あるプレイヤーがNPCからクエストを受けたらしい。 それもありきたりな御使いクエストだったんだが、 その行き先が山の向こうにある街だったんだ。 ほら~ よくあるだろ? 行き先が表示されるマーカー! このゲームにマップは無いけど、そいつが言うには、行き先の方角を向くと視界の中にマーカーが表示されてな? 残り何m~って書いてあって、それが山に近付いても全然足りない、はるか先を指してたらしい。」
「ハハッ……御使いで山向こうまでって、壮大なクエストですね…」
「たしかになw 兄ちゃん達もいずれは次の街に行きたいだろ? どうだ? 今日ゴブリンロードを倒したら明日にでも行ってみるか?」
「急ですね…w ありがたいですけど、僕らはまだレベルも低いですし、物資も潤沢ではありません... 山を越えるのなら食料はどうするんですか?」
「ま~そこなんだよな、 街にも村にも、保存食になりそうな物は売ってなかったし... 取りあえずあの硬いパンを大量に買い込めばなんとかなるだろう。」
「日が暮れない内に街に着けるといいですね…」
「そうだな~、 んで、兄ちゃん達はどうするよ?物資はこっちでなんとかしてやってもいいぜ?」
ハヤテは少し考えた後、ゆっくりと喋りだす。
「…お言葉はありがたいのですが、俺達、あの街に知り合いが居るんです、昨日もそいつらと夕食を食べていて…明日からも一緒に頑張ろうって鼓舞し合った中なんです…アイツらを放って先に進むことはできません…」
「そっか…寂しくなるな……」
「俺達もすぐ追いつきますよ!次の街で会ったら、また一緒に狩りに行きましょう!」
「あぁ!そうだなっ! まっ 明日行けるとも限らないし、まずは砦の攻略だなっ!」
「そうですね、そろそろ行きましょうか!」
全員が立ち上がり、大きな砦のある北西へと足を進めた。
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砦に到着すると、そこは今までの砦を二周り大きくしたような場所だった。
他と大きく異なるのは、建物の骨組みが他よりもしっかりしており、円形住居やテント型建築のような建物がいくつも建っていた。そして門の反対側にある建物は一際大きく、3階建ての建物に匹敵する大きさだった。
俺達は門番をしていた二匹を倒して中に入る。
笛吹きが居ない分、ここは簡単に入れたのだが、中には大勢のゴブリンが闊歩していた。
気付かれかねない見晴らしが良かったため、砦の壁際を走り、一番近い建物の影に身を隠す。
「思った以上に居たのう……こりゃぁ 時間がかかりそうだ」
「どうしますか?・・・」
様子を伺う陽気なおじさんにハヤテが小声で指示を仰ぐ。
「一旦、端のやつから順に片付けよう...気付かれないように 静かにだぞ?」
「それなら、石を投げて誘き出しませんか?」
「なんや、そんなことできるんか?」
「はい、僕らはいつもそのやり方で1匹ずつ狩ってました。 コウキ!! いけるか?」
後ろを振り返り、小声で指示を出すハヤテ。
「OK~ じゃぁ、まずはあそこのヤツでいいな?」
手頃な石を拾うと、狙いを指さすコウキ。
「ああ、やってくれ」
何度か石を投げて建物の影まで誘き出すコウキ、ゴブリンが建物の角に差し掛かった時点で3人がかりで襲いかかる。
奇声をあげようとするゴブリンの口を塞ぐように顔面目掛けて剣を突き刺す。
これを何度か繰り返し4匹くらい倒したところで、スキンヘッドのおじさんが我慢の限界を迎えて歩みを進める。
「こんなんじゃ埒があかねぇ、 日が暮れる前に片付けるぞ」
「あっ....ちょっと!! 獅子戸君!? 慎重に行こうって話だったでしょ!!」
おじさんの制止も聞かずに前に出るスキンヘッドおじさん。
案の定ゴブリン達に気付かれて大勢がこちらへ走ってくる。
「すまないね兄ちゃん、俺らも加勢に行くよ!」
「わかりました!!」
全員が立ち上がり建物の影から1人ずつ出ていく。
えっ?え!? っと動揺しながらキョロキョロしているユウナにハヤテが声をあける。
「ユウナちゃんとシュウヘイくんはそこに居ていいよ!俺等で加勢するから!」
「・・でも……離れすぎると経験値が入らないんじゃ?・・」
「今はそんなこと言ってらんないだろ、ここを乗り切るのが先決だ」
心配そうに見つめるレンを察してコウキがフォローをいれる。
「シュウヘイ!ユウナちゃんのことは任せたからな!」
「わ…わかりました!…」
おじさん達の集団に向かって走り出すハヤテ達、最後尾で俺も付いて行き、おじさん達に近付いた時点で解散する。
今まで2人一組で戦っていた戦闘は、安定して勝つことができるが乱戦に弱く、人数有利に持ち込む立ち回りを考えながら動かなければならない。
このままではダメだと思っていた俺達は、おじさん達の動きを参考に1人でゴブリンと対峙する術を身につけた。
ゴブリンは基本的にこちらの攻撃を避けるように設計されている。
しかし、何度か戦ってわかった、コイツらは俺らの構え方からある程度の行動をシステムが予測して回避行動を起こさせている。
そのため予測されにくい剣の軌道を描き、連続で攻撃を叩き込む。
もちろんフェイントも効果的だ、さらに、奴らは剣にばかり気を取られて足払いや頭突きなどの攻撃は避けられない。
さらに攻撃モーション中は回避行動の発生が遅くなることに気付いた。
特に飛び掛かり攻撃の後は隙が大きく絶好の攻撃チャンスになる。
俺達は、おじさん達みたいに力任せで押し切れるわけじゃない。
だからこそ、“相手の動きを読む”ことだけは徹底していた。
ゴブリンが剣を振り上げる。
その瞬間、俺は半歩だけ後ろへ下がり、空振った腕目掛けて斬りつけた。
「ギャギィッ!!」
怯んだゴブリンの脇腹へ、すかさずコウキの剣が叩き込まれる。
「次ッ!!」
叫びながら別のゴブリンへ向かって走るコウキ。
その背後から飛び掛かろうとしていた一匹に、レンが低い姿勢のまま斬りかかる。
「・・コウキさん後ろッ!・・」
ゴブリンの脚を斬りつけ体勢を崩させるレン。
そこへハヤテが棍棒を振り下ろし、頭部を殴り飛ばした。
「よしっ!そのまま数を減らそう!!」
砦の中は怒号と金属音で溢れ返っていた。
おじさん達は正面から豪快に押し込み、
俺達は遊撃のように周囲を走り回りながら、一匹ずつ確実に削っていく。
周りからどんどん集まってくるゴブリン達。
今までに無いほどの長期戦を強いられた末に、ようやく終わりが見えてくる。
スキンヘッドのおじさんが最後に残ったゴブリンの首をはねる。
全員が安堵した表情になり、肩の力が抜け、剣を握る拳を緩めた。
――だが
「ヴォォォォオ!!!」
突然、砦の奥から咆哮が響いた。
その場に居た全員の動きが止まった。
誰一人として息を吐かない。
――次の瞬間
「……ッ、まずい!!」
おじさんの声と同時に、
砦最奥の大きな建物の扉が勢いよく蹴破られる。
そこから姿を現したのは、
今までのゴブリンより何倍も大きい怪物だった。
灰色の筋肉が鎧の隙間から盛り上がり、
片手には、人間の身長ほどもある巨大な棍棒を引きずっている。
そして、その赤黒い瞳が、
真っ直ぐこちらを見据えていた。
「……アレが……ゴブリンロード……?」
ハヤテの掠れた声から恐怖心が伝わってくる。
そこに居た全員がゴブリンロードを認識したと同時にある物が表示される。
視界の上部にこの世界で2つ目のUI、
モンスターのHPバーと、その上にゴブリンロードと書かれた文字が表示された。
(これって…HPバー!?……ボスモンスターはHPが表示されるのか!)
勢いよく走り寄ってくるゴブリンロード。
すると陽気なおじさんが俺達に指示を出す。
「兄ちゃん達は下がってな! アイツは俺達で相手する!」
だがハヤテは首を横に振った。
「いえ! 俺達もまだ戦えます!取り巻きは任せてください!」
ゴブリンロードの正面をおじさん達が陣形を固め、先程同様に両サイドから取り巻きを狙いに行く。
ゴブリンロードは、立ち止まることなく近寄った次の瞬間には棍棒を振り上げていた。
「今だ!」
振り下ろした一撃を全員で回避し、散開してゴブリンロードを囲むおじさん達。
だが、おじさん達は次の行動に移せないでいた。
ゴブリンロードは、体長4メートルほどの巨体。
想定外の大きさに恐怖心が近付くことを拒んでいた。
長い手足、人よりも大きな棍棒。
どう考えても他のモンスターとは攻撃のリーチが違いすぎる。
あんなやつの攻撃に巻き込まれたらひとたまりもない……
誰もがそう直感していた。
「無理するな! 逃げたって良い!安全にいこう!」
陽気なおじさんの真剣な声が響き渡る。
おじさん達の行動を待ってくれるわけもなくゴブリンロードが次の行動に出る。
ゴブリンロードの顔の向き、走り出しの姿勢から次に攻撃される人を予測し、
狙われた人は全力で逃げる。
ゴブリンロードのヘイトが向いたわずかな隙に、若いお兄さんとスキンヘッドのおじさんが攻撃に出る。
腿と脹ら脛の裏を数回斬りつけては離れる。
脚を斬る。
離れる。
また踏み込み、太腿の裏へ刃を滑らせる。
ゴブリンロードが苛立ったように左腕を振り払う。
だが、その一撃が届く頃には、既に彼は懐へ潜り込んでいた。
巨体の股下を駆け抜けざま、脹脛へもう一太刀。
その頃俺達は、取り巻きを近付けさせないために、位置関係を気にしながら気を引き続ける。
戦闘中、チラリとおじさん達の方へ目を向ける。
すると、自然とあの2人に視線が引き付けられる。
若いお兄さんは華麗に懐へと滑り込み、両足を切り裂く。
スキンヘッドのおじさんはゴブリンロードが膝を曲げた隙を狙って、
膝を踏み台に飛び上がっては顔を斬りつけていた。
(凄い!……本当に初見か!?…)
ここまでノーダメージで戦っていることに驚きを隠せない。
彼らなら、本当にゴブリンロードを倒してしまう。
そう思わせてくれる戦いぶりだった。
しかし、彼らの動きは徐々に俊敏さを欠いていった。
無理もない、あんなに走り回りながらの戦闘をそう長く続けられるものではない。
2人が自陣に戻ると、息を整えるための時間が増えてきた。
額の汗を腕で拭った陽気なおじさんが声を張る。
「もう少しだ!気を抜くなよ!」
陽気なおじさんの声がパーティメンバーを鼓舞する。
気付けばゴブリンロードのHPバーが4分の1を下回っていた。
全員の顔が険しくなり、疲労とは裏腹に集中力が増していく。
――だが、それは……一瞬にして崩れ去る。
ゴブリンロードの背後に建っていたパーティメンバーが痺れを切らして足に斬りかかる。
残り少ないHPを手数で強引に押し切ろうとしたのかもしれない。
攻撃には成功したものの、その人はゴブリンロードの足に蹴飛ばされ、
近くの建物まで吹き飛ばされる。
「鈴木さん!!!」
陽気なおじさんが咄嗟に彼の名前を叫ぶ。
動揺した他のメンバーが一瞬だけ判断を遅らせてしまった。
勢いよく振られた棍棒の横薙ぎに巻き込まれ、
また1人、地面を勢いよく転げながら吹き飛ばされた。
「うっ!…うわぁぁぁぁぁああ!!」
恐怖に耐えきれず腰を抜かしたメンバーが悲鳴をあげる。
尻を引きずりながら後方へ退する。
ゴブリンロードが棍棒を振り上げ、そのメンバー目掛けて振り下ろそうとする。
それを阻止しようとスキンヘッドのおじさんが飛び上がり、脇腹目掛けて斬りつけた。
が、ゴブリンロードは予想外の行動にでる。
振り上げた棍棒はフェイク、
無防備にも飛び込んできたスキンヘッドのおじさんを左手で鷲掴みにする。
おじさんは全力で抜け出そうとし、ゴブリンロードの手に剣を突き刺す。
しかし、びくともしないゴブリンロードの手は、握力が強まり、
骨が砕ける音と共に、おじさんは剣を手放してしまった。
「ぐあぁぁぁぁぁぁああ!」
痛みに耐えながら両手で必死に指を引き剥がそうとする。
するとゴブリンロードは右手に持っていた棍棒を落とし、
その手で左手を包み込むように握った。
――次の瞬間
まるで果物を絞るかのようにおじさんを握りつぶす。
指の隙間から大量の血が四方八方に飛び散った。
吹き出し終えたあともなお、
血はゴブリンロードの腕を伝い、
肘から地面へと流れ落ちる。
開いた手の平から落ちたのは、
人形のように四肢が垂れ下がり、
かろうじて人間の姿を保った真っ赤な肉の塊だった。
血塗れの光景を前に、陽気なおじさんが声を張り裂けさせる。
「逃げろぉぉぉ!!!」
全員が一斉に背を向けて走り出す。
俺達もゴブリンとの戦闘を止め、ユウナとシュウヘイの元へ走る。
背後からゴブリンロードが走り寄ってくる音がする。
「うぉぉぉぉお!!」
限界に近い足を必死に動かし、叫び声を上げながら走るおじさん達。
背後で鈍い破砕音が響く。
1つ、
また1つと、
叫び声が消えていった。
そして、俺達の横を並走していた陽気なおじさんが何かに躓き、
その場に転んでしまう。
俺は、おじさんが転んだ音や声が耳に届くも、
それを認識し、反応するのに数秒遅れ、
さらに、足を止めて振り向くのに数秒かかってしまった。
振り向いたその先で、大きく棍棒を振り上げられた棍棒と、
必死に起き上がろうとするおじさんの姿が目に写った。
そしてそれは、長い長いスローモーションに見えた。
テーブルから落ちた皿が、何回転してから割れたかが分かるように。
その瞬間を鮮明に映し出していた。
――SNSで流れてくるショート動画のように、
人を助けるために咄嗟に動ける人間は凄い。
俺の友達にも、そんな奴がいた。
ショッピングモールの真ん中で泣き出してしまう幼い女の子。
誰もが思った。
(どうしたのあの子?)(泣き出しちゃって可哀想…)
(お母さんは何をしてるの?)(もしかして迷子?)
誰もがその声に、一度は顔を向けるものの、
動こうとする人間は少ない。
俺もまた、その中の一人だった。
しかし、友達は違った。
俺が女の子の状況を認識する前に、彼は既に走り出していた。
彼は迷うことなく女の子の前へしゃがみ込み、
安心させるように笑うと、一緒に親を探し始める。
俺は思った。
物語の主人公みたいな奴は本当に居るんだと。
ーーーーーーーーーーー
俺は、ゴブリンロードの棍棒が振り下ろされる瞬間、
その日の出来事が頭をよぎった。
なぜなら。
おじさんが転んだことに、いち早く気付き、
駆け寄って行くレンの姿が、視界に写っていたからだ。




