第9話 〝掘られる〟 1/2
ある日。
学校で。
机に突っ伏していたキミは、顔を上げた。
昼食を済ませて、ゆっくりしているときだった。
ふと、誰かに見られているような、そんな視線を感じたのである。
皆瀬高校、それも自分のいる教室で、他人からの熱い視線を受けている……。
村の杉をふんだんに使った木造二階建ての古い校舎は耐震強度ギリギリで、それ故に、化け物や妖の物といわれるモノがいろいろ出て来たとしても不思議ではないのだけれど、
「これは……」
と、キミは教室に目を配る。
窓際ではハルと栞乃が、仲の良い女子達と輪を作って怪談話に花を咲かせている。教卓の方では男子数人が黒板に悪戯書きをし、あとはというと2、3人集まって何か会話をしていた。
その中で、キミは、1人の男子生徒と目が合った。
視線がぶつかったのは瞬きするほどの短い時間だった。
慌てて黒板の方へ顔を向けた彼は、霊が見えたりだとかその存在が分かったりだとか心霊研究をしているだとか自他共に認めるの他が抜けた超霊能者でその道に精通していると自ら口にするZ君だった。
小太りのZ君は、年がら年中、四季を通して、白いスポーツタオルを首に垂らしてフーフー言っている。その発音は、『ふー』や『フー』なのだが、ローマ字で『fu~』と言った方がイメージ通りピッタリで、しっくりくる。
授業中、机に向かって極々普通に勉強しているだけなのに、まるで陸上トラックを何十周も走って来たかのような汗を常に掻いていて、とにかく『フーフー』と言っているのである。
そんなZ君が、キミから視線を逸らした。
思い当たる節があった。
昼食前、栞乃が小旅行の心霊体験を自慢げに話していた。その時、Z君は聞き耳を立てていたに違いない。しかし、女子が相手だと小心者になってしまう彼のこと、栞乃やハルに直接訊くなんて勇気はない。
Z君のつぶらな瞳がチラッ、チラッ。
キミを見てくる。
心霊体験の詳しい経緯を尋ねたい気持ちで胸いっぱい、はち切れんばかりの熱い視線である。
だが――
キミはZ君とそれほど親しい間柄ではない。彼もそれが理由で訊きあぐねているようだった。
「………………」
別にこちらから話しかけても良いのだが、勘違いだったら恥ずかしいので、キミは彼を無視した。
とそこへ、顔の知らない男子生徒がキミの席に歩いて来た。
「おい、すげぇお宝本を手に入れたんだ」
男子生徒は、手に持ったお宝本とやらをチラ見せして、
「音楽室に誰もいないからそこで見ようぜ」
「…………は?」
急にやって来たかと思えば何を言い出すんだとキミは、その男子生徒を見上げる。
ガッチリとした体格は柔道部のような格闘系。髪をオールバックにしたハンサムな顔は日焼けした小麦色。見たまんまのスポーツマンでタフガイという印象。
そしてキミは、お宝本へ目をやった。自然とニヤリと笑ってしまう。
それは雑誌で写真集のようだった。期待を持たせる表紙には海を背景にしてビーチで人肌が露出する(タフガイの手の中にあってモデルは良く見えないが、『魅惑の果実をテイスティング』だとか『×××領域に禁断挿入』と謳い文句が覗けている)、見事なまでのお宝本だった。
ガタッ!
キミは弾かれたように椅子から立ち上がり、
「音楽室、行こうか」
淀みなく言った。
タフガイは白い歯を輝かせて音楽室へ先導する、というよりはエスコートする。
音楽室は二階にあるこの教室の真下にあり、そこへは廊下半ばにある東階段を下るのが早く、職員室の前を通って行けばよい。
タフガイと一緒にキミは意気揚々と階段を下りるわけである。
入学して一度も見たことのない顔ではあるが、そこは男の仲。既に親友が成立する。
と、階段を下りて職員室に差し掛かったとき。出入り口の引き戸が開き、中から千秋とカエ姉が出て来た。
「おわっ」
驚きの声を上げたタフガイは次の瞬間、お宝本をキミの手に渡した。
キミは内心ラッキーと思う反面、こんな場面で渡すなという感情が交互に積みかさなって、思わずお宝本を床に落としてしまった。
「あ、何してるの?」
千秋がキミを見つけて尋ねて来た。
キミは光の速さで足もとに落ちたお宝本を拾い上げて背中に隠す。こんな物が教師であるカエ姉に発見されたら……大変なことになるのは火を見るより明かだ。
「ん? 今なにを隠した?」
カエ姉が歩み寄ってくる。ヤバい。
「何でもないってカエ姉、いやホントに何でもないから……!」
「如何わしい物じゃないかね? ふふふ。どれ、お姉さんに見せてごらん?」
「参考書! だから見せるまでもないんだ!」
「へぇ、その参考書で何を学ぶんだい?」
いやーな笑みを浮かべるカエ姉は、
「ほれ、ほれ、ほれ」
機敏な動きで右へ左へサッサッサッとフェイントをかまして背中に手を回してくる。
「千秋ぃー、後ろから回り込んで引っ手繰れ!」
「二対一なんて卑怯だ!」
キミの抵抗はむなしく、既に背後にいた千秋がお宝本を奪い取った。
「残念♪」
「しまったっ!!」
その刹那。
「キャッ!」
中を開いた千秋が瞬時に目を背けて、お宝本を放り投げた。
バサバサッ――
お宝本は巣立ちの雛鳥のように羽ばたいた。そして弧を描き、床にバサリと落下した。
それを有ろう事かカエ姉が拾ってしまった。
「あちゃー……」
キミは愕然としてがっくりと項垂れた。
「あんなの見てどうするの!? 変態! どうかしてる!」
顔を真っ赤にして憤慨する千秋、その目には涙を溜めていた。
「信じらんない!!」
「年頃の男の子だからな……しょうがないじゃん」
キミはもう開き直るしかない。
「そーゆうのに興味があるんだよ」
「でもね、うーん」
カエ姉はキミに背を向けて言う。本のページを捲っているようで、
「こういうのは……過激というかなんというか……そういう、心と体が違う性状というのかな、普段の学業からでは垣間見れない面の性行を知った衝撃は…………これにはちょっと……引いちゃうな」
カエ姉がそこまでいうからには物凄いお宝本に違いなかった。
「コレ没収するけどさ、こんな雑誌どこで買って来たの?」
「たった今、親友に渡されました……」
キミは簡単に吐露する。
「親友に、今? どこにいるの?」
「え、そこに」
とキミは振り返る。
ずーっと伸びて続いている廊下や二階に上がる階段にも、タフガイの姿はなかった。
「うわぁ……ひでぇ、アイツ俺に押し付けて逃げやがった。ちくしょう」
するとカエ姉はためらいながら、
「一応訊いておくけど、その親友は男?」
「普通に男ですよ、なに言って、女と見るわけない」
「はぁ……そう……」
雑誌を脇に挟んだカエ姉は、キミよりも落胆した様子をみせた。
そして、
「放課後、職員室に来なさい。その親友と一緒にね……」
と言って、カエ姉は引き戸の向こうへ戻っていく。その背中には教師生活始まって以来、生徒に対してどう説くかを思い悩む重圧が窺えた。
「そんなに凄いものなのか。むしろこうなると、余計に見たくなって来た」
「馬鹿じゃないの!? あんなのに執着するなんてあり得ない!!」と千秋。
「別に執着とまでは。……でも見てみたいなあ」
怒りに体をわなわな震わせる千秋は手がつけられないほど憤怒してしまって、
「絶対おかしいよ! もう……もう……知らないっ!」
だだだっと廊下を駆けて行ってしまった。




