戸惑い
「…………うそ、」
「俺はお前に嘘なんてつかない」
きっぱりとそう言いきったキースに「そ、そうだよね、ごめん」なんて返した後、わたしは再び視線をヒルダ様へと移した。まさか、彼女も竜だったなんて。その事実に、目の前のバーナード様もひどく驚いているようだった。
竜はキースだけではないとは分かっていたけれど、まさかこんなにすぐ出会えるものだとは思っていなかった。彼女の人間離れした美貌にも肯ける。
「ふん、だからこそキースには私がお似合いなのよ」
「は、はあ」
「それなのに、こんな小娘が好きだなんて……」
ヒルダ様はそう言うと、深い深い溜息をついた。
そもそも、そのキースがわたしを好きだとかいう話はどこから出て来たのだろうか。不思議に思ったわたしはヒルダ様の鋭い眼光に怯えながらも、恐る恐る口を開いた。
「あの、それは何かの勘違いでは」
「はぁ?」
「キースはその、恋愛じゃなくて、家族愛だと思います」
わたしがそう言うと、ヒルダ様は元々切れ長のつり目を更に吊り上げた。怖い。美人が怒ると迫力がある。
「あのねえ、キースはアンタに家族として好きだって言われてから、胸が痛くて苦しい、死ぬかもしれないなんて言ってユシテア王国までふらふら飛んで来たのよ!?」
「…………え」
「そんなもの、好きだって言っているようなものじゃない」
そんな言葉を受けてキースを見れば、彼は真っ赤な顔をしてわたしを見ていて。その表情を見た瞬間、わたしは頭を思い切り殴られたような衝撃を受けていた。
……え、本当に?
「わたしのこと、そ、そういう風に好きなの……?」
「……知らん」
「知らんって……」
そう言うとキースはふい、と顔をわたしから逸らした。照れているようにも見えて、わたしは余計に混乱してしまう。
「は? 何よこのウエディングドレス。まさかキースともう結婚するつもり!?」
そんな中、テーブルの上に広げられていたドレスのデザイン画を乱暴に手に取り、ヒルダ様はそんな声を上げた。
「これは俺と彼女の結婚式のものですよ」
そして空気になりかけていたバーナード様が、そう言ったことでわたしは我に返った。好きだとか何だとか、婚約者の前でなんという会話をしているのだろうか。
「は、何? あんた達結婚するの?」
「はい」
「あらあらあら、それはそれは」
急にヒルダ様は笑顔を浮かべると、先程とは打って変わって、手に持っていた紙をそっとテーブルに置いた。
「人間は人間同士、さっさとくっつ、」
すると次の瞬間、目の前に黒い炎が一瞬にして広がり、あっという間にテーブルは燃えて無くなっていた。
茫然としながら視線を彷徨わせていると、不機嫌な顔をしたキースがテーブルがあった筈の場所に向かって手をかざしているのが見え、わたしはひどい目眩に襲われたのだった。
◇◇◇
「心配したのよ、いきなり居なくなるから」
「俺は簡単には死なない」
「そういう問題じゃないの」
わたしはベッドに腰掛け、キースは少し離れた場所にあるソファに珍しくきちんと座っていた。一緒にいてこんなに離れて会話することも初めてで、違和感すら感じてしまう。
……あの後、バーナード様に謝り倒し、また後日ゆっくり話をしようということで今日のところはお開きになった。
「ヒルダ様は?」
「追い出した」
「そ、そうなんだ」
「…………」
「…………」
気まずい沈黙が続く。キースとこんなにも気まずくなったのは初めてで、今までどんな風に一緒に過ごしていたのか思い出せないくらいだった。
「どうして、燃やしたの」
「腹が立った」
「それでも、勝手にあんなことをするのは駄目でしょう」
テーブルはともかく、デザイン画だってきっと一流のデザイナーがわたしの為に一生懸命考えてくれたものに違いない。そう思うと心が痛んだ。バーナード様に対しても、失礼にも程がある。
真剣な表情のまま彼をじっと見つめていると、キースの整った顔がだんだんと不安げなものへと変わっていく。
「怒っているのか」
「そうよ」
「……嫌いに、なったのか」
「そうかもね」
たまにはお灸を据えるつもりでそう言えば、キースの身体がびくりと跳ねた。
やがて俯いたままキースはふらふらとわたしの元へとやって来ると、ベッドに座っているわたしの腰にぎゅっと腕を回した。顔はお腹にあたりに埋めていて表情は見えないけれど、その姿はまるで縋り付いているようにも見える。
「えっ?」
つい頭を撫でそうになるのを堪えていると、顔を上げたキースの両の目からは、ぽろぽろと涙が溢れていて。
予想もしていなかったその反応に、わたしは石像のように固まってしまったのだった。




