第7話 〝こっちにたくさん〟 3/3
「ハル! 息を吐いて、呼吸を止めろ! 千秋を頼む!」
「わわわ分かった!」
キミは背負った竹籠を放り出し、栞乃を助けるため斜面を駆け下りる。
栞乃が大変だ。
空気よりも比重の重い二酸化炭素や硫化水素などの有毒ガスが、このすり鉢状の地形に滞留しているに違いない。4人の中で一番背が低く、先頭を行っていた栞乃は、この有毒ガスをもろに吸い込んでいる可能性がある。
斜面を駆け下りてキミは栞乃をおぶる。
そして一目散に斜面を駆け上がる。
「こっちにたくさん」
背後で女の子の声がする。
そのとき、追い風が、神風が吹いた。
一陣の風がガスを吹き飛ばす。
と、キミは肩をバシバシ叩かれた。
「ブハァーーー!! はっ、早く登るのだ! 死んじゃうのだ!」
「栞乃! 生きていたか!」
「あたり前なのだ! 一瞬のうちに危ないと思って息を止めたら、転ばされ、」
おぶっている栞乃が急に重くなった。
「こっちにたくさん」
キミは後ろを、振り向いた。
「こっちにたくさん、サンサイアルヨ」
真っ赤な唇をにたりと歪ませて牙のように尖った犬歯を剥き出した女の子が、首を傾げて、栞乃の服を引っ張っていた。
ケラケラ笑いながら、
「こっちにたくさん、オカネガアルヨ」
充血した目をカッと見開いた。
「「ぎゃああああああ!!」」
肩に絡み付く栞乃の手が、首を締めつけて来た。
「離すのだ! えいっ!! えいっ!! えいっ!!」
女の子に服を掴まれている栞乃は足をばたつかせて蹴り落とそうとする。
激しい交戦を背中に感じながら、それでもきみは斜面を駆け上がる。
登って行くとハルが介添えするように千秋と肩を組んでいた。
頭を押さえてフラフラしている千秋だが、意識はハッキリしているようだ。
「この!! この!! ええええい!!!」
栞乃が叫ぶ。
バタンバタン、ザザッー!
何かが斜面を落ちて行く音がして、背中が軽くなった。
「やったか!?」
「蹴り跳ばしてやったのだ!」
「すげえな! 遂に幽霊をやったな!」
栞乃を下ろしてきみは、竹籠を背負って千秋と肩を組み、忙しく山を下りる。
「あれは幽霊じゃないのだ!」
最短ルートを調べ、先頭を駆けているハルの後ろで、栞乃は言う。
「あの女の子は餓餓童だったのだ! 連れ去られることろだったのだ!!」
「それっ! お婆ちゃんから聞いたことがある!」
ハルは後方を確認して叫ぶように言う。
「人の欲望や欲求に付込む妖怪の類いで、神隠しに遭うってお婆ちゃんが話してくれたの! もし餓餓童に遭った時は、『何もいらない』って答えるのが一番良いんだって!」
「山菜の欲に目がくらんだ栞乃が、その餓餓童を呼んじまったんじゃないのか!?」
「し、知らないのだ! みみみ身に覚えのないことなのだ!」
「嘘付くなよ! 絶対にそうだ!」
キミと栞乃を余所目に、ハルは肩で息をして誰にともなく言った。
「お金があるよ、って言うのは? 誰のこと?」
「…………………………………………………………………しらねーよ! 俺じゃねえ!」




