一難去ってまた一難
「キース様? どこへ行かれるんです?」
「……わからん」
結局心配になり、キースを追いかけて一階へ下りると、玄関でマードック様が彼に話しかけているところで。様子のおかしいキースに、マードック様も戸惑っているようだった。
キースは未だに、右手で胸元を押さえている。
「胸の辺りが痛くて苦しい。死ぬかもしれない」
「ええっ!? キース様が!?」
今にも消えそうな声でそう言ったキースを前にして、マードック様はひどく狼狽えている。わたしも心配になり、声をかけようとした時だった。
「ステラのことを考えると、余計に苦しくなる」
キースはぽつりとそう呟いて。わたしは思わず開きかけた口を噤んだ。……なんだ、それ。
そうして戸惑っているうちに、キースはマードック様の制止を振り切り、ふらりと飛び立ってしまったのだった。
◇◇◇
キースがいなくなってから、二日が経った。
彼と再会してからまだ数週間しか経っていないのに、たった数日姿を見ていないだけで、わたしはぽっかりと心に穴が空いたような寂しさを感じていた。
「ステラ? 何か考え事でも?」
「す、すみません……少しぼうっとしてしまって」
「大丈夫ですよ」
今日はバーナード様が誕生日以来に我が家を訪れて下さっていて、現在は自室で向かい合いお茶をしている。相変わらず彼は穏やかで、眩しすぎる笑顔を携えていた。
そんな中でもついキースのことを考えてしまい、しっかりしなければとわたしは軽く自分の頬を叩く。
「今日は結婚式のドレスについても相談しようと思っていたんです。好きなデザインはありますか?」
そう言ってバーナード様がテーブルの上に広げたのは、様々なイメージのドレスが描かれた紙の束で。それらを見ていると、本当に彼ともうすぐ結婚するのだという実感が急に湧いてきて、気が重くなってしまう。
とにかく選ばなくては、と紙を手に取った瞬間だった。
突然部屋のドアが大きな音を立てて開き、ずかずかと部屋の中へと入って来たのは、水色の髪と瞳をした絶世の美女だった。ちなみにわたしにこんな美人の知り合いはいない。
美女は動揺しているわたしの目の前まで歩いてくると、「お前がステラ?」と冷たい目で見下ろした。動揺しつつも返事をすれば、彼女は小馬鹿にしたように鼻を鳴らす。
「何よ、ただのちんちくりんじゃない」
「ち、ちんちく……?」
いきなり部屋の中に不法侵入して来た美女によって、ちんちくりんと貶されているこの状況は一体、何なのだろう。
向かいに座るバーナード様もひどく驚いているようで、知り合いかとでも言いたげな視線を送られたわたしは、ぶんぶんと首を左右に振った。
「おい、ヒルダ! 勝手なことをするな!」
そう言って、次に部屋に入って来たのはキースだった。
……皆さんノックも無しにずかずかと入ってくるものの、一応ここは貴族令嬢の部屋なんですけれど。
そう思っても、これ以上ややこしくなるのは嫌なので黙っておく。しかもバーナード様もいる今、見張りもいたはずなのに誰も止めにくる気配はない。嫌な予感しかしなかった。
「あらキース、追いかけて来てくれたのね! 嬉しいわ」
「追いかけて来たも何も、此処が今の俺の家だ」
ヒルダと呼ばれた美女は嬉しそうにキースの元へ駆け寄ると、彼の腕に抱きついた。けれどすぐにキースはその手を振り払い、「早くユシテアへ帰れ」と言い放つ。
どうやらこの失礼な美女はキースの知人らしい。美男美女の二人が並ぶ姿は悔しいくらいに絵になるな、なんて他人事のように思いながら見つめていた時だった。
「キースがこんな女を好きだなんて、私は認めないから!」
突然美女はわたしを指差し、そう言い放ったのだ。
「…………す……?」
一体何のことかとキースへと視線を移せば、彼は顔を真っ赤にしてわたしから顔を背けた。乙女のような予想外の反応に、言葉を失ってしまう。本当にどうしたと言うのだろう。
「誰が見たってこの小娘より、私の方がいいじゃない!」
「……ヒルダ、頼むからもう帰ってくれ」
「嫌よ、どうせ私が帰ったらこの小娘とイチャイチャするんでしょう! そんなこと許さないんだから」
美女はそう言うと、キッとわたしを睨んだ。本当に何もかも訳がわからない。誰か説明して欲しい。
一方のキースは、未だに照れたように片手でまだ赤い顔の口元を覆っている。全く役に立たなさそうだった。
「失礼ですが、貴女は?」
そんな中、美女にそう尋ねたのは流石のバーナード様だった。彼女はまじまじとバーナード様の顔を眺め「悪くないわね」なんて言った後、どかりとソファに腰掛けた。
王子に対して、首が飛んでもおかしくはない失礼すぎる態度に、わたしは見ているだけで冷や汗が止まらない。けれど流石キースの知人だと、変に納得してしまう自分がいた。
「私はヒルダ。キースの妻になる女よ」
「おい、嘘をつくな」
そしてキースは、ようやくわたしの方を見た。
「すまない、ステラ。ユシテアに戻って少し話をしたら、急にヒルダが此処へ向かってしまったんだ。昔からヒルダは俺よりも移動速度が早いから、追いつけなかった」
もちろん妻だとかいう話は本当に違うからな、とキースは何やらごにょごにょ言っていたけれど。
わたしはそれよりも、キースより移動速度が速いなんてことがあり得るのかと、不思議で仕方なかった。思わずどうやって、という疑問が口から漏れる。
するとヒルダ様は「馬鹿なの?」とでも言いたげな顔で、じろりとわたしを見た。
「飛んできたに決まっているじゃない」
「えっ?」
彼女の言っている意味が余計にわからず、戸惑っているわたしに向かってキースは言った。
「言っていなかったか? ヒルダは俺と同じ竜だ」




