第1話 “土葬する手” 2/3
年に数回はキャンプをする。
夏休みになれば、村の集落の回覧板に毎年催される子ども達のキャンプ教室の知らせが回ってくる。
虫取り網を持って、カブトムシだとかセミだとかを追いかける子どもから、いつしかそんな子ども達に焚き火のやり方や飯盒で炊飯の仕方を教える立場になっていた。
今年も参加するために、キミは新品の登山靴を購入してあった。
岩場でもしっかり踏ん張れるように、靴底の硬い凸凹したハイカットの登山靴だ。
寝袋やライトなどは自前で持っているし、栞乃がテントを準備する。
みんなで出したお金で、千秋が食料を用意することになっている。
一応、念のために、キミはシャベルを持って行くとにした。
そして土曜日。
Kキャンプ場は温泉が出ないため、キミは自宅のお風呂で済ませた。
玄関前で待っていると、白い軽トラが走って来た。
「お待たせなのだー!」
助手席の窓から顔を出した栞乃がブンブン手を振っている。運転手はカエ姉だ。
玄関前に軽トラが停車する。
後ろの荷台にはキャンプ用品と一緒に千秋とハルが乗っていた。
全員チェック柄の長袖――通称『山シャツ』に、トレッキングパンツを穿いて、帽子をかぶっている。
「荷物を乗せて出発進行なのだ!」
キミは軽トラの荷台に颯爽と乗り込む。
カエ姉がアクセルを踏むと、荷台を心地よい風が過ぎてゆく。
Kキャンプ場に行くには曲がりくねった山道を通る。荷物もあるため、軽トラの方が何かと都合が良い。
がたがた揺られていると千秋が、
「みんなでキャンプなんだってお婆ちゃんに言ったら、畑で収穫したトウモロコシ貰っちゃった。これで焼きトウモロコシ作れるよ」
トウモロコシの入ったリュックサックを抱いた。
キミは、荷台に積んであるバーベキューグリルを見て、
「あぁー、砂糖醤油で焼くとウマいよなぁ。ちょっと焦げた所がまたウマい」
「でしょでしょー? たくさんあるからいっぱい作ってあげる」
千秋はニコニコしてリュックサックを抱く。
と、ハルがクーラボックスに手をおいて、
「キャンプ行くんだってお父さんに言ったら、イノシシ肉を持って行けって持たされたんだ。みんなで食べよう?」
「マジで!? 高級肉じゃん! スゲー、ハルよくやった!」
キミは興奮して言った。
「そ、そうかな」
ハルは照れくさそうに頬を桜色にした。
その横で、千秋が「ま、負けた……」とポツリとつぶやいた。
軽トラがKキャンプ場に到着した。
荷物を下ろし、みんなで手分けしてテントを設置する。大きいテントと小さいテントの2つ。
設置終えるとすぐに栞乃が、
「早速調査開始なのだ! ぐずぐずしてたら日が沈むのだ」
くりりとした瞳を輝かせている。
キミはバーベキューグリルに炭を入れながら言う。
「バーベキューしようぜ。トウモロコシとかイノシシ肉とか話してたら腹減ったし」
「ダメなのだぁ! 遊びに来たわけじゃないのだ!」
「みんなで仲良く行ってらっしゃい」
とカエ姉。折りたたみチェアを開いて腰を下ろすと缶ビールをプシュッ!
「ここでちゃんと荷物番してるから。楽しくね」
喉をグビグビ鳴らしてビールを飲み始めた。
「カエ姉もそう言ってるのだ!」
栞乃に背中を押されてキミは渋々キャンプ場を調べに行く。
「あ、私も一緒に行く」と千秋。
ハルはカエ姉と残ってバーベキューの準備、キミと栞乃と千秋で例の露天風呂へと向かう。
キャンプ場は営業していないので手入れがされていない。所々雑草が茂っており、風に吹かれて靡いている。
周囲は広葉樹の木々に囲まれていて、風で擦れる葉の音がザワザワ、ザワザワと山全体に木霊している。
栞乃が話したように、露天風呂までは砂利道だった。
キミは異常がないか辺りを見まわした。
砂利の色が一カ所変色したり、茂った草がそこだけ背丈まで生長していたり、または掘り起こした跡など、まったく見当たらない。
キミは馬鹿馬鹿しく思いながらに言う。
「佐々木はどの辺で引きずり込まれて地面に沈んだんだ? 特に変わった所はないぞ」
「事件をカモフラージュする当局の仕業かもしれないのだ」
「どこの当局だよ。わざわざ隠蔽する意味が分からない」
「露天風呂の方は?」と千秋。
砂利道に怪しい所がないか目を皿のようにして探していた栞乃は、
「……そっちも行ってみるのだ」
少しテンションの下がった様子の栞乃である。
露天風呂と脱衣所は男女別れている。
当然、男湯の方へ。土足のまま乗り込む。
ゴロゴロした岩を積み上げて隙間をコンクリで固めた、5人くらい入浴できそうな丸く形作られた露天風呂。
そこはやはり雨水が溜まっていて、水は濁っている。
水面の境目には緑色のコケが生えていて水底には木の葉っぱが堆積していた。
「お風呂汚いのだ……」
栞乃はさらにテンションと肩を落とした。
落ちていた木の枝で底を掻き回すと、何とも言えない腐敗臭が鼻についた。
キミは鼻を押さえて、
「ココ、虫が湧いてたんだろ……掃除しても入浴する気にはならないよな」
「そうよね……これはちょっと遠慮」
千秋は山シャツの長袖を伸ばして鼻を覆っている。
「どうするの栞乃、まだ調べる?」
「うー……やっぱり怪談はしょせん怪談だったのだ……」
栞乃は木の枝をポイッと捨てて、
「お腹が減ったのだ。ハルと一緒にバーベキューの手伝いをするのだ」
栞乃の切り替えの早さにキミと千秋は、呆れ半分おかしさ半分で顔を見合わせて笑った。
それでもやっぱり栞乃は諦めきれないらしく、帰りの砂利道で周りをきょろきょろと見て怪談の手がかりを探ってみる。が、結局なにも発見できなかった。
キャンプ拠点に戻るとカエ姉はすっかり酔っぱらっていて、その足もとにはビールの空き缶が5、6本転がっていた。
酔っぱらったカエ姉の姿に、ハルは苦笑しつつ、
「村の役場の人かな? 今さっき顔を見せてね、火の取り扱いに注意してって言って帰っちゃった」
と空き缶をゴミ袋に入れながら言った。
キミも空き缶を拾って、
「俺たちが勝手にキャンプしてたことにその人怒ってなかったか?」
「ううん。感じの良いオジサンだったよ。キャンプ場が荒らされないように定期的に見回りに来てるんじゃないかな?」
「ふーん、だったら別に良いけど」
拾った空き缶をゴミ袋に入れる。
「ハル! お肉は!? トウモロコシは!? いい匂いがするのだ!」
栞乃は鼻をヒクヒクさせ言った。美味しそうな香りに腹がグーゥと鳴った。
山シャツの裾を捲って腹を出すと、
「お腹が減って、お腹と背中がくっつく5秒前なのだ!」
「くっつかねーよ」
ツッコミを入れるキミだが、確かに香ばしい匂いに食欲をそそられた。
バーベキューグリルの蓋の内からはジュウジュウと肉の脂が炭で焼けるいい音が聞こえてくる。栞乃の気持ちも分からなくはない。
「それじゃあ夕食にしよっか」とカエ姉。
「「さんせーー!」」
こういうときは皆で口を合わせる。
ハルがグリルの蓋を開けると白い湯気が上がった。
「いい匂いなのだぁ~。この匂いだけで、ご飯三杯は食べられるのだ」
「なんだか貧しい子みたいじゃない……」
トングを持った千秋はげんなり。
「そんなことを言った栞乃にはピーマンとニンジンをたくさん皿に盛っちゃおう」
「ぜんぶ食べるからいいのだ。もりもり食べちゃうのだ」
「あれぇー? 栞乃はどっちも嫌いじゃなかったっけ? 小学校のとき給食に出てきたの食べられなくて、泣いたって話を聞いたよ?」
カエ姉がにやついた表情で言った。顔は真っ赤なのに、今度は地酒を片手に持っている。
酔っ払い方やビールの空き缶から鑑みて、調理をしたのはハル一人で、カエ姉は横から口を出すくらいだったと思われる。
「バーベキューのピーマンとニンジンは別なのだ」
栞乃はテーブルについて、取り皿に盛られた野菜を美味しそうに頬張る。
キミもテーブルにつき、
「その気持ち分かるぞ。家で食べるカレーとキャンプで食べるカレーは違うんだよな」
と、千秋に取ってもらった焼きトウモロコシの焦げたところをふーふーして齧りつく。
砂糖醤油の甘さと焼けた香ばしい匂いが鼻へ抜けてトウモロコシのジューシーな味わいが口いっぱいに広がった。
「美味しい?」と千秋。
キミは親指をたてて、
「熱々でめっちゃウマい。千秋の婆ちゃんに感謝だよ。それに、ハルは料理上手だな」
「なにそれ! 私への感謝の気持ちがない!」
頬を膨らませた千秋が取り皿にピーマンとニンジンをドカドカ盛って、
「ふんっ!」
鼻を鳴らし、キミの前に山盛りの皿を置いた。




