第3話 幽霊を探し訪ねて 〝為做せ旅館〟 2/4
カーナビと手書きの地図を照らし合わせながらカエ姉は最短ルートで車を走らせる。
と、Y字に分岐した道に差し掛かり、車を車道脇に停車させてた。
「あれー……この道、ナビに載ってないけど近いのかな?」
難しい顔でカエ姉は、栞乃の書いたあみだくじのような線を指でなぞる。
「栞乃、これってショートカットできる道?」
「……ん? …… ??? ん? ……分からないのだ」
もはや描いた本人ですら解読不可な地図だった。
「でも絶対ショートカットよね。間違いないわ、行ってみましょう」
とカエ姉は、助手席でエチケット袋をスタンバイしているハルを横目に、
「ハルが乗り物酔いすることをすっかり忘れてたわ……オヤジの車で来れば良かった、失敗したー」
そう言って、ナビに載っていない道へウィンカーを点滅させた。
走行して行くと車道はどんどん狭くなり、遂に一車線の細い狭隘道路になってしまった。
アスファルトには罅が入って、所々に穴があいている。
両脇には樹木が茂っており木のトンネル状態だ。山の細道に歩道はない。
仮にあったとしても、落ち葉だらけで歩けたものではない。
そのため路肩との境目ははっきりと分からない。
夕日が山陰に隠れた。
車の頭上にはトンネルと化した木の枝が幾重にも覆い被さって光はまったく届かず。
カエ姉は暗い細道を白いヘッドライトの光を頼りに慎重に運転する。
車内に、だんだんと重い空気が漂いはじめた。
「こんな道で対向車が来たら、すれ違えないよね?」
千秋は不安そうだ。
キミは窓ガラスに額をつけて外を眺めた。
路肩との距離が1メートルの余裕もない。
反対側の座席に座る栞乃も、
「こっちも同じくらいなのだ。大きな石がゴロゴロしているのだ」
小さな穴にタイヤが落ちて車が揺れると、ハルは「ん」とか「う」と短く呻いた。
その度にカエ姉は「あぁ」とか「この車ではヤメテ……」と悲痛な声を漏らす。
と、前方に。
大きな表看板が煌々とライトアップされた建物が見えて来た。
看板には毛筆調で『宿』とある。
「よかった~~~はぁああ」
看板を見るなりカエ姉は安堵した。
「今日はあの宿に決まり! 誰がなんと言っても決まりだよ! 満室でもハルだけは泊めてもらおう! みんなは車泊でも文句言うなし! 今決まった決定事項だからね!!」
「「異議なーーし」」
皆、カエ姉の気持ちを汲み取って異論を唱える者はいない。
車道から二三歩の距離で宿の玄関口があり、そこだけ歩道の白線が引かれていた。
カエ姉が玄関に車を横付けする。
「栞乃ー、空室あるか聞いて来て。ここで待ってるからさ」
キミは栞乃だけでは頼りないと思い、
「俺も一緒に行く」と言って、一緒に車を降りた。
宿の玄関は柿渋の塗ってある古くて重そうな格子戸で、磨りガラスが嵌っている。
その格子戸を栞乃が開ける。
ガラッガラッ、ガラガラ――
なんとも年季の入った音とともに懐かしさを感じる橙色の明かりが漏れてきた。
「うわあぁ……!」
栞乃の感動の混じる溜息。
玄関に入ると。
そこはまるで大正か昭和の時代に迷い込んだような趣ある佇まい。
天井からぶら下がったヤニの付いた笠の下に、二股ソケットに納まった電球が、玄関から入った、入口の間を橙色に照らしていた。
黒くて艶のある立派な柱に電球が映り込んでいる。
大正ロマン、あるいは昭和モダンの世界だった。
正面の壁には『家族みんなでオロナイン』の和服を着たオバサンと『おいしいですよ! オロナミンCドリンク』の丸めがねをかけたオッサンのホーロー看板。
さらにその横には、サッポロビールの薄気味悪い女のポスターや、右読みで『味の素』と描かれたポスターが貼ってある。
かなり昔から営業している宿だとが窺い知れる。
この入口の間から見える待ち合い所には、小さなテーブルがあって肘掛け椅子が四つ並んでいる。
その手前には革張りの長椅子が、敷かれた赤絨毯の上に置かれている。
棚には顔のテカった福助人形やこけしや蓄音機やらが並べてあり、脇にチクタクチクタクと振り子のある柱時計が動いていた。
「お客様、でしょうか?」
左の方から片言で言われた。
「びっ、びっくりしたのだ!」
声のした方へ目をやれば、左手に帳場がある。
そこにシャツの上に半被を羽織ってネクタイを締めた男性が立っていた。
「ああ、驚かせたようですみません」
「あの……予約はしていないのですが」
とキミは、格子戸を開け広げて言う。
「今日、部屋空いていますか? 男1人で女4人なんですけど」
車が少しバックして、車内から顔を覗かせたカエ姉達が、この玄関の雰囲気に驚いた。
すると、宿の奥から赤絨毯を歩いて白い顔の仲居さんが来た。
キミに会釈をして、半被姿の男性と二言三言、言葉を交わした。
「男性1名様、女性4名様。2部屋で、宜しいでしょうか」
と中居さんが言った。
「泊めて頂けるんですか?」
「喜んでお部屋をご用意させて頂きます」
「助かったのだー!」
栞乃はニカッと笑って、車に向かって腕を広げると頭の上で大きく丸を作った。
「お車は道を挟んだ向かいに駐車場がございますので、そちらへどうぞ」
半被姿の男性が慌ただしく玄関先に出て行き、横断歩道を渡ってカエ姉を駐車場に誘導する。
駐車場は、車5台ほどとマイクロバス1台で満車になるような狭いもので、真ん中にぽつんと、青白い蛍光灯の外灯が設置されていた。
道路に面した入口を除いて駐車場は森で囲まれている。そのせいで、外灯には虫がたかっていた。
車に積んだ荷物を下ろすため、キミと栞乃は駐車場へ向かう。
「ふる~い旅館なのだ、きっと幽霊が出るに違いないのだ」
「古けりゃどこの旅館にも出るのか? 空気みたいにワラワラしていないだろ?」
「古い旅館に幽霊は憑き物なのだ。怪談の辞書に載っているのだ」
「迷惑な辞書だなあ。んじゃ、オープンしたての旅館に幽霊はいないのか?」
「新しい旅館にも、やっぱり幽霊はいるのだ。心霊現象の絶えない旅館は山ほどあるのだ」
「なんじゃそりゃ。結局、旅館なら湧いて出るのかよ。全国の女将が泣くぞ」
「幽霊が出るとしたらのんびりできないのだ! 戦闘・防衛準備に取りかかるのだ!!」
栞乃は駐車場に駆け出した。
キミは、栞乃がまた何かやらかすと思い、
「怒られたばかりだろ! ちょっと待て!」
と手を伸ばして忠告したが、栞乃の耳に届かなかった。
栞乃はテールゲートを開けて荷物を取り出しているカエ姉達を押しのけると肩ひもの付いた水鉄砲を背負った。
「こら栞乃! 何してんの!」
カエ姉が怒鳴った。
「幽霊が出るかもしれないのだ!」
続けて栞乃は伯方の塩が入ったクラフト紙袋の封を開ける。
「なに馬鹿なこと言ってるの! そんなの出るわけないでしょ!」
「みんなを守るためなのだ!」
栞乃は車のリアシートを倒してスペースを作る。
「幽霊が出たら手遅れになるのだ!!」
「あんたの脳みそがもう手遅れだよ!」
栞乃の首根っこを掴んで車から引きずり出したカエ姉が、
――スパーーン!
思いっきり栞乃の頭を引っ叩いた。
目を丸くする千秋とハルに半被姿の男性。
男性からすれば、20キロもの伯方の塩を車に積みで山深いこの土地で場違いなほど大きな水鉄砲を背負った女の子が、勤めている旅館に幽霊が出ると言い出して、突然、目の前で叩かれる様を目撃したものだから、目を丸くしたうえに開いた口が塞がらない。
「あはは、どうもすいません。この子ったら失礼なことを言ってしまって」
まるで母親が電話に出る時のような余所行きの声で、カエ姉は男性に謝った。
その横で、栞乃は背中を丸めてしゃがみ込み、頭を押さえている。
「いったい何があったの?」
ハルがキミに尋ねて来た。
キミはやれやれといった感じで、
「栞乃曰く、古くても新しくても旅館には幽霊が出る。出てからじゃ遅いんで、今から戦闘準備だとさ」
「あぁ確かに」と千秋が荷物片手に、
「玄関の雰囲気からして栞乃が思いつきそうな、そんな衝動に駆られるんじゃないかと予想したわ……」
「こら千秋、失礼でしょ」
カエ姉が男性を気にして言う。
男性は、はははと笑って、
「いえいえ失礼しました。長く番頭を勤めていますが、お越しになったお客様は皆さんそう言われます」
「そうなんですかぁ。歴史のある旅館なんですねー……ほらあんた達、ぼやぼやしてないで行くわよ」
車のドアをロックしたカエ姉は、キミとハルの荷物を両手に持った番頭と並んで、旅館に歩いて行く。
「栞乃ちゃん、大丈夫? 痛くない?」
ハルは栞乃の脇にしゃがんで、叩かれた頭をすりすり撫でてあげている。
その傍らには栞乃のリュックサックが転がっていた。
「ぅぅう……大丈夫じゃないのだ……」




