第1話 “土葬する手” 3/3
夕食後。
みんなで焚き火の炎を見つめているとカエ姉が、
「もう夜も遅いし就寝~。火を消してテントに入ること~」
酒のつまみがなくなった事で寝るようだ。
入口を向かい合わせて設置した2つのテントのうち、小さいテントにカエ姉が入って行く。
小さいテントは男性用で、キミが寝るテント。
キミは焚き火に水をかけながら言う。
「カエ姉、そっちは俺が寝るテントだって」
「んあ? そっちのテントに4人だと狭いし暑いし寝苦しいし」
カエ姉はマットの上に横になって毛布を1枚かけ、
「大丈夫、生徒に手は出さないから」
「生徒じゃなかったら出すのかよ」
ボソッと口に出すと、むくっと起き上がったカエ姉がキミをじぃーと見て、
「アリ、かな……」
「ないわよ」即答する千秋。
その隣でハルが、頭をこっくりこっくりさせている栞乃と手をつないでテントへ誘導し、
「おやすみなのだぁ……」
「おやすみなさい」
2人は大きいテントに入って行く。
千秋はテーブルの上を片付けている。
キミは火の始末の仕上げとしてシャベルで砂を被せた。
そして小さいテント入口の横にシャベルを突き刺し、登山靴を脱いでテントに入る。
テント入口は防水加工を施した生地と蚊帳のようなメッシュ生地の2枚。今は防水加工の生地を捲り上げ、メッシュ生地だけ。入口をファスナーで閉じて虫が入ってこないようにする。
女子組のテントは、四方に大きなメッシュがあって風通しがいい。が、キミのテントは入口にしかメッシュがなくて風通しが悪い。
そのため、テントに入った瞬間カエ姉から酒のニオイがぷんぷん臭ってきて、テントに充満する。
キミは、酒くせぇと文句を言った。
「おやすみ~」
片付けを終えた千秋がテントに入った。
キミは、しょうがない寝るかぁ、と寝袋に体を入れて眠りにつく。
女子組のテントでライトのスイッチを切る音がした。
途端に闇の世界に変わった。
物音のしない無音。
虫の鳴く音も、動物の鳴き声も、木々の葉の揺れる音さえもない。
すべての音が闇に吸い込まれたかのように、キャンプ場は静まり返った。
その中でキミは少しずつ暗闇に目が慣れて来た。
天井を見ていると、テントが星明かりに照らされていることに気がついた。
しかしその明かりは雲に遮られて、ふっと暗くなった。これに合わせてキミは瞼を閉じた。
「臭うよねぇ?」
その声に、キミは目が覚めた。
朝ではない。外はまだ暗い。
キミは、千秋か? と言った。
「あ、起きてた?」
「いや。今声がしてさ……何かあったのか」
「……臭いがするの」
「くさいのだ」
ハルと栞乃も起きている。
キミは臭いを嗅ぐまでもなく、
「カエ姉の酒のニオイか。俺の方まで酔っ払っちゃうよ、酷いよ。頭が痛くなって来た」
そっちまで臭っていくなんて相当だぜ、と言った。
「お酒のニオイじゃないの」とハル。
「え?」
「土臭い……ヘドロ臭いの」
「さっきから臭ってるのだ」
「酒のニオイじゃなかったら、何なんだ?」
キミはライトを点灯させ、カエ姉の顔を照らした。
カエ姉は明かりを嫌うことなく、すぅすぅ寝息を立てて熟睡している。
女子組のテントからカチッカチッとライトを点灯させる音がして、2つの明かりがキミを照らした。
「外……かなぁ……」
ハルが言った。が、四方がメッシュで外を窺える女子組のテントとは違い、キミのテントは入口からでしか外の様子を窺うことができない。
そのためキミは入口を開けて、上半身を外に出す。
外は星明かりもなく無風だった。
女子3人も入口を開けて、キミと向い合うように体を出す。
「このニオイ、露天風呂を掻き回したあのニオイに似ているのだ」
「……言われてみればそうかも」
栞乃と千秋が言い、キミは露天風呂の方向へライトを向けた。
続けて2つの明かりもそちらを照らす。
きみは顔をしかめて、
「無風だぞ。露天風呂からテントのあるこの場所まで臭ってくるか?」
露天風呂で嗅いだ鼻につくあの腐敗臭が、今は鼻孔にねっとり纏わりつくほど強く漂っている。
ず、ぬぷっ……ず、ず……ぬぷっ――
不意に、キミと女子3人が背を向けているすぐ後ろで音がした。
田んぼの中を歩いているような、ぬかるみに足を取られながらも歩くような音。
キミの背後。感じる気配は得ないの知れない何かだ。
ライトの一つが小刻みに震えだしたのを見て、キミは言った。
「い……いいか。1、2の3で振り返ろう……」
女子の反応がないのは、『それでいい』という意味。
「いち……にの、――さん!」
皆一斉に振り返る。
ライトを当てる。
照らし出される地面。
何もない。
「な、なんでもないのだ」
「でも確かに気配があった」
「ぬかるんだ音もしたよ」
栞乃、千秋、ハルが言う。
キミも気配を感じて、音も聞いた。
「けど……異常はないよな」
『――ほんとにないか?』
背後で声がして、キミはまた振り返る。
露天風呂の方へライトを向けた。
と、キミの視界のすぐ下でひょこひょこと動く物がある。
ふっとライトをさげる。
地面から男の顔と手が出ていた。
血を抜かれたような青紫の顔と、うっ血した手。
キミは思わず体を仰け反らせる。
「「デターーーーーー!!」」
栞乃と千秋が大声を上げた。
ハルは目を見開いたまま後ろに倒れてテントの中で気絶した。
地面からでた男は紫色の手で空を掻き回しながらキミに伸びてきた!
「うわあ! やめろ、くるな!」
足を掴まれる直前、キミは足を引っ込めて後ずさりした。
尚もその手はキミに迫ってくる。水面を泳ぐように男の頭は地面を浮き沈みして近づいてくる。
キミを見上げながら、男は目線を外さず向かってくる。
「うあああああああああ!!」
栞乃が叫んだ。
テント入口に突き刺したシャベルを持つ。
振り上げた。
パニックに陥った千秋。
キミの登山靴へ手を入れた。
振りかぶった。
――次の瞬間。
男の頭めがけてシャベルが振り下ろされた。
男の顔面めがけて登山靴の硬い凸凹が殴り下ろされた。
バコン! ズカッ! バコン! ズカッ! バコン! ズカッ! バコン! ズカッ!
栞乃と千秋はまるで餅つきのように息の合った猛攻を繰り出した!
転がったライトが飛び散る砂や土や小石を照らしだす。
土煙とも砂埃ともわからない煙が立ちのぼる。
バコン! ズカッ! バコン! ズカッ! バコン! ズカッ! バコン! ズカッ!
やっているうちに男の頭と手が見えなくなった。
キミは、地面に近い所は引きずり込まれると叫んだ。
シャベルと登山靴を放りだす栞乃と千秋。
そしてキミは、少しでも地面から高い場所へ逃げようとした。
食事をしたテーブルの上に乗って肩を寄せ合う。
「たぶん佐々木と藤田は気づかなかったのだ!」
「何が!」
「男は腐った悪臭を放っているのだ!」
「それがどうした!」
あまりの恐怖からキミはむしろ怒りが湧いてきた。
栞乃は半べそで、
「佐々木が地面に引きずり込まれた時、腐敗臭を嗅いでいたのだ! でも、露天風呂で嗅いだ腐敗臭が鼻に残っていたせいで、男の接近に気がつかなかったのだ!」
「じゃあ佐々木が掘り起こされた跡がなかったのはどういう事だ!」
「知らないのだぁああ」
栞乃はついに泣き出した。
「今は一秒でも早く太陽が昇ってほしい!」
千秋が切実に言った。
キミが真ん中で、抱きついてくる栞乃と千秋はぶるぶる震えている。キミも体育座りで膝を抱えて震えた。
「ふわぁ~、よーく寝たなぁ。快眠、快眠っと」
伸びをしたカエ姉がテントからひょっこり顔をだした。
「あれれ、ハル、そんな倒れたような寝方じゃ寝違えちゃう……って、あなた達は何でテーブルの上で固まってるのさ? それに目の下にクマ作っちゃって」
カエ姉はあっけらかんとしてキミたち3人に言った。
「セルフ土葬されるところだったのだ……」
「はい?」
何言ってんの、という表情のカエ姉にキミは、
「……出たんだよ……佐々木を地面に引きずり込んだ手が……」
「太陽が昇っても、怖くて地面に足が付けられないのっ!」
「なーに馬鹿なこと言ってるの。昔から手の込んだイタズラばっかりしてこの子達は……コレもそのひとつなんでしょ。帰る前に片付けておきなさいよ」
あくびをしながらカエ姉はある物を指差した。
怖々と栞乃が地面をちょんちょんとつま先で突っつき、安全確認をしてテーブルから下りた。
キミと千秋もやっとテーブルを下りて、カエ姉の言ったコレを見た。
栞乃が男に振り下ろしたシャベル。
取っ手を逆さまに、土に半分埋まっていた。
そしてキミの登山靴の緩んだ紐が土に埋まっていた。
まるで地中に引きずり込もとしたかのように……。
周りを掘って埋めた形跡がないのを確かめてキミは、
「どうやればシャベルがこんな風になるんだ?」
「こっちが聞きたいのだ」
キミはシャベルの足をかける箇所を逆手に持って、ダンベルを持ち上げるように引き上げる。
ずず、ぬぷっっ――
泥から引き抜くような音を立てながらヌルっと抜けた。と同時に腐敗臭がした。
不思議なことに、シャベルを引っこ抜くと地面には抜いた形跡は残らなかった。
帰りの軽トラの荷台で、ハルが言った。
「地面から出てきた男の人、夕食を作ってる時に来たオジサンだった」




