第2話 幽霊を探し訪ねて 〝下り坂の先〟 4/4
交差点での調査は一時間以上続いている。
歩道の縁石に立った栞乃は、車の往来に注意深く目を光らせている。
その後ろで千秋が、
「学校の宿題はすぐ根をあげるのに、どうしてこんなことには根気強いのかな?」
「怒らせて意地になったところにこの看板だからな」
キミはしげしげと看板を見た。
すると、ぐったりした様子のハルが、
「でもそろそろ諦めてもらおう? みんなで謝れば許してくれると思う」
雨が降っているため、地面に腰を下ろすわけにもいかず、傘を差している腕も限界だった。
キミはハルの体を気遣い、栞乃に謝りと調査の打ち切りを言うべく歩み出た。
そのとき――
今まで降っていた雨がぴたりとやんだ。
そして嘘のように太陽の光が射し込んで辺り一面、眩しい光に包み込まれた。
水たまりがキラキラと反射して幻想的な世界。
澄んだ空気にアスファルトの臭いが混じった雨上がり特有の臭いがする。
キミは傘を閉じた。
「「うわぁ……」」
すぐ背後で声がして、キミは何の気なしに後ろを振り向く。
表情を強張らせた千秋とハルが固まっていた。
キミの後ろを見ている。
「?」
キミは向き直って前を見た。
縁石に立っている栞乃。黄色い傘が小刻みに震えている。
栞乃は傘を差しているから、正面しか見えていないはず。
キミは黄色の傘から目線を逸らし、前方へ向ける。
信号で一時停止している車のタイヤが目に入る。次いで知らない会社のロゴ。商用車だ。ライトバン。
「うぁあ」
栞乃が後ずさりして、キミにぶつかった。
キミは栞乃を受け止めて商用車の車内へ目を向けた。
商用車の助手席にいる女がキミをじっと睨んでいる。
女は、焼け焦げて縮れた髪の毛が頬に引っ付いてその頬は赤黒く、耳がない。
頭はザックリと割れて、周囲の髪は強い力で毟られたのか肌ごと禿げて流血している。垂れた血が、焦げた服に染み込んで黒く変色していた。
ライトバンを運転するのは男性で、キミと栞乃、後ろ立っている千秋とハルを不思議そうな目で見た。
運転席の男性は助手席に乗っている女に気づいていない。見えていない。
キミは、こいつは生きてる人間の軀じゃない! と思ったのと同時に体が固まった。
女が、車の進行方向を向いて歪な唇を動かした。何か言っている。
男性はこちらに向けた視線をふっと進行方向に戻し、女を乗せたまま車を発進させた。
と、橋の下り坂を走ってくる水色のフィットが見えた。カエ姉だ。
「止まるのだ!!」
栞乃が叫んだ。
その声に、キミは体の硬直が解けた。
ぶつかる! 衝突する!
キミは咄嗟に手に持った傘を頭の上で振って必死に、止まれ! と呼びかけた。
その刹那。
ブレーキの鋭い音が響き、衝突の振動が地面を走って足に伝わった。
カエ姉の車は間一髪の所で停止。
商用車は、橋へ向かう別の車と出合頭の交通事故を起こした。
下り坂を走って来たカエ姉は真っ青な顔をして車を降りて、目の鼻の先で起きた事故現場へ駆け寄る。
キミも現場に走り、後ろに女子3人が続く。
商用車は横から突っ込まれてフロント部分の半分が潰れていた。
突っ込んだ車もフロントが潰れ、ボンネットがくの字にひしゃげて白い煙を上げている。
どちらの車もエアバックが膨れているのが見える。
突っ込んで来た車の運転手が頭を押さえて出てきた。
キミは商用車の方へ行き、運転手側のドアを開ける。が、ロックされて開かない。
運転手の男性はエアバックに顔を埋めている。
「大丈夫ですか!」
キミは窓ガラスを叩いて呼びかけた。
呼びかけに反応した男性だが、意識が朦朧としていて、ドアをガタガタ開けようとする。
なんとかロックを解除てドアを開けると、這うようにして外に出て来た。
「助手席には誰もいないのだ……」
栞乃が助手席を確認する。
本やファイルが散乱しているだけで、女の姿はなかった。
「嘘だろ……俺は焼けただれた女を見た」
キミと同じく、栞乃も千秋もハルも目撃したと言った。
しかし、女の姿はなかった。
ほどなくして、パトカーが来た。
警察官の事故発生直後の聞き取りは手慣れたものだ。
「それでこの事故、どちらかの信号無視になるけれども。あなたは、そこの信号が赤なのか青なのか、確認していなかった?」
警察官がカエ姉に訊く。
「……いいえ、あの時は雨が上がった直後で、濡れた路面に光が反射して眩しくて目を細めていました。だから信号が何色だったか判別できませんでした。反対車線の車がスピードを緩めなかったので青なんだな、と……」
カエ姉の答えに警察官は溜息を吐いた。
警察官はキミに、
「どっちが青だったか見ていないかな?」
「それが見てないんです……というか、それよりも……」
「それよりも?」
「突っ込まれた車に女が乗っていたのだ! 女が何かを言った直後に車が進んだのだ! そしたらぶつかったのだ! でも女はどこにもいなかったのだ……焼けただれた女の幽霊だったのだ。おまわりさん、嘘じゃないのだ!」
キミも千秋もハルも「うんうん」と首を縦に振る。
「またか。そんなの書類に書けないよ。オカルトで書類が作れたら苦労はない……」
警察官はうんざりした顔で言った。
「おまわりさん! 『また』って何なのだ!?」
警察官は、かぶっていた帽子を取ると頭を掻いて、
「この交差点で起きた最初の交通事故が酷くってね……」
噂の始まりを聞かせてくれた。
季節は冬――
橋を渡ってきた車がこの交差点に差し掛かり、信号が赤に変わったので止まろうとした。
だが、凍結した路面でスリップし、この車の後ろを走行していた大型トラックの運転手が驚いてブレーキを踏んだせいでトラックもスリップを起こした。
トラックは前方にいた車4台に追突。
さらに交差点の中央で横倒しになって車を1台下敷きにして炎上した。
「車3台を巻き添えに、火はあっという間に燃え移ってしまって死亡者7人をだす大事故。そのとき燃える車から飛び出した全身火だるまの被害者が走り回るのを目撃した人もいて、事故現場はそれは凄まじかったんだ。事故は新しい橋が完成してから。古い橋の頃は、この交差点に差し掛かる下り坂は右にカーブしていて昔の方が危険だったけど……今は見通しが良い分、油断するのかねぇ?」
「それじゃあ……俺たちが見たあの女は……」
キミは背筋に冷たいものを感じた。
「オカルトは信じないけど……女以外にも目撃情報はある」
と警察官はボソリと言った。
「そういう類いが乗っていた車にはどういうわけか必ずドアにロックがしてあるんだ」




