第3話 幽霊を探し訪ねて 〝為做せ旅館〟 3/4
部屋の用意が整うまで、キミは帳場前のテーブル席に着いて仲居さんが呼びに来るのを待っていた。
「ねえ、こっちに遊戯場があるよ」
通路の先で、千秋がキミに呼びかけた。
キミは椅子から腰を上げ、声がした方へ行く。
千秋が手を後ろで組んでドアのプレートを見つめていた。
プレートには『遊戯場』とある。
「何があるのかな?」
ドアに嵌ったひし形のステンドグラスを覗き込む千秋。
キミはドアノブに手をかけて開けてみた。
スー、と音もなく開く。室内は真っ暗。
廊下に灯る橙色の明かりが遊戯場に射し込んで手前に設置されたガラステーブルに反射した。
「あ、これってインベーダーゲームじゃない? テレビで見たことあるよ」
千秋に言われて、よーく確認してみると、ガラステーブルはスペースインベーダーのテーブル型アーケード筐体だった。
それに合わせて丸い筒状の椅子がポンと置かれている。赤い革ビニールのツヤツヤした椅子だ。
「これ鑑定に出したら、いったい幾らの値がつくんだろ。古い旅館だとは思ったけど、『ナウでヤングな』時代で時間がストップしてるだなあ……」
「あっちにはスマートボールがあるよ、ピンボールみたいなやつ。前にテレビの温泉街特集で観たことあるもん。古いよねぇ……ビリヤード台もあるし」
暗い室内に頭だけ入れて覗いていると、キミのすぐ背後で、
「お部屋のご用意が終わりましたので」
冷たく平坦な声をかけられた。
「うわぁっ」と振り返る。
仲居さんが立っていた。
白粉を塗ったように真っ白な厚化粧の顔に、またびっくりした。
驚いたのか、怖いのか、千秋がキミの手をつかんで握ってくる。
宿の奥から赤絨毯を敷いた通路を歩いてやって来る半被姿の番頭さん、
「お部屋までご案内させていただきます。お荷物をお持ちします」
カエ姉の荷物を持つ。
中居さんも、
「こちらへ」
と言い、番頭の方へくるりと向いて歩いて行って荷物を持った。
「今ちょっぴり怖かった……栞乃じゃないけど幽霊が出そうな感じ」
キミの耳もとで、千秋がそう言った。
栞乃は、カエ姉に怒られたのがよっぽど堪えたのか落胆したままハルと手をつないでいる。
リュックサックを胸の前で背負って、仲居さんの顔を見ても、何の興味もリアクションも示さずに俯いてしまい、すっかり意気消沈だ。
番頭と仲居さんの後に着いて長い通路を歩く。
角を曲がると前方右に『ゆ』とある紺と紅の暖簾が見えて来た。
「男性の方は」
と、番頭は左手にある部屋の襖を開けた。
キミは荷物を受け取って部屋の入口に置いた。
続けて番頭は、
「女性の方はこちらになりますので」
隣の部屋の襖を開けた。
「それで……お食事はいかがなさいますか? お膳の方は、」
「ああ、みんな一緒に食べますからこっちに運んでください」
カエ姉が番頭に言った。
キミもひとりで食べるのは寂しいので「それで良いです」と頷く。
「それではごゆっくり、お過ごしくださいませ」
番頭と仲居さんが軽く頭を下げた。
「それじゃ、また後でね」
千秋がキミに手を振って女子部屋へ入って行った。
キミも男子部屋に入り、「ふぅ」と息を吐いて辺りを見る。
八畳程の和室で床の間と押入れがあって、正面に広縁がある。
しかし。
黒い座卓の脇にも入口付近にも、電気ポットや魔法瓶がない。
急須や湯呑茶碗が収めてある茶櫃もない。
通しの和菓子もない。
冷蔵庫もない。
「冷蔵庫もない……どこの旅館やホテルでも必ずあるようなものだけど」
とキミはテレビでも見ようとリモコンを探した。が、まずテレビが置かれていない。
宿の案内や避難経路を記した紙1枚だって見当たらない。
「古いからって何にも無いのかよ……サービス悪いなあ」
仕方ないので、外の景色を眺めて気分を変えようと、広縁に行って障子を開けた。
窓から見えるのは鬱蒼とした薮だった。
手を出せば掴める距離にある。
目の前に広がるオーシャンビューやマウンテンビューというのはあるが、キミの前にはブッシュビューが迫って来る勢いで広がっていてとてつもなく圧迫感がある。
森を開拓して旅館を建てたというよりは、まるでこの旅館が空から降ってきて、木々を下敷きに埋もれた感じだ。
キミは蓋をするようにピシャリと障子を閉め、
「駄ぁ目だこりゃあ、女子部屋に行って料理が来るのを待とう……」
部屋の襖を開けて廊下に出る。
すると同時に、女子部屋の襖も開いた。
小袋を手に提げたカエ姉。その後ろから、
「うらら~お風呂なのだーうらら~」
自作の歌を暢気に口ずさみ、両手に着替えを抱えた栞乃が部屋から出てきた。
千秋も一緒で、キミに、
「夕食の前に入っちゃおうってカエ姉が」
「そそ。栞乃が凹んじゃって。頭叩いちゃったし、仲直りで一緒にお風呂だよ」
風呂上がりのビールも楽しみだからね~、とカエ姉は暖簾をくぐって行く。
「ご飯がきてもちゃんと残しておくのだ!」
栞乃は意外とまじめな顔。
お腹と背中がくっつく直前らしい。気持ちはV字回復したようだ。
「栞乃のお膳に箸は付けねーよ。食い意地だけは一人前だなもう……ハルは一緒じゃないのか?」
「車酔いでまだ気持ち悪いから部屋にいるのだ。本当にご飯食べちゃダメなのだ!」
「早く風呂入ってこいよ……部屋で待ってるから」
「え? 部屋に行くの?」
キミの言葉に千秋は少し戸惑った。
そして、
「あーなんだか急にお腹減ってきたかも。うん、お風呂は食後にしようかなー」
「千秋も一緒にお風呂に入るのだ! ご飯はそのあとなのだ!!」
「あ、ちょっ! 栞乃ってば!」
自分の夕食に手を出されると思ったらしい栞乃に、千秋は袖を掴まれた。
「あぁん、お腹空いたの! 部屋に2人っきりにしちゃ、」
言いつつ千秋は、栞乃に無理矢理引っ張られて暖簾の奥へ消えて行った。




