第1話 “土葬する手” 1/3
主人公のキミは、この文章を読んでいる読者です。二人称小説です。
秋田県皆瀬村にある県立皆瀬高校。
皆瀬村は奥羽山脈の山麓に位置しており、宮城県と隣接している麓集落。周囲を深い山々に囲まれた幾つかの集落が歴史とともに村となった東北の田舎である。
そんな皆瀬村で、今、もっとも熱い話題が「怪談なのだ!」とは栞乃の弁。
どうやら新しい怪談を耳にしたらしく、隣のクラスからやってくると開口一番に、
「今回は本当に怖いのだ! 近くのキャンプ場で実際にあった話なのだ!」
高橋栞乃は、キミの机の前でにぱっと笑い、本当に怖いという怪談を聞いてもらいたくてうずうずしている。
キミは机に頬杖をして、「怪談? ふーん」と、栞乃を見上げる。
栞乃は身長の低い小柄な体躯で、横髪がぴょんと外側にハネたショートヘア。
くりりとした瞳の幼い顔つきのせいでよく小学生に間違えられる。
「今までの怪談と今度の怪談はレベルがぜんぜん違うのだ!」
怪談を聞かせたくてしっぽを振る子犬のように落ち着きのない様子。
けれど、怖い雰囲気を醸し出したくて必死に真面目ぶった顔はかえってニマニマとした半端な笑顔になっちゃって、あんまり怖そうではない。
「んじゃ、そのキャンプ場の怪談を話をしてみろ」
キミは仕方なしに、栞乃が仕入れた怪談を聞くことにした。
栞乃はコホンと咳払いをして、
「これは二人の男がバイクツーリングで訪れたKキャンプ場での話なのだ」
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藤田と佐々木は仲の良いツーリング友だち。
2人とも大の温泉好きで、温泉のあるキャンプ場(それも秘湯だとか穴場スポットというキャンプ場)をインターネットで調べておいて、週末になるとテントや寝袋はもちろん、食材やアウトドア仕様の調理道具をバイクに積んで、あっちこっちツーリングして巡るのが楽しみ。
この日も2人連れ立って、山を縫うように舗装された山道を風を切って気持ちよく走っていた。
そして到着したのが皆瀬村にあるKキャンプ場だった。
穴場というだけあって他に利用客の姿はない。木々に囲まれた広いキャンプ場は貸し切り状態。
バイクから降りた佐々木が藤田に、
「もう日が暮れそうだし、さっさとテント張ってメシにしましょうよ」
「そうだな、温泉は食べてからにするか」
2人はバイクから荷物を下ろし、テントを張りはじめた。
と、そこに。
「お客さんかい?」
50代ほどの男性が2人に声をかけた。
「そうですけど……あ、管理人の方ですか?」
藤田が財布を取り出してキャンプ場の利用料を払おうとしたところ、
「そうだけんど、ああ、料金は管理人室に鍵閉めたんで明日でな」
「すみません、ちょっと遅くなってしまって」
「いやいや。かまわんよ」
管理人のその男性は注意事項を幾つか言ったのち、「気ぃつけてな」と帰っていった。
それから藤田と佐々木は焚き火をおこして調理に取りかかり、食事をする頃にはすっかり日が暮れた。
山中のキャンプ場に外灯はなく、辺りは暗闇に包まれている。
藤田が火にかけていた小鍋を片手に空を見上げ、
「おい、雲が出てきちゃったな。このキャンプ場のウリが露天風呂なんだよ、星空を眺めて湯につかるのは無理じゃないか?」
と言うと、焚き火を挟んで向かいに座っている佐々木が、
「山の天気は変わりやすいって言うし、すぐに晴れますって」
そう言って料理を食べる。
雲に星明かりが遮られ、辺りはより一層暗闇の濃さが増した。
自動車の往き交う騒音や人のざわめき――そういった喧騒は一切ない。
山中のキャンプ場はしんと静まり返っていた。
揺らめく焚き火の明かりが佐々木の顔を照らす。
「管理人も帰って俺たちしかいないんですよね……いま、この場所」
「よせよ急に……怖がらせるな……」
藤田はなんとなく不気味な感じがした。
佐々木の顔が焚き火の明かりに照らされて暗闇に浮いているように見える。
「早くメシ食って温泉入りにいこう」
小鍋に箸を突っ込んだとき、藤田の背後でガサガサっと物音がした。
藤田は口を開けたまま体をビクリとさせ、正面にいる佐々木を見やる。
佐々木の目線は藤田の背後へ向けられている。
草を掻き分けて近づいてくる物音が次第に大きくなって、もうすぐそこに。
闇の中から現れたのは、タヌキだった。
「なんだタヌキかよ、勘弁してくれよォ……」
と佐々木が言って、藤田が振り返る。
「は~ぁ、ビビらせやがってコイツは……。しっしっ、あっちいけ」
料理の匂いに釣られて寄って来たと解って藤田は安堵した。
あらためて料理を口に運び、
「さっさと食べて温泉行こう。温泉」
「タヌキがいるってことは自然が豊かってことっすよ。もしかしたら温泉に猿が入っているかも」
冗談を言いながら2人は食事をすませると、お目当ての露天風呂へと向かった。
露天風呂までの道は砂利が敷かれている。
2人は、提げたランタンで足下を照らしながら、ジャシ、ジャシと砂利を踏む足音を辺りに響かせて歩いた。
露天風呂の脱衣所は小さな掘っ建て小屋で、天井には裸電球がポツンとひとつだけ。
「電気、つくか?」と藤田。
佐々木が壁にあるスイッチを押す。
「ダメっす。電球のタマが切れてるんじゃないっすか」
「かもな。まあ、ランタンがあるし別にいいか」
と、そのとき、佐々木の言った『温泉に猿が入っているかも』というのが藤田の脳裏をよぎった。
藤田は服を脱ぐ前に一応確認しておこうと思い、
「ちょっと温泉の具合でも確認するか」
と脱衣所を抜けて露天風呂へと行く。
岩で丸く形作られた風呂をひょいっと見た。
するとそこに温泉はない。それどころか雨水を含んだ木の枯れ葉が、積もり積もって堆肥のように腐っていた。
「おーい、佐々木。来てくれ、温泉が全くねぇぞ」
「マジっすか!?」
佐々木はシャツを脱いだ上半身裸でやって来るなり風呂を覗いて、
「うひゃー、なんじゃこりゃ……温泉じゃなく、虫が湧いてやがる」
藤田がランタンの明かりで風呂の周りを照らす。蛇口を見つけた。
蛇口は2つあり、温泉と水が出てくるのだろうとひねってみる。
「あらぁ……温泉も水も出てこねーわ」
「出てきても虫が湧いてるこんな風呂につかりたくないっす」
「どうする? 今からでも近くの温泉に入りに行くか?」
「そうするしかないっすね……」
残念そうにシャツを着た佐々木と藤田、いま歩いて来た砂利道を戻る。
ジャシ、ジャシ……ジャシ、ジャシ……。
2人の足音が闇に響く。
歩いている途中、藤田の背後で佐々木がひょんな声を出して、
「穴にでも嵌ったか?」
と言った途端――
「うあああああああああああああ!!」
「どっ、どうした!?」
突然叫んだ佐々木に藤田は驚いて振り返る。
そこには。
自分の足首を掴んで必死に持ち上げようとしている佐々木の姿があった。
傍らに明かりの消えたランタンが転がっている。
「掴まれた! 掴まれた! 藤田さん、掴まれた!」
「なにに!?」
「掴まれてる! 掴まれて、助け、」
佐々木の足もとにランタンの明かりを近づけた藤田は息を呑んだ。
夜露に濡れた砂利の中から腕が2本、すぅと伸びて佐々木の足に絡み付いている。
「っひぃいい!」
藤田は尻餅をつき、砂利を蹴るように足をばたつかせて後ずさりする。
「藤田さん! 持って行かれる引きずり込まれる! 藤田さん!」
絡み付く手が佐々木の足首から脛へ這い上がる。
いや、佐々木が地面に沈んでいる!
絡み付く手を必死に引き剥がす佐々木。が、藻掻けば藻掻くほど深みに嵌って、ずずぅぬぷっ、ずずぅぬぷっと音を立てて砂利の中へ体を沈める。
「助けて藤田さん! なんすかこれ! なんすか! 藤田さん!」
膝上まで地面に埋まった佐々木が前のめりになって助けを求める。
四つん這いになった藤田は何とか立ち上がり、
「まままま待ってろ! いま人を呼びに、ケータイで連絡するから!」
逃げるようにしてテントまで走るとケータイをつかんで警察に電話する。
だが――
人里離れたこのキャンプ場。
ケータイの画面に圏外と表示されている。
心臓をドクンドクンと高鳴らた藤田は泣き出しそうな顔で辺りを見まわした。
そとのき。
星明かりを遮っていた雲が流れて、ぼんやりと辺りは明るくなった。
そして、薄らとだが小さなログハウスが見えた。
キャンプ場の受付業務、管理人室! 電話があるはずだ!
藤田は思った。
急いで駆けて行き、ドアノブをガチャガチャ回す。鍵がかかって開かない。
「ぎゃぁぁぁぁあああああああ!!」
佐々木の断末魔の叫びがキャンプ場に木霊した。
藤田の全身から冷えた汗が噴き出した。
通信手段がないと分かると藤田はすぐさまバイクに飛び乗って、ヘルメットも付けずに皆瀬村の駐在所に走った。
駐在所に駆け込んだ藤田は、今あった事を警察官に話した。
すると警察官は訝しげに、
「地面から手? それが友だちを引きずり込んで?」
「本当なんです! 早くキャンプ場に!!」
警察官は半信半疑で藤田をパトカーに乗せてキャンプ場に向かった。
その途中、警察官が言った。
「そもそもだね、あそこは何年も前から営業してない荒れ地のはずだ。……いやね、数年前に岩手宮城内陸地震があったの覚えてる? 地震の影響で温泉が出なくなって、もう一度掘る予算も取れずに閉鎖になった」
キャンプ場に到着して。
藤田がログハウスの中を覗くと室内は空っぽ。床は白っぽく埃が積もっており人のいた形跡はない。ドアの横にはコンクリートブロックが置いてあって、自動販売機が設置されていた事を語っていた。
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「そんな馬鹿な……と藤田は言ったのだ!」
「へぇ……」
話を聞いてキミは栞乃に訪ねた。
「で、佐々木はどうなったんだ?」
「警察官と一緒に砂利道を歩いて行くと、そこには……うっ血して紫色になった佐々木の左腕が、砂利からにょっきり生えたように出ていたのだ!!」
わぁ! と驚かせるように栞乃は万歳をするように腕をあげた。
「本当にあった怖い話なのだ!」
キミは、そんな事件をテレビや新聞で観たことないと言う。
すると栞乃は、
「藤田は精神に支障をきたしたことも重なってニュースにはならなかったのだ!」
腰に手を添えて、エッヘン! と見事に辻褄を合わせた栞乃は、つるぺたの胸を張った。
と、そこへ。
栞乃とキミの話しているところに隣のクラスの佐藤千秋が、
「なんの話? また怪談?」と入って来た。
腰まである髪をポニーテールにした女の子。
淡桃色のふっくらした唇、整った顔ですらりと背が高いくせに出てる箇所は出て、引き締まる箇所は引き締まっている体つき。
健康的で雪のような白肌の秋田美人ならぬ秋田美少女。
「いま、千秋との取持ち役をしていたのだ」
「えっ? 誰との?」
栞乃は、キミと千秋を交互に見てニカニカ笑った。
千秋がハッと何かに気がついて頬を赤らめると、
「変なこと言ってないでしょうね栞乃!」
「言ってないのだ、なーんにも言ってないのだ!」
詰め寄られてた栞乃が、手をパタパタさせてトボケる。
次いで千秋は、キミに詰め寄った。
机を越えて来る勢いで上半身を寄せると千秋はキミに顔を近づけ、
「栞乃に何て言われたの!? 恥ずかしいことじゃないわよね」
キミは、全然そんな話じゃないけど? と言う。
「じゃあ何の話してたの?」
「栞乃の怪談。地面から手が出て、地中に引きずり込むんだってさ」
「そうなのだ!」と栞乃は、今キミに話した怪談を千秋に話して聞かせる。
話が進むにつれて、千秋は赤らめた頬を次第に青くしていった。
話を聞いて千秋が、
「確かにあそこのキャンプ場は営業してないはずだけど……」
と言うと、至極真面目な顔で、
「それにしても藤田は、連絡するより先に佐々木に手を貸してやればよかったのにね」
道理にかなったストレートな意見を述べた。
キミは、うーんと唸って適当に言う。
「話を聞くかぎり、藤田は怖いのが苦手らしいし、苦手じゃなくても、やっぱりそんなものを見てしまったら近づきたくないよな」
「話は変わって明日は土曜日で休みなのだ! しかも土曜講座の勉強はないのだ!」
唐突に栞乃。綻ぶ蕾が一瞬で開花したように童顔が明るくなった。
「それがどうしたの? ……まさかキャンプ場に行くとか言わないわよね?」
「本当に地面から手が生えてくるのか、キャンプして確かめてみるのだ!」
「えぇー、あそこのキャンプ場は電気も来てないし夜は真っ暗なんだよ? やめた方がいいよ……?」
それに怖いし、とつぶやいて、千秋はぶるっと震えた。
「大丈夫なのだ! 超強力LEDライトを準備するのだ。地面に引きずり込まれてもシャベルを持って行くから安心なのだ!」
「シャベルかよ!」
思わずキミはツッコミを入れた。
「そうと決まればハルも誘ってみるのだ!!」
栞乃はスキップをして教室の窓側へ行く。
窓側の前の席。ちょこんと席に座って読書している女の子は石成ハル。
細い首に卵形の小さな頭、前髪パッツンのボブカット。眉は薄く大きな瞳。
時折姿を見失う希薄さで千秋よりも色白。けれど健康的な千秋と違ってハルの場合は病気からくる白さである。体調が悪いと青白い顔をしている。
もともと虚弱体質で幼い頃はよく風邪をひいて学校を休む事が多かった。
今はそうでもなく、成長に伴っての体質変化なのか高校生になってからは体の調子が良くなって来ている。けれどもその影にはどこか儚さを含んでいた。
栞乃はおおげさな身振り手振りでハルと話している。
怪談を聞かせてキャンプ場へ行ってみようと誘っているようだ。
キミはその様子を遠巻きに眺めた。
「ねぇ、本当に行くの?」
千秋が不安そうにキミに訊いてきた。
皆瀬村は、ショッピングセンターやモールに行こうとしても車で一時間はかかる。村にあるのは賞味期限のあやしい食料品が並ぶ商店が数件。つまりは、遊びに行くような場所がなく、暇を持て余している。
だからキミは、
「俺は別に良いけど? どうせやる事ないし。あ、そうだ千秋。シャベルとスコップの違いを知ってるか? 足で踏み込めるように角張ったのがシャベルで、なで肩のようなのがスコップなんだぜ。ここテストに出るぞ」
「どんなテストに出るのよ……」
ウンチクを披露したところで、栞乃がハルを連れて戻って来た。
「ハルも来てくれるのだ! 千秋も一緒に行くのだ!」
「……うーん」
千秋はハルを向いて、ツンと唇を尖らせる。
何かを天秤にかけるかのように、如何許りかの葛藤の末、
「うぅぅ……分かったわよ! 行く! 行けば良いんでしょ!」
ヤケクソ気味に言った。
「全員参加なのだ! にっしっしぃ、ハルが来れば千秋も付いてくるのだ」
栞乃はニヤニヤした表情を浮かべる。
と、ハルが小さく手を上げた。
「栞乃ちゃん、行くのは良いけどあそこのキャンプ場まで結構距離あるんだよ? 重たいキャンプ用品を持って歩いて行くのはちょっと無理かも」
控えめに意見する物怖じは昔からだ。
「カエ姉に車を出してもらうのだ! みんなでお願いしに職員室にいくのだ!!」
「栞乃はいつも行き当たりばったりよね……」
そう言って千秋は嘆息した。
カエ姉こと高橋楓は、キミたち4人より10歳年上の女性で皆瀬高校の教員。
皆瀬村出身のカエ姉には幼い頃よく遊んでもらっていた。
都会に憧れるカエ姉は栞乃と同じ高橋姓だが家族でも親戚でもない。皆瀬村は高橋性がやたらと多い。
「失礼するのだ」
栞乃を先頭にキミたちは職員室へ入る。
カエ姉は、きれいに整頓された職員デスクに座って書類をまとめている最中だった。
「カエ姉! お願いしたいことがあるのだ」
「ん? あ、またあなた達?」
書類から顔を上げたカエ姉がキミたち4人を見、背もたれに肘をかけた。
「今度はどんな怖い話なの?」
「Kキャンプ場でのことなのだ」
また怪談を話し始める栞乃。本日4回目で話慣れたのか、語り上手になっている。
「そんなわけでキャンプ場まで車を出してほしいのだ」
「カエ姉が嫌とか無理なら仕方ないんだけどね」
というよりそっちの方がいい、と千秋が言った。
「んー、明日も明後日も特に予定はないから別にいいわよ。彼氏がいるわけでもないからね、あはははは」
カエ姉は乾いた笑いをして、
「それに、何か問題があったら学校の責任になる御時世だからね」
「学校の責任なんて、カエ姉は本物の先生みたいなのだ!」
「本物の先生だよ、ていっ」
栞乃のおでこにチョップするカエ姉。
その横で、千秋はがっくり肩を落とした。
二人称は、一人称や三人称と違い、癖のある文章です。
とくに、私の二人称は癖が強いと思います。
読みにくかったり、理解しずらい箇所があると思います。
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