20.死臭
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結果から言うと、ゴブリンのシェアクエストは無かった。
というより、クエストがほとんど残っていなかった。
シェアクエストは朝一で並んでいるプレイヤーに根こそぎ奪われ、
残ったのは報酬の少ないクエストか、
モンスターの名前や報酬金の量からヤバそうなクエストばかりだった。
結局、今日も俺達はゴブリン狩りを続けていた。
デイリークエストのために採取品の順番待ちをしたり、
名も知らないモンスターを闇雲に探して狩るよりは、
俺達だけが知っている狩り場でゴブリンを狩り続ける方が効率が良かった。
ゴブリン相手には、怪我をすることがほとんど無くなり、
武器の消耗も少なく、ポーションを使う場面もかなり減っていた。
レベルも1つ上がり、今日のところは順調な狩りが出来ていた。
そして、時間が午後4時を回る頃。
「よしっ!.... 少し早いけど、今日はこの辺にしておこうか!」
コウキが肩を回しながら大きく息を吐く。
「あいよ~っと.... 今回はどっと疲れたな....」
「・・やっぱり... ハァハァ.....ゴブリン2体の同時は....ハァハァ....僕らにはまだ早かったですね・・」
「仕方ないだろ~ 気付かれちまったんだから... 悪かったよ...」
息を整えながら、レンが静かに続ける。
「・・いえ... でも....なんとかなりましたね....ハァハァ みんなの武器が返ってくれば....たまになら2体同時でも良いかもしれませんね・・」
戦闘していた4人が立ち上がり、ユウナとシュウヘイの元に合流する。
「見張りご苦労様っ、特に変わった動きは無かった?」
ハヤテがユウナとシュウヘイに声をかける。
彼女達には他のゴブリン達に気付かれていないか、昨日の鹿が崖から降りてきていないか見張っていてもらった。
ユウナが小さく頷く。
「...はい、 問題無いと思います...」
続けてシュウヘイが答える。
「崖の上に昨日の鹿らしき角がチラっと見えましたが、降りてくる気配は無さそうです...」
「そっか、 昨日のは本当にイレギュラーな挙動だったのかもしれないね、でも万が一の為に2人にはしっかり見張っていてもらわないと、 よろしくね。」
「「はい」」
見張り役の二人に頷き返し、ハヤテが声を掛ける。
「それじゃぁ、行こうか!」
そうして、街へと歩き出す一行。
片道15分程度の道だが、疲れと空腹により足取りが遅くなる。
いつもなら沈黙に耐えきれず喋り倒しているコウキも、今日は妙に静かだった。
まるで、嫌な予感を押し殺しているみたいに。
そんな帰り道の中、俺達はあるパーティと出会う。
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森の中を歩いていると腐った肉のような、甘ったるい悪臭が鼻を刺した。
普段ならこの辺りはモンスターのリポップを待っているプレイヤーが何組かたむろしているはずだ。
しかし、戦闘の跡や血痕はあれど、プレイヤーは愚かモンスターの気配すら無かった。
しばらく歩くと、遠くから誰かの叫び声が聞こえた。
「やめろ!!... そいつらから離れやがれ!!!」
普段なら他のパーティとは関わろうとしない俺達だったが、今回は様子がおかしく、いち早く動いたコウキにつられて全員で声の方向へと走っていった。
茂みの向こうから男の怒鳴り声が響く。
「クッソ!... この犬っころ...! ふざけやがって! この野郎!!」
茂みを走り抜けると少し広い空間に辿り着く。
そこには、無数に散らばる死体と、それを貪る3匹の狼、
そして、4匹目が今まさに先程の声の主と戦っていた。
声の主は、20代くらいの茶髪で筋肉質な男性だった。
彼の前方には、狼の群れと彼のパーティメンバーだったであろう死体が転がっており、その頭上には制限時間の表記が4つ点灯していた。
狼は、全身の皮膚が黒く、メキシカン・ヘアレス・ドッグのように、体毛と呼べる物がほとんど無く、
全身が痩せこけており、四肢の関節や腹部のあばら骨が浮き出ている。
唯一背中に生えている体毛は荒く刺々しい見た目をしている。
何より不気味なのはその頭部だ。
口の裂け目は耳の付け根近くまで伸びていた。
発達し過ぎた下顎の牙は、上顎の皮膚を内側から突き破っている。
そして、瞼が最初から無かったかのように骨格からそのまま飛び出た大きな目玉。
その瞳には瞳孔や虹彩といった黒目に相当する部分は1つもなく、
体色とは対照的な凍りついた死白の瞳が、こちらを見つめていた。
俺達の左前方では死体となったプレイヤー達が狼に貪られている。
しかし、驚いたのはその光景ではなく、死体の頭上に表示された死へのカウントダウンがもの凄いスピードで減っていっていることだ。
右手側では、今まさにプレイヤーが狼と戦っている。
だが、どちらを助けるべきか判断できず、俺達は足を止めてしまった。
なぜ生きている方を早く助けに行かないのか、
それは彼らの目に飛び込んで来たその光景が、俺達の思考を奪っていた。
倒れた死体の中で、俺達に一番近くに転がっている死体は見るも無惨な姿だった。
腹は食い破られ、中にあったであろう臓器は貪り尽くされており、
両の手足は行方をくらましている。
頭部に至っては、下顎と後頭部以外の全てが食い尽くされていた。
そして――
その死体には、制限時間の表記が無かった。
あまりにも生々しく、目を覆いたくなる惨状だった。
嗅いだことの無い悪臭が鼻腔を刺激し、何も無いはずの口の中で《その》味がするような錯覚。
全身の震えが止まらず、頭の中が真っ白になる。
だが、時は俺達の判断を待ってはくれず、状況は刻一刻と変化する。
「うぉぉぉぉ!!!」
先程の男性は真っすぐと狼の元へ走り、剣を振るう。
しかし、彼の攻撃は空を切り、狼が懐に飛び込む隙を与えてしまった。
咄嗟に剣を持っていない左手で防ぐも、狼の牙が彼の腕に大きく突き刺さり、そのまま押し倒されてしまう。
狼が首を左右に激しく動かし、男性の腕が今にも食いちぎられそうだった。
そんな時だ、
「オラァァ!!」
コウキの放った一太刀が狼の脇腹を大きく切り裂き、そのまま吹き飛ばした。
吹き飛ばされた狼が立ち上がる間に、レンは狼の背後を取り、すかさず攻撃を加える。
レンに気付いた狼が攻撃をかわすために大きく飛び退くも、その先に待ち構えていたコウキに斬りつけられる。
レンとコウキは、狼を中心に常に対角の位置をキープし、ゴブリン戦で培ったヘイト管理を駆使して狼を追い詰めていった。
それに気付いた他の狼が食事を止め、レンの背後から襲いかかろうとする。
ハヤテが叫ぶ。
「レン!!ッ」
「ッ!?」
レンの意識が他の狼に向いたことを察したのか、さっきまで相手にしていた狼はコウキに飛び掛かり、1対1の状況を作られてしまった。
他の2体もこちらに走り寄って来ており、それを見たハヤテが腰に刺した棍棒を抜いて走り出す。
俺も両手に短剣を携え、ハヤテの後ろについて行った。
戦いは1対1の状況が4組作られ、各々が様子を見るために回避に専念していた。
下手に攻撃を加えてもすぐに避けられ、追撃しようとすれば手痛い反撃を受けてしまう。
俺は、一切攻撃をしようとせず、他のメンバーが数を減らしてくれるのを待つため、なるべく集団から離れた場所へと狼を誘導する。
全員が必死に攻撃を避け、泥沼状態な戦闘が続く中、さっきの男性がレンの方へ加勢に行く。
それを見ていた俺は安堵すると同時によそ見をしていたせいで自分が茂みに近付き過ぎていることに気付かなかった。
足元は平坦では無くなり、狼の攻撃を避けた際に足元の根に躓いてしまいその場に倒れ込む。
起き上がる暇も無く、飛びかかってきた狼が首筋に牙を立てる。
「ぐあああっ!!」
右の首筋に激痛が走ると共に全身から血の気が引いた感覚に陥り、頭の中が真っ白になった。
(痛ッた!!... 痛すぎる! なんだこれッ!! クッソ...しくじった... 誰か!! 誰かたすけ...)
いつの間にか、両手に握っていた短剣は消えていた。
狼を引き剥がそうと両手で狼の体を必死に掴んだ。
しかし狼はびくともせず、視界の端には自分のHPバーが半分以下に差し掛かるのが見えていた。
俺は体を掴むのを止め、左手で狼の顎を掴み、右手で狼の上顎を掴んだ。
(クソが...!!! 離れやがれ!!...)
それでも離れようとしない狼に、今度は右手で顔の上部を爪を立てるように強く握り、小指と薬指を狼の左目に突き立てた。
まるで子犬のような高い声で鳴きながら、狼が離れていき、その隙に俺は落とした短剣を拾い上げる。
狼は旋回しながら様子を伺い、喉を唸らせて威嚇してくる。
そして、再び狼が走り出し、こちらに飛びかかってくる。
(....あぁ..... まずい..... これ.. よけらんねぇや....)
首から肩にかけて激痛が走る中、視界は揺れ、耳鳴りが響く。
もう攻撃を避けることは難しいと悟った俺は、再び狼に押し倒される方を選んだ。
だが、今回は違う、
その両手には短剣が強く握りしめられていた。
押し倒される寸前に体をひねり、体を横に倒すようにして地面へ転がり込む。
そして、すかさず狼の上に覆いかぶさり、
両手に掴んだ短剣を狼の首元に突き刺した。
再び甲高い声をあげて離れようとする狼を全身の力と体重で抑え込み、短剣を強く押し込んだ。
(.........逃がすかよ!!!... )
もがく狼の爪が腹や太ももを引っ掻き、自分のHPが徐々に減っていくのが見えた。
それでも離さない。
刺し違えてでも、コイツだけはみんなの所へ行かせるわけにはいかなかった。
息をすることすら忘れ、
俺はただ、狼にしがみついたまま地面だけを見つめていた。
実際には数十秒だったのだろう。
だが、痛みに耐えながら終わりを待つ俺には、永遠みたいに長く感じられた。
徐々に意識が薄れていく中、視界の端に映るHPバーが0になった。
途端に視界が真っ暗になり、さっきまで感じていた感覚が全て消え、俺は意識を失った。
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